白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?

谷村にじゅうえん

第20話 未来の王

(今の悲鳴、きっとスノーホワイトだ!)

 確信した私はベッドの並ぶ部屋を駆けていき、奥のドアを開けた。
 そして目に飛び込んだ光景に、思わず息を呑んだ。
 部屋の中ではこびとたちが四方から、スノーホワイトのスカートを引っ張っていた。

「見せろ!」
「イヤァ!」
「見せろよ!」
「イヤだって!」

 スノーホワイトは両手でスカートの裾を押さえ、必死に抵抗している。

(あっ!)

 こびとのひとりがスカートの中へ顔を突っ込んだ。
 完全にセクハラ……いやもう性犯罪だ。

「やめなさい!!」

 思わず私は手を伸ばし、スカートの中に顔を突っ込んでいるこびとの足を引っ張った。
  バランスを崩したこびとが、顔から床に崩れ落ちる。

「ぐっ! 何すんだテメエ!」

 その声に、他のこびとたちも一斉に私を振り向いた。

「スカートから手を放しなさい!!」

 片手に持ったままだったヘアブラシをとっさに彼らへ向ける。
 その瞬間、ビュウッ!っとヘアブラシの先から風が出た。
 こびとが何人か吹き飛ばされる。

「魔法だあ! この女、やっぱり魔女だぞ!?」

 こびとの一人が叫び、彼らは狭い部屋の中をバラバラに逃げ回った。

「レディ・ソシエ……」

 涙目のスノーホワイトと目が合う。

「えーと……」

 私もまさか、ヘアブラシから魔法が出るとは思わなかった。
 魔法の小枝がないと、私は魔法を使えないと思い込んでいたから。

 ヘアブラシを構えたまま驚く私に、スノーホワイトが勢いよく抱きついてくる。

「こびとさんたちヒドいの! ボクにおちんちんがついてるって!」

 なるほど、それがスカートをめくられていた理由……。
 女の子だと思っていたスノーホワイトが男の子だったなら、こびとたちだって混乱する。それでこの騒ぎだったわけか。

「それはひどいね」

 私は励ますようにスノーホワイトを抱きしめ返す。

「そんな格好をして俺たちを騙したその子がヒドい!」

 こびとの一人が反論した。さっきスカートに顔をつっこんだこびとだ。

「別に騙したわけじゃないんじゃない? 男の子だって言わなかっただけで……」

 私の取りなしに、スノーホワイトがウンウンとうなずく。
 けれどもこびとは呪詛のように言葉を続けていた。

「ついてたぞ、ついてた! 俺は見た!」
「ああもう、うるさい! 男の子でも女の子でも、スノーホワイトはスノーホワイトでしょう!」

 私がヘアブラシを振り上げると、そのこびとはようやく口を閉じた。
 けれどもほかのこびとたちは相変わらず騒ぎ続けている。

「逃げよう、今のうちに……!」

 私はスノーホワイトに耳打ちする。

「でもボク、どこにも行くとこないよ……」

 スノーホワイトが小声で返してきた。
 
「何言ってるの、お城のみんなが心配してる」
「そんなわけない、ボクのことなんか……」

 彼の気持ちはなかなかこじれているみたいだ。

「ここのこびとさんたちだって、ボクが男の子だってわかったとたんにこの仕打ちだ」
「言いたいことはわかる。でも一旦お城に帰ろうよ」

 スノーホワイトを説得しているうちに、こびとたちは混乱から脱し、じりじりと包囲網を狭めていた。
 逃げるなら今しかない。
 さっきくぐったドアの前は、こびとたちにふさがれている。
 別のドアが目に映った。きっとあっちは裏口だ。

「スノーホワイト、ドアにぶつけないように頭下げて!」
「どういうこと??」
 
 説明している暇はない。私は彼の腕をつかむと、ドアに向かって一直線に走る。
 その小さなドアをくぐり、雨の森へ飛び出すはずだった。
 ところがドアを開け、外へ踏み出した足下にはなんと足場がなかった。
 足下の床がパカッと開いたのだ。
 ドアノブに掛けた手がずるりと滑り、私たちは床下へ落下する。
 
「わああああ!」

 思わず叫んだ私の声と、スノーホワイトの悲鳴が重なった。
 続いて強い衝撃が体を襲う。

「いったぁ~!」

 上を向くと、四角い穴からパラパラと砂粒か落ちてくるところだった。
 同じ穴からこびとたちの顔がのぞく。
 
「泥棒よけのトラップ、作っておいてよかったな」
「宝石泥棒とは違うのがかかっちまったが……」

 裏口のドアノブをひねると、足下の床が落ちる仕掛けになっていたらしい。
 
「でもどうする?」
「魔女は怖いしな」

 こびとたちは落ちた私たちを見下ろし、その処遇について話し合っている。
 
「私が怖いならここから逃がしてよ!」

 私が下から声をかけると、彼らはビクビクと怯えたような仕草を見せた。

「しゃしゃしゃ、しゃべった!」
「しゃべるだろ……。さっきもしゃべってたし」
「で、どうする?」 
「逃がしたら、何されるかわかんねーぞ!? このまま閉じ込めとこう!」

