白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?
第25話 魔女と魔法使いの勝負
この賭けに乗るなら、ふたつにひとつだ――。
その洞窟は、こびとたちの暮らす谷から木イチゴの森を抜け、さらに歩いたところに、ぽっかりと口を開けていた。
(ここにスノーホワイトがいるの?)
私はひとり、そこへ足を踏み入れる。
ゴツゴツした岩が折り重なる入り口をくぐった先は暗く、昼間でも月のない夜のようだった。
真っ暗な中を手探りで進んでいくと、突然キラキラとした輝きが見えてくる。
それは宝石たちの輝きだった。
色とりどりの宝石が岩肌から露出し、自ら光を放っている。まるで非現実的な光景だった。
やっぱりここは、絵本の世界に違いない。
私はそう確信しながら、洞窟の奥へと足を進めた。
私にこの場所を教えたのはミラーだった。
洞窟の中に捕らえられているスノーホワイトに、林檎を食べさせるという約束と引き換えに……。
今私の着ているエプロンの左右のポケットには、それぞれ林檎が入っている。
ひとつは普通の林檎、もうひとつは毒入り。
ミラーが毒入りだと言った林檎を、私は左のポケットに入れた。
でもミラーがウソをついていて、本当は逆かもしれない。
洞窟の奥に黒々と光る鉄格子が見えた。
ここから先は、鉄格子がジャマして進めそうにない。
私は両手で格子をつかみ、奥へ目をこらした。
「スノーホワイト、いるの?」
人が振り返る気配があり、暗闇の奥に白い顔が浮かび上がった。
「レディ・ソシエ?」
「スノーホワイト!?」
スノーホワイトが駆け寄ってきて、私たちは格子越しに手を取り合う。
「助けに来たよ!」
「レディ・ソシエ、来てくれたんだ……」
あれから二日。スノーホワイトのふっくらした丸顔が、やややつれて見えた。
こんなところに閉じ込められていれば当然だ……。私は胸が痛くなる。
スノーホワイトは悲しげに言った。
「ボク、レディのこと守るとか言って、助けられてばっかりだね……」
私は首を横に振る。
それから森で拾った小枝を出した。
「大人が子どもを守るのは、当然のことだよ」
スノーホワイトを助け出すため、まずはこの檻を破りたい。手探りで檻の扉とカギ穴を探した。
カギ穴の場所さえわかれば、前にしたみたいに魔法でカギをこじ開けられると思うけれど……。
「ねえスノーホワイト、この檻の入り口って……」
「入り口なんてものはありません」
スノーホワイトでなく、背後からの声が答えた。
響きのあるその声は、間違いない、ミラーのものだ。
「ミラー……?」
私は闇の中に彼の姿を探す。けれども今いる空間を見渡すことすら難しい。
「その檻は僕が魔法で封印しています。僕以外、開けることはできません」
「そんな……」
だったらどうやってスノーホワイトを助ければいいのか。
「でも安心してください。スノーホワイト殿下が林檎を食べれば、封印はひとりでに解けるでしょう」
(ミラーがそんな仕掛けを考えてたなんて……)
  カギを壊しスノーホワイトを連れて逃げられればと思ったけれど、こうなったら林檎を食べさせるほかに逃げ道はない。
私は唇を噛んだ。
「林檎ってなんのこと?」
スノーホワイトが聞く。
私はポケットからふたつの林檎を取り出した。
宝石からの淡い光が、林檎をてらてらと不気味に照らす。
「ひとつは普通の林檎、もうひとつは毒林檎。どちらかひとつをスノーホワイトに食べさせるようにって、ミラーに言われてる。それと引き換えに、私はこの場所を聞き出したの……」
スノーホワイトは怯えるような目で、ふたつの林檎を見比べた。
「ボクが助かる確率は、ふたつにひとつってこと? え……。どっちが普通の林檎なの!?」
林檎に向いていた彼の視線が、助けを求めるみたいに私を見る。
「こっちだよ」
私は左の林檎をスノーホワイトに差し出した。
こっちはミラーが毒入りだと言っていた林檎だ。
でも彼はウソを言ったんだと思う。
ミラーは私がスノーホワイトを助けたがっていることを知っている。
そしてミラーの思いは逆だ。私にスノーホワイトを殺させたい。
だったら彼は私にウソを教えるに違いない。そう私は踏んでいた。
そして一度私がポケットに入れてしまった林檎は、ミラーにも見分けがつかないはずだ。
