汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない
第七話 噂をすればやって来る、相変わらず嵐のようなお方です
「どうしたんですか、ティア様。最近、ため息の数が日に日に増えているようですが……」
「そうかしら?」
ふとした時、フォルティアナが考えるのはリヒトの事だった。あの庭園から出られないはずなのに、どこへ行ってしまわれたのか。
自身の不思議な力が失われてしまったのかとも考えたが、時折光る人の姿を目撃することがあるためそうではないらしい。となると──
『前に進むんだ、ティア。そうすれば僕も前に進むから』
最後にかけられた言葉を思い出し、リヒトが自分の意思でどこかへ行ってしまったと考える他なかった。
(せめてお礼くらい、きちんと言いたかったなぁ……)
「あの坊ちゃんのせいですか? ティア様の汚名を返上させてくれた点は評価します。でも、それ以上にマイナス点が多すぎます」
フォルティアナのため息の理由をハーネルドだと結論付けたサーシャは、本人が居ないのを良いことに不満をぶちまけていた。
「サーシャは辛口ね。でも、ハーネルド様もあれでも一応昔よりは丸くなったと思うわよ?」
「ティア様! 毒されては駄目です! 駄目男が少し良いことをしただけで、よく見えているだけです!」
「いや……うん、まぁそれはあるかも……」
あの不名誉な汚名を返上してから半年、ハーネルドが再びブラウンシュヴァイク家を訪れるようになっていた。
フォルティアナより二歳年上のハーネルドは今年、二十歳を迎えていた。
病に伏せ一線を退いた侯爵の家督を継ぎ、今はハーネルドが侯爵位を名乗っている。
ハーネルドが統治するアシュリー領は、王国一の工房都市として有名だ。争いの絶えなかった時代は武器や防具の製造に力を入れていたが、平和な治政が保たれている現代はその需要量も年々落ちてきた。そこで技術力を生かし、新商品開発に力をいれていた。
小都市ごとに製造する商品を分類し、幅広い生活雑貨の商品開発を行っている。今や国内に出回っているものの便利道具は全て、アシュリー製と言っても過言ではない。
人々のニーズに合わせながら流行の最先端をいく製品の数々を生み出し、売上は右肩上がりに急上昇。現在は特に科学と機械工学に力を入れており、移動手段の技術革新に取り組んでいる。
そのため優秀な人材を取り込むことを何よりも最優先していた元侯爵は、息子ハーネルドの妻となる令嬢にもそれは高い知性と美貌を求めていた。
そこで目を付けられたのがフォルティアナだった。元侯爵の行った試験に満点合格の数値を叩き出した上に、容姿にも恵まれ、片田舎で育っていたため純真な心を持っているまさしく理想そのものだった。
ブラウンシュヴァイク領の弱点を探った元侯爵は、フォルティアナに縁談を持ちかけた。
のどかな田園風景が広がるブラウンシュヴァイク領は、近年若者離れが急速に加速していた。
自給自足の生活が多い農村部では、働き口があまりない。そのため、若者の多くが出稼ぎに近隣の領へと行ってしまっており過疎化の一途を辿っていたのだ。
そこに目をつけた元侯爵は、新商品の原材料としてブラウンシュヴァイク領の特産品である作物を毎年大量に買い付けることを条件に婚約を迫った。
もし断れば、ブラウンシュヴァイク領に残った若者に好条件の求人を出し、全てこちらへ引き抜くと。そんな事をされてしまえば、ますます衰退の一途を辿る。断れるはずがなかった。
フォルティアナがその縁談を受けた事で、農村部に働き口が増え、過疎化を食い止めることに成功した。
しかし婚約破棄と同時にその契約は無効となり、再びブラウンシュヴァイク領は若者離れが深刻になってきていた。
そこへ現当主となったハーネルドが、新たなビジネスの話を持ってきていたのだ。
専属契約を結ばないか、と。新商品の原材料となる作物をそちらで作って欲しい。優先的にこちらで買い付けを行う代わりに、その契約を反故にすることがないよう、フォルティアナを娶ると。
