白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?
第27話 王子さまのキス
「可哀想になあ……。助けてやれなくてごめんな?」
ぴくりとも動かないソシエを前に、ひげのこびとは肩を震わせた。
ゴツゴツしたその手で、草の上に寝かされた彼女の髪をなでる。
そんなひげのこびとを、他の六人のこびとたちが取り囲んでいた。
「俺たちのせいだ……。俺たちがあんな若い男の口車に乗せられて、スノーホワイトちゃんをさらったりしたから……」
その若い男――ミラーは兵士たちに連行されていってしまった。
森に残されたのはスノーホワイトと護衛のための数人の兵士、そして王妃の遺体とこびとたちだった。
遺体は城へ運ばれるはずだが、兵士たちにその用意がなかったため、一旦森に残されている。
「このままじゃ気の毒だ。俺たちで棺を作ろう!」
こびとのひとりが提案した。
森で暮らすこびとたちは器用だ。パパッと木を切り板にして、それを組み上げると即席の棺ができあがった。
「どいてくれ、彼女を棺に入れる」
「ボクも手伝う」
ひげのこびとの呼びかけに、答えたのはスノーホワイトだった。
ソシエの遺体が洞窟から運び出されたあと、スノーホワイトはしばらく茫然自失の状態だったが、ようやく気持ちを持ち直したらしい。
ふたりはソシエの遺体を慎重に持ち上げ、棺に収めた。
「まるで眠っているみたいだな」
「本当にね……」
箱の中に横たわるソシエの周囲には、七人のこびとたちが一輪ずつ花を手向けた。
「あの話、信じていいのかな……?」
棺にもたれていたスノーホワイトが、ふいに口を開いた。
「毒林檎を食べて死んでしまったお姫さまは、王子さまのキスで目を覚ますんだ」
「なんだそれ?」
ひげのこびとが聞き返す。
「レディ・ソシエから聞いたお話。絵本で読んだんだって」
「死人がキスでよみがえるのか」
こびとは眉をひそめた。その顔は信じていないんだろう。
けれどもスノーホワイトの手元には、囓りかけの林檎がふたつ残されていた。あのあと洞窟へ戻って拾ってきたものだ。
王子は林檎を見比べて言う。
「ボクもはじめは信じなかったよ。でもレディ・ソシエはボクが食べるはずの毒林檎を食べて死んじゃったんだ。絵本の物語と無関係とは思えない」
「ってことは、林檎売りも王子のキスで目覚めるのか?」
「やってみていい?」
スノーホワイトが真っ赤な唇を、色のないソシエの唇にそっと重ねた。
けれどもソシエは何の反応も示さない。
スノーホワイトは肩を落とした。
「やっぱりボクのキスじゃダメみたい……。本物の王子さまじゃないから……」
ひげのこびとが問いかける。
「本物ってなんだよ。あんた、雪解けの国の王子なんだろ?」
「やっぱ女の子なのか?」
別のこびとがスカートをめくろうとして、その手をスノーホワイトに叩かれた。
「そうじゃなくて。悔しいけどレディ・ソシエにとっての王子さまは、ボクじゃなくてパパなんだ……」
「雪解けの国のフリオ王か」
「この唇、誰にも触れさせたくない。けど……」
「潔く負けを認めてパパに泣きつくしかない?」
「それで、レディ・ソシエが助かるなら……」
そう言いつつ、スノーホワイトはソシエのそばを離れようとしなかった。
「王子……、未練タラタラだな」
「仕方ないでしょ? 初めて好きになった人なんだもん!」
「あんたといいさっきのミラーサンといい、林檎売りはずいぶんめんどくせーやつに好かれるんだな……。面倒見がいいせいなんだろうが、それで死んじまうんだから世話がない」
「うるさーい! レディはボクのなのに、他の男の話とかやめてよねっ」
スノーホワイトが棺にしがみつく。
そこへ足音が近づいた。
騒いでいたこびとたちが静かになる。
「……?」
スノーホワイトは目を上げた。
するとそこには、マントを羽織ったフリオ王が立っていた。
「パパ……」
フリオ王は棺のそばにひざを突く。
ここまで馬を飛ばしてきたんだろう。彼のこめかみには汗の滴が光っていた。
「ああ……。相変わらず美しいな、私の妻は……」
彼は大きな手のひらで、ソシエの額と髪をなでる。
壊れものでも扱うように、ゆっくりと、丁寧に……。