つまりもう、この場で林檎を見分けられる人はいない。
「これ、ほんとに食べても大丈夫なやつ?」
スノーホワイトは恐る恐るといった手つきで、林檎を受け取った。
「うん、でも……」
私は彼に耳打ちする。
「……それを食べたら死んだふりをして……」
「え……?」
「……そうでもしないと、逃げるチャンスはないと思う……」
スノーホワイトに死んだふりをしてもらい、ミラーが隙を見せたところで彼を連れて逃げようと、私は考えていた。
けれどスノーホワイトは食べるのをためらっているみたいだった。
それは当然怖いと思う。私にすべてを委ねて、毒入りかもしれない林檎を食べろなんて。
でも今は、信じてもらうしかない。
「お願い。私を信じて」
私は格子越しに、彼の瞳に強く訴えかけた。
するとスノーホワイトが意を決したように、林檎に唇を触れさせる。
「あなたになら殺されてもいい」
ちゅっと甘いキスの音。
林檎に施されたそのキスは、きっと私に贈られたものだった。
「来世ではパパじゃなく、ボクと結婚して?」
そして勢いよく食べ始める。
ひと口、ふた口、三口目を含んだ時に苦しみだした。
「うっ……んんっ!? クッ!!」
「スノーホワイト!?」
彼は鉄格子に寄りかかるようにして前のめりに倒れ、食べかけの林檎が地面を転がる。
  私に言われた通り、演技をしてくれているだけだ。
でも違ったら……。渡した林檎が間違っていたらと思うと恐ろしい。
「ねえ、スノーホワイト? ねえ!?」
目の前にあった鉄格子が、まるで霧のように消えていく。
「僕は賭けに勝ったのかな?」
ミラーが歩み寄ってきて、私の手に残っていた林檎に触れた。
「どちらにしても、これは僕が食べる分ですね」
「ううん、これはあげられない!」
私は林檎をミラーから遠ざける。
この林檎をミラーが食べたら、スノーホワイトに渡した林檎が毒林檎でなく普通の林檎だってことがバレてしまう。
今が逃げるチャンスなのに。
(スノーホワイト、お願い、逃げて……!?)
私は彼に目で合図する。
そしてスノーホワイトが駆けだすのと同時に、残った林檎を口にした――。
その洞窟は、こびとたちの暮らす谷から木イチゴの森を抜け、さらに歩いたところに、ぽっかりと口を開けていた。
(ここにスノーホワイトがいるの?)
私はひとり、そこへ足を踏み入れる。
ゴツゴツした岩が折り重なる入り口をくぐった先は暗く、昼間でも月のない夜のようだった。
真っ暗な中を手探りで進んでいくと、突然キラキラとした輝きが見えてくる。
それは宝石たちの輝きだった。
色とりどりの宝石が岩肌から露出し、自ら光を放っている。まるで非現実的な光景だった。
やっぱりここは、絵本の世界に違いない。
私はそう確信しながら、洞窟の奥へと足を進めた。
私にこの場所を教えたのはミラーだった。
洞窟の中に捕らえられているスノーホワイトに、林檎を食べさせるという約束と引き換えに……。
今私の着ているエプロンの左右のポケットには、それぞれ林檎が入っている。
ひとつは普通の林檎、もうひとつは毒入り。
ミラーが毒入りだと言った林檎を、私は左のポケットに入れた。
でもミラーがウソをついていて、本当は逆かもしれない。
洞窟の奥に黒々と光る鉄格子が見えた。
ここから先は、鉄格子がジャマして進めそうにない。
私は両手で格子をつかみ、奥へ目をこらした。
「スノーホワイト、いるの?」
人が振り返る気配があり、暗闇の奥に白い顔が浮かび上がった。
「レディ・ソシエ?」
「スノーホワイト!?」
スノーホワイトが駆け寄ってきて、私たちは格子越しに手を取り合う。
「助けに来たよ!」
「レディ・ソシエ、来てくれたんだ……」
あれから二日。スノーホワイトのふっくらした丸顔が、やややつれて見えた。
こんなところに閉じ込められていれば当然だ……。私は胸が痛くなる。
スノーホワイトは悲しげに言った。
「ボク、レディのこと守るとか言って、助けられてばっかりだね……」
私は首を横に振る。
それから森で拾った小枝を出した。
「大人が子どもを守るのは、当然のことだよ」
スノーホワイトを助け出すため、まずはこの檻を破りたい。手探りで檻の扉とカギ穴を探した。