正直言って、やっていることは前侯爵とそう変わらない。端的に言えば、そっちの問題解決してやるからフォルティアナをよこせと言っているようなもの。
幼い頃からハーネルドに理不尽な事を言われても、ニコニコと笑顔を絶やさず耐えてきた大切な主であるフォルティアナが、またあの悪魔の元に嫁がねばならない。その事実に、サーシャは憤りを隠せなかった。
「専属契約はティア様を手に入れたいだけのただの口実ですよ。ほんと執念深いですね」
まぁまぁとサーシャをなだめながらも、フォルティアナは全くそう思っては居なかった。
口が悪く傍若無人な所はあるけれど、ハーネルドが責任感の強い人だということを知っている。
デビュタントのことをずっと悔いていたほどだ。今回の専属契約の申し出は、苦境に立たされているブラウンシュヴァイク領をみて責任を感じられての申し出だと考えていた。
誠意をみせるために、婚姻まで結んで下さるとは予想外だったが。
「ああ見えても、ハーネルド様は責任感の強いお方だから。それにこの領地が豊かになるなら私は今回の話、全然構わない。むしろ歓迎よ」
フォルティアナは、結婚に対して願望などは抱いてない。この身はブラウンシュヴァイク領の民を守るために、それが貴族の在り方だと幼い頃から教えられてきており、その事に疑問を持つこともなかった。
弱みにつけこまれて結ばれた婚約であってもその当時、領地が少なからず救われたのは紛れもない事実だった。
この身を差し出すだけで永続的に領地を守れるのなら、喜んで差し出す事も厭わない。フォルティアナはそんな娘だった。
父であるレオナルドにこの婚姻の打診をされた時、フォルティアナは笑顔で了承した。自国の領地を救う意味もあるが、少しでも父の気苦労を減らしてあげられる、まさに一石二鳥の提案だったからだ。
この国において結婚適齢期ギリギリの十八歳であるにも関わらず、婚約もしていない状況が父レオナルドの精神面に負担をかけているとフォルティアナは思っていた。社交シーズンを終え、領地へ戻る度に「良い人は出来たか?」と聞かれ「いいえ」と返す日々。目に見えてがっくりと肩を落とされればそう思うのも無理はない。
侯爵家に婚約を破棄されて以降、あの不名誉なあだ名が広がってしまったというのもあるが、好き好んでこの辺境の片田舎にあるブラウンシュヴァイク領と繋がりを持とうとする領地はそうそうない。この国において貴族同士の結婚は、家と家のとの結びつきをより強固なものにするために行われる事が一般的だからだ。
そういう意味でも、今回のハーネルドからの専属契約の打診は、ブラウンシュヴァイク領にとって色んな意味でありがたいものであった。
「口は悪くて変な所で不器用な方だけど、ハーネルド様は意外と優しい所もあるのよ? だから大丈夫。女は忍耐よ!」
「ティア様……絶対に私も付いていきますから! お一人にはさせません!」
「ありがとう、サーシャ。貴女が居てくれたら心強いわ」
父であるレオナルドは娘の身を案じて、まだ正式な返事をしていない。それは幼い頃からハーネルドに皮肉を言われても笑顔で耐え続ける娘を不憫に思っての親心であった。
「そういえば、ティア様。旦那様からお聞きになりましたか? 長い間療養のため城を離れていた第二王子のクリストファー様がお戻りになられたそうです。なので来月、王城で快気祝いのパーティが行われるそうですよ」
「王城であるのね! それは是非とも行きたいわ!」
「当日はハーネルド様がエスコートなさるそうです。それに合わせて、ドレスが贈られてきています」
「ああ、そうなのね……お礼の手紙でも書いておくわ」
「そうして下さい。何も返事しないと、すぐに押しかけてきますからね、あの坊ちゃんは」
「ハーネルド様も忙しい身ですもの。流石にそれは……」
その時、窓から外を眺めていたフォルティアナは、視界に特殊な形状の乗り物をとらえた。アシュリー領で開発された、馬を使わない蒸気で動く自動車という乗り物だ。
(あの乗り物はまさか……)
予想は的中し、早足で屋敷の方に近付いてくる見覚えのある顔に思わず苦笑いをこぼす。
「サーシャ、すぐにお客様を迎える準備を。ハーネルド様がいらしたわ」