「異端審問官たちはソシエが魔女で、私が幻惑の魔法にかかっているのだと言っていたが……」
王の頬に、悲しい微笑みが浮かんだ。
「術者が死んでしまえば、さすがに魔法は解けるはずだ。それなのに我が妻は、死してもなお、美しい……。ああ……こんなにも美しいんだ……」
スノーホワイトは思わず圧倒され、フリオ王を見つめていた。
彼の涙に、震える声に、まぶしいほどの思いがあふれている。
「わかるよ。レディ・ソシエは可愛くて優しくて、ほんとに尊いよね。ボクも大好き」
スノーホワイトは棺の中の彼女の指に、自らの指を絡めた。
「お願いパパ、レディを助けて……。ボクの宝物、全部パパにあげるから」
美しいスノーホワイトの涙に、こびとたちも密かにもらい泣きした。
* * *
まさか自分が毒入りの林檎を食べ、死ぬことになるとは思わなかった。
絵本に出てくる白雪姫の継母は、こんなヘマはしなかったのに。
でもあの瞬間、他にいい方法が思いつかなかった。
死んでしまった今になっても思いつかない。
だったらもうこれでよかったんだ。
私は死んでしまったけど、スノーホワイトが助かったならそれでいい。
私はきっと、この世界に住む人間じゃない。
客人はいつか去るものだ。
でも、私はどこへ帰ればいいの?
*
私は帰る場所を求めてもがいていた。
足下に踏むべき地面はなく、私の体はふわふわと浮いていた。
ここは死の世界なんだろうか。
それにしては周囲が明るかった。
あちこちから光が差し、乱反射しているみたいだ。まぶしくて何も見えない。
私はどうしたらいいの? 不安に息が詰まる。
でも私はこの場所を、この感覚を過去にも知っていた気がした。
――レディ・ソシエ。
聞き覚えのある声が私を呼んだ。
(誰……?)
――私の大事なあの子を助けてくれてありがとう……。
(もしかして、スノーホワイトのママ?)
スノーホワイトの母親である前王妃は、五年前に亡くなったと聞いている。
だったらやっぱり、ここは死後の世界?
――でもまだあなたは……こちらに来てはいけません……。
(どうして?)
――魔法……鏡が……るから……。
(……え、何? 魔法の鏡……!?)
声が遠くて聞き取れない。
――お願い、あの子を守って。あなたをもう一度……あの世界に……送ります……。
  次の瞬間、熱風が体を包んだ。
同時に視界が、まぶしいばかりの光に包まれる。
(あ――)
世界が遠のく――。
それからどれくらいの時間が経ったのか。
ふわふわして気持ちよくて、目を開けることができなかった。
森の香りの満ちた日向に、いつの間にか私は横たわっているようだった。
胸の上で両手を組み合わせて……。
誰かの気配が近づいて、その人の視線を感じた。
「……ソシエ……」
つぶやく声と、夢見るようなため息。
唇に、優しいキスが降ってくる。
それを合図に開かなかったまぶたが開いた――。
(あ……)
横たわる私をのぞき込んでいるのは、まるで絵に描いたような美男子だった。
雪のようにきらめく銀の髪。目鼻立ちのくっきりした、精悍な顔立ち。
肌つやは壮年といった年の頃か。
あと十年若ければ、完璧な王子さまだったに違いない。
でもきっと十年前の彼より、私は今の彼が好きだ。
「フリオ……――」
名前を呼ぼうとしたその唇を、強引なキスにふさがれた。
「んんっ!?」
私は息を吹き返したばかりで、とりあえず酸素が欲しいんだけど……。
「ああソシエ、君は生きているのか」
「た、たぶん……」
答えたとたんに苦しいくらいに抱きしめられる。
「さすが我が妻だ!」
「………………」
王はナチュラルに強引で、その愛は少しばかり一方的で重かった。
それにしても、王子さまのキスで目覚めるのは、絵本のお姫さまたちの専売特許じゃなかったのか。
悪い魔女にもこんなことが起こるなんて聞いてない。
となるとキスで目覚めさせるのは、王子さまの特殊能力?
再び熱烈なキスを受けながら、私はそんなことを考えた――。
*
あなたはまだこちらに来てはいけません。
あなたをもう一度、あの世界に送ります。
死後の世界、あるいは夢の中で、スノーホワイトのママが言っていた。
彼女は確かに“もう一度”と口にした。
この世界――白雪姫の絵本の世界――に私を導いたのは、スノーホワイトのママだった?