 どうしてそうなるのか……。
 自力で脱出したいけれど、上まで遠くてハシゴか何かないと出られそうにない。
 他に出口らしきドアなども見当たらなかった。
 ここは使われていない地下室みたいな感じだ。
 泥棒よけのトラップと言っていたけれど、使わない地下室を利用したのか。それともわざわざ地下に部屋を作ったのか。
 今の私にとってはどっちでもいいことだけれども……。

「ねえ、スノーホワイトだけでも出してくれない?」

 私はダメ元で交渉する。

「どうしてボクだけ」

 スノーホワイトが私のそでを引いた。
 私は彼に耳打ちする。

「ひとりだけでも逃げられたら、助けを呼べるでしょ?」
「それはそうだけど……。ボクがレディを助けるかどうかなんてわかんないよ?」
 
 確かに、カリソンに毒を入れた彼が私を助けてくれるなんて、そんな考えは甘いのかもしれない。でも今は、他にいい提案が思いつかなかった。
 
「スノーホワイトちゃんは逃がしたくない!」

 上でこびとの一人が言う。
 
「男だぞ?」
「男でもいい!」
「かわいいもんな~。股間以外は……」

 こびとたちの話し合いは、スノーホワイトも閉じ込めておく方向に進んでいるみたいだ。
 
「よかったね? 男の子でもいいって」
「よくないよ!」

 私の冗談に、スノーホワイトがばら色の頬をふくらます。

 結局、上の四角い入り口は閉じられてしまい、私たちは地下室の暗闇に閉じ込められてしまった。
 まさかこんな展開になるなんて……。
 白雪姫はこびとたちと楽しく暮らし、最後は王子さまと結ばれるはずなのに……。

 *
 
 私たちはどちらからともなく、地下室の壁に背中を預け座り込んだ。
 こびとたちの気配はすっかり遠ざかり、今はシトシトと降る雨の音だけが聞こえている。

 スノーホワイトがひざを抱えて座り直した。

「寒い?」

 私は彼に貸せるものがないかと考える。
 ストールがあったけれど、それは寝るとき毛布代わりにして、そのまま床の上に置いてきてしまった。

「寒くないよ。レディ・ソシエがいるから」

 スノーホワイトが私の肩に頭を預けた。
 私はそっと、彼の肩を抱く。

「ボクのこと探しに来てくれたの? それとも……殺しに来た?」

 彼の中にはきっと、私への信頼と疑い、そして不安が入り乱れている。

「ミラーがあんなことしてごめん。私はあなたを守りたいと思ってる。あなたのパパが、私を守ってくれたみたいに」

 フリオ王に、古井戸の中から助け出された時のことを思い出した。
 今回も私は相変わらず、暗い穴の中にいる方の立場だけれど……。

「そこでパパの名前なんか出すんだ~。残酷!」
 
 スノーホワイトは冗談めかして言って、私の頬に不意打ちのキスをした。

「ボクがあなたのこと好きだって知ってるでしょ?」
「……うん……」

 スノーホワイトの好意をひしひしと感じる。だいぶこじれた好意だけれども。

「ごめんね?」

 私はその好意に答えられない。けれど今隣にいる彼のぬくもりを、愛おしいと思った。
 スノーホワイトが息をつく。
 
「ボクの方こそごめん。あなたに構われたかったんだ」
「それって、カリソンのこと?」
「そうだよ。もしあれでレディが死んでしまったら、その時はボクも一緒に死のうと思ってた」

 彼の持つ完全無欠の若さが、死をそんなふうに軽く語らせるんだろう。

「でもそれでメイドが死んじゃうなんて……。ボク、取り返しの付かないことをした」
 
 そんなふうに非を認めるのはなんだか彼らしくない。私たちを取り巻く暗闇が、スノーホワイトを普段より素直にしているみたいだった。

「いつか取り返せるよ」

 私の肩に頭を預けている彼の髪に、私はそっと口づけする。
 
 スノーホワイトは多感で不安定だ。危うく、そして賢い。
 私にはそんな彼が宝石みたいに輝いてみえた。
 これから苦難を乗り越え、まっすぐに育ってくれたら……。彼はきっと、とても偉大な王になるだろう。
 心から、そうなってほしいと思った。

 *

 それからどれくらいの時間がたったんだろう。
 私は空腹を感じて意識を浮上させる。
 
 いつの間にか、地下室に響いていた雨の音が止んでいた。
 もう雨は上がったのか、それともまだ小雨が降っているのか。ここからではうかがい知ることはできない。
 
 上にこびとたちの気配はなかった。
 彼らはどこかへ行ってしまったんだろうか。

 そんな時。カツンと硬い足音が、頭上で響いた気がした。
 気のせいなのか。気のせいじゃないなら、こびとたちの足音とは違う気がする。
 単なる直感だけれども。

「レディ、どうかした?」
「しーっ」

 スノーホワイトを黙らせ、私は地下から耳を澄ます。

「お嬢様……!?」

 呼ぶ声が聞こえた――。

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