白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?

谷村にじゅうえん

第23話 取引

「陛下――」

 言いかけた私の目に飛び込んできたのは、四角い入り口からのぞく毛むくじゃらの顔だった。

「元気か? 年増女」

 今朝私がひげの手入れをしてあげた、あのこびとだ。
 ひげのこびとは機嫌がよさそうに笑っている。

(はぁ……。挨拶代わりに“年増女”って……)

 フリオ王が来てくれたのかと思ったのに、とんだ肩すかしだ。

「なんだ、不満顔だな?」

 ひげのこびとは私を見下ろし、面白そうに笑っている。

「こんなところに閉じ込められて、不満がないわけないでしょう! いい加減、出してください!」
「まあまあ、そう怒るなって。しっかし魔女のくせに自力で出られないのか……。案外ポンコツなんだな」

(ううっ。ミラーもこびとたちも、魔女の力を買いかぶりすぎだと思う……)
 
 実はミラーが去ったあと、私は魔法で縄ばしごを出していた。
 けれどもそれを、上から垂らすことができなかった。縄ばしごがあっても、上に掛けられなければのぼれない。
 結局、魔法で出した縄ばしごは今、役に立たないまま足下に転がっていた。
 
 魔法を使いこなすにも、知識と訓練が必要だ。
 悲しいかな、今の私にはそれがない……。

 ひげのこびとが一旦引っ込み、声だけが聞こえてきた。

「あれ? 縄ばしごがねーな。どこいった?」

 どうも彼は、私たちを助けるつもりらしい。
 そして彼の探している縄ばしごはきっと、私が魔法で地下へ移動させてしまったんだ。
 
「縄ばしごならここにありますよ!」

 私は足下のそれを拾い、頭上へ声をかける。

「おお、こっちへ貸してくれ!」

 こびとが手を差し出した。
 ところが地下と地上では距離があり、こびとの差し出す手に縄ばしごが届かない。

「もっと手え伸ばせよ」
「そっちこそ、もう少し手を伸ばせません?」
「無理でしょ。投げたら?」

 スノーホワイトに言われて縄ばしごを投げてみる。
 けれど何度やってもキャッチするこびとと息が合わなかった。

「ぜえ、ぜえ……。ちゃんと投げろよ、このポンコツ魔女!」
「そっちこそちゃんと受け取ってくださいよ……。不器用なんですか?」
 
 そんな時、上からぬっと、長い腕が伸びてきた。

「レディ、手を!」

 その手は縄ばしごでなく、私の手首を難なくつかむ。
 四角い爪の形に見覚えがあった。

(フリオ王?)

 自分の目を疑っているうちに、私は地上へ引き上げられる。
 気がつくともう、私はフリオ王の腕の中にいた。

「私のソシエ、君は相変わらず美しいな」

 彼は私の頬を手のひらで包み、鼻先に短いキスをする。

(待って!? どうしてフリオ王がここにいるの!?)

 混乱しながら見回すと、そばには七人のこびとと王の騎士たちが控えていた。
 一番近くにいる、ひげのこびとと目が合う。

「あんたの旦那、気前のいい、いい男じゃないか。愛想尽かされるなよ?」

 彼の首には、大きな宝石のペンダントがぶら下がっていた。
 フリオ王がそれを身につけているのを、私は何度か見たことがある。王家の花であるスノードロップの文様があしらわれた、いかにも由緒ありげな一品だ。
 