だとしたら、スノーホワイトのママは何者なのか。
そして今宮殿にあるはずの、魔法の鏡は……。
ぴくりとも動かないソシエを前に、ひげのこびとは肩を震わせた。
ゴツゴツしたその手で、草の上に寝かされた彼女の髪をなでる。
そんなひげのこびとを、他の六人のこびとたちが取り囲んでいた。
「俺たちのせいだ……。俺たちがあんな若い男の口車に乗せられて、スノーホワイトちゃんをさらったりしたから……」
その若い男――ミラーは兵士たちに連行されていってしまった。
森に残されたのはスノーホワイトと護衛のための数人の兵士、そして王妃の遺体とこびとたちだった。
遺体は城へ運ばれるはずだが、兵士たちにその用意がなかったため、一旦森に残されている。
「このままじゃ気の毒だ。俺たちで棺を作ろう!」
こびとのひとりが提案した。
森で暮らすこびとたちは器用だ。パパッと木を切り板にして、それを組み上げると即席の棺ができあがった。
「どいてくれ、彼女を棺に入れる」
「ボクも手伝う」
ひげのこびとの呼びかけに、答えたのはスノーホワイトだった。
ソシエの遺体が洞窟から運び出されたあと、スノーホワイトはしばらく茫然自失の状態だったが、ようやく気持ちを持ち直したらしい。
ふたりはソシエの遺体を慎重に持ち上げ、棺に収めた。
「まるで眠っているみたいだな」
「本当にね……」
箱の中に横たわるソシエの周囲には、七人のこびとたちが一輪ずつ花を手向けた。
「あの話、信じていいのかな……?」
棺にもたれていたスノーホワイトが、ふいに口を開いた。
「毒林檎を食べて死んでしまったお姫さまは、王子さまのキスで目を覚ますんだ」
「なんだそれ?」
ひげのこびとが聞き返す。
「レディ・ソシエから聞いたお話。絵本で読んだんだって」
「死人がキスでよみがえるのか」
こびとは眉をひそめた。その顔は信じていないんだろう。
けれどもスノーホワイトの手元には、囓りかけの林檎がふたつ残されていた。あのあと洞窟へ戻って拾ってきたものだ。
王子は林檎を見比べて言う。
「ボクもはじめは信じなかったよ。でもレディ・ソシエはボクが食べるはずの毒林檎を食べて死んじゃったんだ。絵本の物語と無関係とは思えない」
「ってことは、林檎売りも王子のキスで目覚めるのか?」
「やってみていい?」
スノーホワイトが真っ赤な唇を、色のないソシエの唇にそっと重ねた。
けれどもソシエは何の反応も示さない。
スノーホワイトは肩を落とした。
「やっぱりボクのキスじゃダメみたい……。本物の王子さまじゃないから……」
ひげのこびとが問いかける。
「本物ってなんだよ。あんた、雪解けの国の王子なんだろ?」
「やっぱ女の子なのか?」
別のこびとがスカートをめくろうとして、その手をスノーホワイトに叩かれた。
「そうじゃなくて。悔しいけどレディ・ソシエにとっての王子さまは、ボクじゃなくてパパなんだ……」
「雪解けの国のフリオ王か」
「この唇、誰にも触れさせたくない。けど……」
「潔く負けを認めてパパに泣きつくしかない?」
「それで、レディ・ソシエが助かるなら……」
そう言いつつ、スノーホワイトはソシエのそばを離れようとしなかった。
「王子……、未練タラタラだな」
「仕方ないでしょ? 初めて好きになった人なんだもん!」
「あんたといいさっきのミラーサンといい、林檎売りはずいぶんめんどくせーやつに好かれるんだな……。面倒見がいいせいなんだろうが、それで死んじまうんだから世話がない」
「うるさーい! レディはボクのなのに、他の男の話とかやめてよねっ」
スノーホワイトが棺にしがみつく。
そこへ足音が近づいた。
騒いでいたこびとたちが静かになる。
「……?」
スノーホワイトは目を上げた。
するとそこには、マントを羽織ったフリオ王が立っていた。
「パパ……」
フリオ王は棺のそばにひざを突く。
ここまで馬を飛ばしてきたんだろう。彼のこめかみには汗の滴が光っていた。
「ああ……。相変わらず美しいな、私の妻は……」
彼は大きな手のひらで、ソシエの額と髪をなでる。
壊れものでも扱うように、ゆっくりと、丁寧に……。
「異端審問官たちはソシエが魔女で、私が幻惑の魔法にかかっているのだと言っていたが……」
王の頬に、悲しい微笑みが浮かんだ。