「え?! もうですか?!」
その後まもなくして、「ティアは居るか?!」という声がブラウンシュヴァイク家に響き渡るのであった。
「そうかしら?」
ふとした時、フォルティアナが考えるのはリヒトの事だった。あの庭園から出られないはずなのに、どこへ行ってしまわれたのか。
自身の不思議な力が失われてしまったのかとも考えたが、時折光る人の姿を目撃することがあるためそうではないらしい。となると──
『前に進むんだ、ティア。そうすれば僕も前に進むから』
最後にかけられた言葉を思い出し、リヒトが自分の意思でどこかへ行ってしまったと考える他なかった。
(せめてお礼くらい、きちんと言いたかったなぁ……)
「あの坊ちゃんのせいですか? ティア様の汚名を返上させてくれた点は評価します。でも、それ以上にマイナス点が多すぎます」
フォルティアナのため息の理由をハーネルドだと結論付けたサーシャは、本人が居ないのを良いことに不満をぶちまけていた。
「サーシャは辛口ね。でも、ハーネルド様もあれでも一応昔よりは丸くなったと思うわよ?」
「ティア様! 毒されては駄目です! 駄目男が少し良いことをしただけで、よく見えているだけです!」
「いや……うん、まぁそれはあるかも……」
あの不名誉な汚名を返上してから半年、ハーネルドが再びブラウンシュヴァイク家を訪れるようになっていた。
フォルティアナより二歳年上のハーネルドは今年、二十歳を迎えていた。
病に伏せ一線を退いた侯爵の家督を継ぎ、今はハーネルドが侯爵位を名乗っている。
ハーネルドが統治するアシュリー領は、王国一の工房都市として有名だ。争いの絶えなかった時代は武器や防具の製造に力を入れていたが、平和な治政が保たれている現代はその需要量も年々落ちてきた。そこで技術力を生かし、新商品開発に力をいれていた。
小都市ごとに製造する商品を分類し、幅広い生活雑貨の商品開発を行っている。今や国内に出回っているものの便利道具は全て、アシュリー製と言っても過言ではない。
人々のニーズに合わせながら流行の最先端をいく製品の数々を生み出し、売上は右肩上がりに急上昇。現在は特に科学と機械工学に力を入れており、移動手段の技術革新に取り組んでいる。
そのため優秀な人材を取り込むことを何よりも最優先していた元侯爵は、息子ハーネルドの妻となる令嬢にもそれは高い知性と美貌を求めていた。
そこで目を付けられたのがフォルティアナだった。元侯爵の行った試験に満点合格の数値を叩き出した上に、容姿にも恵まれ、片田舎で育っていたため純真な心を持っているまさしく理想そのものだった。
ブラウンシュヴァイク領の弱点を探った元侯爵は、フォルティアナに縁談を持ちかけた。
のどかな田園風景が広がるブラウンシュヴァイク領は、近年若者離れが急速に加速していた。
自給自足の生活が多い農村部では、働き口があまりない。そのため、若者の多くが出稼ぎに近隣の領へと行ってしまっており過疎化の一途を辿っていたのだ。
そこに目をつけた元侯爵は、新商品の原材料としてブラウンシュヴァイク領の特産品である作物を毎年大量に買い付けることを条件に婚約を迫った。
もし断れば、ブラウンシュヴァイク領に残った若者に好条件の求人を出し、全てこちらへ引き抜くと。そんな事をされてしまえば、ますます衰退の一途を辿る。断れるはずがなかった。
フォルティアナがその縁談を受けた事で、農村部に働き口が増え、過疎化を食い止めることに成功した。
しかし婚約破棄と同時にその契約は無効となり、再びブラウンシュヴァイク領は若者離れが深刻になってきていた。
そこへ現当主となったハーネルドが、新たなビジネスの話を持ってきていたのだ。
専属契約を結ばないか、と。新商品の原材料となる作物をそちらで作って欲しい。優先的にこちらで買い付けを行う代わりに、その契約を反故にすることがないよう、フォルティアナを娶ると。
正直言って、やっていることは前侯爵とそう変わらない。端的に言えば、そっちの問題解決してやるからフォルティアナをよこせと言っているようなもの。