「森で君たちを探していたら、こびとが出てきてこう言ったんだ。『宝石を寄越せばスノーホワイトと林檎売りのところに案内する』と」

 フリオ王はそう言って、苦笑いを浮かべた。

「私たちのために、あんな立派なペンダントを手放したんですか?」

 こびとたちにぼったくられたとしか思えない。

「妻と息子の滞在費だ」

 私は床で寝て、地下に閉じ込められていただけなのに……。
 こびとたちは相当、宝石が好きなんだろう。とてもホクホクした顔をしていた。

「スノーホワイトは無事なのか?」

 フリオ王が地下に声をかける。

「無事だけど何……。ちょっと家出したくらいで、お説教とかやめてよね」

 私が持って上がった縄ばしごを、こびとが下へ垂らした。
 けれどもスノーホワイトはお説教を警戒してか、なかなか上がってくる気配がない。

「スノーホワイト? おいでよ」
「気が進まないなあ……」

 私が言っても彼は動かなかった。
 
「スノーホワイト、お前なあ……」

 フリオ王が腕組みし、呆れ顔で地下のスノーホワイトを見下ろす。

「一人でこんな森の奥まで来た、レディ・ソシエの気持ちに応えようとは思わないのか?」
「そうだよね。レディはパパより先に来てくれたもんね」
「……っ……」

 なんでそんな皮肉めいたことを言うのか。
 フリオ王の額に青筋が浮かんだ。
 見ているこっちがハラハラしてしまう。
 
 けれどもスノーホワイトは、ほどなくスタスタと縄ばしごを上ってきた。

「城へ戻る気になったのか」

 王が聞くと、王子はすまして答える。

「戻るよ、ボクは。レディ・ソシエを守るために」

 王がぽかんと口を開けた。
 
「息子よ、それは私の仕事だ……」
「レディだってオジサンに守られるより、可愛いボクに守られたいでしょ。行こ、レディ」

 スノーホワイトは適当な馬の手綱を引き寄せると、スカートを大胆にたくし上げ、鞍に跨がった。
 それから私の手を引き寄せ、自分の前に乗せる。
 びっくりしている間に私はもう馬上の人だ。

「スノーホワイト、馬に乗れたんだ?」
「乗馬は得意」

 さすがフリオ王の息子だ。

「行くよ? ボクにつかまって」

 すぐに馬が森を走り出した。
 フリオ王と騎士たちも、あとから馬を走らせ付いてくる。
 スノーホワイトに馬を貸した一人は、別の騎士の馬に同乗しているみたいだった。
 
 見ていると、後ろから来るフリオ王と目が合った。
 彼がすっと目を細めて微笑む。
 スノーホワイトの態度に腹を立てているんじゃないかと心配したけれど、やっぱり息子が見つかって、彼もほっとしているみたいだった。
 私もなんだかほっとした。
 
「ねえレディ」

 馬上でスノーホワイトが私に耳打ちする。
 
「安心して? 魔法のことは黙っておくよ」
「うん、ありがとう……」

 私は手綱を握るスノーホワイトを見た。

「でもなんで?」
「なんでって……」

 気恥ずかしいのか、スノーホワイトは口の中でぼそぼそと言う。

「レディがボクのこと守りたいって言うから、ボクもレディを守ってあげたいなって。そんなボクがあなたにとって不利なこと、わざわざ言うメリットもないでしょ」
「そっか……。ありがとう」

 馬を走らせ前からの風を受けるスノーホワイトは、なんだかとても頼もしく見えた。

 * * *

 同じ頃、雪解けの王一行を見送ったこびとたちに、ある人物が近づいていた。
 
 ひげのこびとが屋根の上を見て毛を逆立てる。

「おい、あんた誰だよ!? そんなとこで何してる!」
「なんだ、なんだ?」
「俺たちの宝石を盗みにきた泥棒か!?」
 
 他のこびとたちも集まった。

 屋根の上の人物が、ヒラリと地上に舞い降りる。
 金髪にエメラルドグリーンの瞳。妖しい美しさを持つ青年だった。

「宝石? そんなもののために彼女たちを逃がすなんて、ずいぶんバカなことをしてくれたな」
 
 彼はひげのこびとの首元を見下ろし、忌々しそうに顔をしかめる。
 ひげのこびとが後ずさりする。

「目的は宝石じゃないんだな!?」
「当たり前だ。とくにそこについてるスノードロップの文様には反吐が出る。外してくれないか?」
「…………」
 
 ひげのこびとは宝石のペンダントを外して後ろに隠した。
 
「あんたの目的はスノーホワイトと林檎売りか?」
「わかってるじゃないか」

 青年が身をかがめ、こびとたちに合わせるように目線を低くする。

「僕と手を組むなら、君たちの好きなスノーホワイトを渡そう」
「スノーホワイトを!?」
 
 こびとたちが色めき立った。
 そんな中、ひげのこびとは眉を歪める。
 
「それでそっちの目的は?」
「僕の目的は、魔法を使う林檎売りの方。彼女とはいろいろあってね……」

 青年の唇に冷ややかな笑みが浮かんだ。

「どうする? 僕と手を組む? 僕らが手を組めば、お城から彼女たちを盗むのは簡単だ。宝石とスノーホワイト、両方とも手に入れたいと思わないか?」
 
 青年が手のひらを差し出す。
 七人のこびとたちの視線が、その手のひらに集まった――。

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