カギ穴の場所さえわかれば、前にしたみたいに魔法でカギをこじ開けられると思うけれど……。
「ねえスノーホワイト、この檻の入り口って……」
「入り口なんてものはありません」
スノーホワイトでなく、背後からの声が答えた。
響きのあるその声は、間違いない、ミラーのものだ。
「ミラー……?」
私は闇の中に彼の姿を探す。けれども今いる空間を見渡すことすら難しい。
「その檻は僕が魔法で封印しています。僕以外、開けることはできません」
「そんな……」
だったらどうやってスノーホワイトを助ければいいのか。
「でも安心してください。スノーホワイト殿下が林檎を食べれば、封印はひとりでに解けるでしょう」
(ミラーがそんな仕掛けを考えてたなんて……)
  カギを壊しスノーホワイトを連れて逃げられればと思ったけれど、こうなったら林檎を食べさせるほかに逃げ道はない。
私は唇を噛んだ。
「林檎ってなんのこと?」
スノーホワイトが聞く。
私はポケットからふたつの林檎を取り出した。
宝石からの淡い光が、林檎をてらてらと不気味に照らす。
「ひとつは普通の林檎、もうひとつは毒林檎。どちらかひとつをスノーホワイトに食べさせるようにって、ミラーに言われてる。それと引き換えに、私はこの場所を聞き出したの……」
スノーホワイトは怯えるような目で、ふたつの林檎を見比べた。
「ボクが助かる確率は、ふたつにひとつってこと? え……。どっちが普通の林檎なの!?」
林檎に向いていた彼の視線が、助けを求めるみたいに私を見る。
「こっちだよ」
私は左の林檎をスノーホワイトに差し出した。
こっちはミラーが毒入りだと言っていた林檎だ。
でも彼はウソを言ったんだと思う。
ミラーは私がスノーホワイトを助けたがっていることを知っている。
そしてミラーの思いは逆だ。私にスノーホワイトを殺させたい。
だったら彼は私にウソを教えるに違いない。そう私は踏んでいた。
そして一度私がポケットに入れてしまった林檎は、ミラーにも見分けがつかないはずだ。
つまりもう、この場で林檎を見分けられる人はいない。
「これ、ほんとに食べても大丈夫なやつ?」
スノーホワイトは恐る恐るといった手つきで、林檎を受け取った。
「うん、でも……」
私は彼に耳打ちする。
「……それを食べたら死んだふりをして……」
「え……?」
「……そうでもしないと、逃げるチャンスはないと思う……」
スノーホワイトに死んだふりをしてもらい、ミラーが隙を見せたところで彼を連れて逃げようと、私は考えていた。
けれどスノーホワイトは食べるのをためらっているみたいだった。
それは当然怖いと思う。私にすべてを委ねて、毒入りかもしれない林檎を食べろなんて。
でも今は、信じてもらうしかない。
「お願い。私を信じて」
私は格子越しに、彼の瞳に強く訴えかけた。
するとスノーホワイトが意を決したように、林檎に唇を触れさせる。
「あなたになら殺されてもいい」
ちゅっと甘いキスの音。
林檎に施されたそのキスは、きっと私に贈られたものだった。
「来世ではパパじゃなく、ボクと結婚して?」
そして勢いよく食べ始める。
ひと口、ふた口、三口目を含んだ時に苦しみだした。
「うっ……んんっ!? クッ!!」
「スノーホワイト!?」
彼は鉄格子に寄りかかるようにして前のめりに倒れ、食べかけの林檎が地面を転がる。
  私に言われた通り、演技をしてくれているだけだ。
でも違ったら……。渡した林檎が間違っていたらと思うと恐ろしい。
「ねえ、スノーホワイト? ねえ!?」
目の前にあった鉄格子が、まるで霧のように消えていく。
「僕は賭けに勝ったのかな?」
ミラーが歩み寄ってきて、私の手に残っていた林檎に触れた。
「どちらにしても、これは僕が食べる分ですね」
「ううん、これはあげられない!」
私は林檎をミラーから遠ざける。
この林檎をミラーが食べたら、スノーホワイトに渡した林檎が毒林檎でなく普通の林檎だってことがバレてしまう。
今が逃げるチャンスなのに。
(スノーホワイト、お願い、逃げて……!?)
私は彼に目で合図する。
そしてスノーホワイトが駆けだすのと同時に、残った林檎を口にした――。
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