「術者が死んでしまえば、さすがに魔法は解けるはずだ。それなのに我が妻は、死してもなお、美しい……。ああ……こんなにも美しいんだ……」
スノーホワイトは思わず圧倒され、フリオ王を見つめていた。
彼の涙に、震える声に、まぶしいほどの思いがあふれている。
「わかるよ。レディ・ソシエは可愛くて優しくて、ほんとに尊いよね。ボクも大好き」
スノーホワイトは棺の中の彼女の指に、自らの指を絡めた。
「お願いパパ、レディを助けて……。ボクの宝物、全部パパにあげるから」
美しいスノーホワイトの涙に、こびとたちも密かにもらい泣きした。
* * *
まさか自分が毒入りの林檎を食べ、死ぬことになるとは思わなかった。
絵本に出てくる白雪姫の継母は、こんなヘマはしなかったのに。
でもあの瞬間、他にいい方法が思いつかなかった。
死んでしまった今になっても思いつかない。
だったらもうこれでよかったんだ。
私は死んでしまったけど、スノーホワイトが助かったならそれでいい。
私はきっと、この世界に住む人間じゃない。
客人はいつか去るものだ。
でも、私はどこへ帰ればいいの?
*
私は帰る場所を求めてもがいていた。
足下に踏むべき地面はなく、私の体はふわふわと浮いていた。
ここは死の世界なんだろうか。
それにしては周囲が明るかった。
あちこちから光が差し、乱反射しているみたいだ。まぶしくて何も見えない。
私はどうしたらいいの? 不安に息が詰まる。
でも私はこの場所を、この感覚を過去にも知っていた気がした。
――レディ・ソシエ。
聞き覚えのある声が私を呼んだ。
(誰……?)
――私の大事なあの子を助けてくれてありがとう……。
(もしかして、スノーホワイトのママ?)
スノーホワイトの母親である前王妃は、五年前に亡くなったと聞いている。
だったらやっぱり、ここは死後の世界?
――でもまだあなたは……こちらに来てはいけません……。
(どうして?)
――魔法……鏡が……るから……。
(……え、何? 魔法の鏡……!?)
声が遠くて聞き取れない。
――お願い、あの子を守って。あなたをもう一度……あの世界に……送ります……。
  次の瞬間、熱風が体を包んだ。
同時に視界が、まぶしいばかりの光に包まれる。
(あ――)
世界が遠のく――。
それからどれくらいの時間が経ったのか。
ふわふわして気持ちよくて、目を開けることができなかった。
森の香りの満ちた日向に、いつの間にか私は横たわっているようだった。
胸の上で両手を組み合わせて……。
誰かの気配が近づいて、その人の視線を感じた。
「……ソシエ……」
つぶやく声と、夢見るようなため息。
唇に、優しいキスが降ってくる。
それを合図に開かなかったまぶたが開いた――。
(あ……)
横たわる私をのぞき込んでいるのは、まるで絵に描いたような美男子だった。
雪のようにきらめく銀の髪。目鼻立ちのくっきりした、精悍な顔立ち。
肌つやは壮年といった年の頃か。
あと十年若ければ、完璧な王子さまだったに違いない。
でもきっと十年前の彼より、私は今の彼が好きだ。
「フリオ……――」
名前を呼ぼうとしたその唇を、強引なキスにふさがれた。
「んんっ!?」
私は息を吹き返したばかりで、とりあえず酸素が欲しいんだけど……。
「ああソシエ、君は生きているのか」
「た、たぶん……」
答えたとたんに苦しいくらいに抱きしめられる。
「さすが我が妻だ!」
「………………」
王はナチュラルに強引で、その愛は少しばかり一方的で重かった。
それにしても、王子さまのキスで目覚めるのは、絵本のお姫さまたちの専売特許じゃなかったのか。
悪い魔女にもこんなことが起こるなんて聞いてない。
となるとキスで目覚めさせるのは、王子さまの特殊能力?
再び熱烈なキスを受けながら、私はそんなことを考えた――。
*
あなたはまだこちらに来てはいけません。
あなたをもう一度、あの世界に送ります。
死後の世界、あるいは夢の中で、スノーホワイトのママが言っていた。
彼女は確かに“もう一度”と口にした。
この世界――白雪姫の絵本の世界――に私を導いたのは、スノーホワイトのママだった?
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