幼い頃からハーネルドに理不尽な事を言われても、ニコニコと笑顔を絶やさず耐えてきた大切な主であるフォルティアナが、またあの悪魔の元に嫁がねばならない。その事実に、サーシャは憤りを隠せなかった。
「専属契約はティア様を手に入れたいだけのただの口実ですよ。ほんと執念深いですね」
まぁまぁとサーシャをなだめながらも、フォルティアナは全くそう思っては居なかった。
口が悪く傍若無人な所はあるけれど、ハーネルドが責任感の強い人だということを知っている。
デビュタントのことをずっと悔いていたほどだ。今回の専属契約の申し出は、苦境に立たされているブラウンシュヴァイク領をみて責任を感じられての申し出だと考えていた。
誠意をみせるために、婚姻まで結んで下さるとは予想外だったが。
「ああ見えても、ハーネルド様は責任感の強いお方だから。それにこの領地が豊かになるなら私は今回の話、全然構わない。むしろ歓迎よ」
フォルティアナは、結婚に対して願望などは抱いてない。この身はブラウンシュヴァイク領の民を守るために、それが貴族の在り方だと幼い頃から教えられてきており、その事に疑問を持つこともなかった。
弱みにつけこまれて結ばれた婚約であってもその当時、領地が少なからず救われたのは紛れもない事実だった。
この身を差し出すだけで永続的に領地を守れるのなら、喜んで差し出す事も厭わない。フォルティアナはそんな娘だった。
父であるレオナルドにこの婚姻の打診をされた時、フォルティアナは笑顔で了承した。自国の領地を救う意味もあるが、少しでも父の気苦労を減らしてあげられる、まさに一石二鳥の提案だったからだ。
この国において結婚適齢期ギリギリの十八歳であるにも関わらず、婚約もしていない状況が父レオナルドの精神面に負担をかけているとフォルティアナは思っていた。社交シーズンを終え、領地へ戻る度に「良い人は出来たか?」と聞かれ「いいえ」と返す日々。目に見えてがっくりと肩を落とされればそう思うのも無理はない。
侯爵家に婚約を破棄されて以降、あの不名誉なあだ名が広がってしまったというのもあるが、好き好んでこの辺境の片田舎にあるブラウンシュヴァイク領と繋がりを持とうとする領地はそうそうない。この国において貴族同士の結婚は、家と家のとの結びつきをより強固なものにするために行われる事が一般的だからだ。
そういう意味でも、今回のハーネルドからの専属契約の打診は、ブラウンシュヴァイク領にとって色んな意味でありがたいものであった。
「口は悪くて変な所で不器用な方だけど、ハーネルド様は意外と優しい所もあるのよ? だから大丈夫。女は忍耐よ!」
「ティア様……絶対に私も付いていきますから! お一人にはさせません!」
「ありがとう、サーシャ。貴女が居てくれたら心強いわ」
父であるレオナルドは娘の身を案じて、まだ正式な返事をしていない。それは幼い頃からハーネルドに皮肉を言われても笑顔で耐え続ける娘を不憫に思っての親心であった。
「そういえば、ティア様。旦那様からお聞きになりましたか? 長い間療養のため城を離れていた第二王子のクリストファー様がお戻りになられたそうです。なので来月、王城で快気祝いのパーティが行われるそうですよ」
「王城であるのね! それは是非とも行きたいわ!」
「当日はハーネルド様がエスコートなさるそうです。それに合わせて、ドレスが贈られてきています」
「ああ、そうなのね……お礼の手紙でも書いておくわ」
「そうして下さい。何も返事しないと、すぐに押しかけてきますからね、あの坊ちゃんは」
「ハーネルド様も忙しい身ですもの。流石にそれは……」
その時、窓から外を眺めていたフォルティアナは、視界に特殊な形状の乗り物をとらえた。アシュリー領で開発された、馬を使わない蒸気で動く自動車という乗り物だ。
(あの乗り物はまさか……)
予想は的中し、早足で屋敷の方に近付いてくる見覚えのある顔に思わず苦笑いをこぼす。
「サーシャ、すぐにお客様を迎える準備を。ハーネルド様がいらしたわ」
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