白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?

谷村にじゅうえん

第14話 カリソンの毒

 スノーホワイトが持ってきてくれたお菓子。クリームの入ったニフレットは早めに食べてしまったけれど、日持ちしそうなカリソンはガラス容器に入れてしまっていた。
 ガラス越しに見るカリソンは、色とりどりの宝石みたいだ。

 棚に入れたそれをふと眺めていると、王妃の間をのぞきにきたスノーホワイトが言う。

「それ、気に入ったならまた持ってくるよ」
「ううん、私は少しでいいの。たくさんは食べられないから」
「ふうん……?」

 彼は何か考え込むように自分の顎をなででいた。
 私だって美味しいものはたくさん食べたいけれど、十代の子とは代謝が違う……。でもそんな事情は若いスノーホワイトには想像もつかないんだろうな。うらやましい。

 それから数日後。いつの間にか、容器の中のカリソンが増えていた。
 スノーホワイトが入れてくれたんだと思う。サプライズ……なのかな?
 そしてさらに数日後……。
 今度はカリソンが減っていた。
 スノーホワイトが自分で入れて、自分で食べた?
 気まぐれな彼ならあり得る気がする。まあ好きにしてくれて全然いいんだけど。

 このことを、私はあまり不思議に思わなかった。
 変に思うべきだったんだと思う。
 まさか、こんなことになるなんて……。

 王妃の間に出入りするメイドのひとりを見かけなくなったのだ。

「そういえばいつも来ていたメイドさん、背の小さな……」
「もしかして……、ルネのことですか?」
「ええ。最近見ないけど、配置換えになったの?」
 
 王妃の間を担当しているメイド長に聞くと、彼女はどうしてかさっと顔色を変えた。

「何かあったの……?」

 明らかに様子がおかしい。
 
「ルネは……死にました……」
「――えっ?」

 予想もしなかった答えに私は慌てる。
 
「どうして……? だって、普通に元気にしてたのに……」
「それが……お医者さま曰く、毒を口にしたのではないかと……」
「毒……!?」

 毒と聞いて、思わずミラーの顔が浮かんだ。
 でもミラーにメイドを殺す理由なんてないはずだ。
 だったら一体……。

「どうしました?」

 タイミングよくそのミラーが現れる。

「ミラー。ここへ来ていたメイドさんのひとりが……」
「メイドがどうしました?」

 緊迫した空気に気づいてか、ミラーが駆け寄った。

「毒殺されたかもしれないの……」
「毒殺……? それは穏やかじゃありませんね。どういう状況だったんですか?」

 メイド長曰く、ルネはこの王妃の間に付属している、メイド用の控え室で倒れていたらしい。
 発見後、医務室に運ばれたが、医師が診た時にはすでに亡くなっていた。
 毒を口にしたのかもしれない、医師はそう憶測したが、それ以上のことは何もわからなかったそうだ。

「どう思う? ミラー」

 私が水を向けると、ミラーは確信のこもった口調で言う。

「医師が毒かもしれないと言ったなら、十中八九、なんらかの毒でしょう。ほかに健康な人が突然死ぬ理由なんてそうそうありません」

 それから彼はメイド長に詰め寄った。 

「毒は何に入っていたんですか!? 心当たりを教えてください」
「わかりません……。心当たりなんて何も……」

 メイド長は首を横に振る。

「なんでもいいから思い出してください! もしかしたら僕たちのいるこの部屋に、危険があるかもしれないんですよ?」
「そんなっ、しかし……」

 詰め寄られたメイド長が、助けを求めるようにこちらを見た。
 その視線がある一点で止まる。
 
「あっ、でも……」
「なんですか!? 何か気づいたなら僕らに教えてください!」
「ルネのエプロンのポケットに……あのお菓子が……」
 
 彼女の視線は棚のカリソンに向いていた。
 ミラーが棚に駆け寄って、ガラス容器に手を伸ばした。

「これはっ、スノーホワイトの……!?」
「でもそんなはずは……。私もいくつか食べたのに」

 私が言うそばで、ミラーはハンカチを使ってカリソンを容器から取り出す。

「それをどうするの?」
「こうするんです」

 彼はカリソンをつかんで部屋を出ていくと、続きの間にあった金魚の水槽にそれを落とした。

(あっ――)

 シュワシュワとした泡が立ち、水槽の水が黒くにごる。
 それから数秒。金魚が次々と裏返り、水面に浮かんだ。

 ミラーが深く息をつく。

「毒です、間違いありません」
「ああっ、なんてこと! ルネったら、盗み食いなんてするから!」

 メイド長が泣き崩れた。
 それから彼女は震える声で言う。
 
「スノーホワイトさまが王妃さまを……?」
「そんな滅多なことを。そのお菓子の容器は誰でも手を触れられるところにあったんです。現に私はルネがカリソンを持っていったのを知らなかったし、誰かが中身をすり替えたとしてもわかりませんでした。ですから……」

  私は彼女の肩に手を置いた。

 スノーホワイトだけを疑うのはおかしい。
 私たち全員が容疑者だ――。

「お願いします。このことは内密にしてください」

 ミラーがメイド長に懇願の目を向けた。

「ドクターも毒と断定したわけじゃありませんし、この部屋で人が、それも毒で死んだとなれば必ず悪いウワサが立ちます……。そうなるとソシエお嬢様の……いえ、王妃さまの不利益に」
「ミラー……」
「わかりました」

 メイド長は私たちを代わる代わる見てうなずいた。
 
「当分、口にするものには気をつけましょう。食べ物に飲み物、それからハンカチなども」
「そうですね。私も王妃さまの身の周りのものを、よく確認するようにいたします」

 ふたりがうなずき合う。

「ふたりともありがとう……」

 私はどうすればいいのか。このことをスノーホワイトに言うべきなのか……。
 難しい。話せばきっと、疑っていると思われるだろう。少なくとも心のどこかで。
 だったらカリソンの毒のことは、ここだけの話に留めるべき?

「何を考えています? ソシエお嬢様」

 ミラーがカリソンのガラス容器を持ち上げた。

「これは私が持っていきます」
「ミラーが?」
「ええ、毒の扱いはよく存じていますので」

 ミラーはガラス容器を持ちだし、王妃の間をあとにした。
 ミラーに持っていかせてよかったのか?
 胸に不安が渦巻いていた。

 スノーホワイトを信じるなら、一体誰が毒を?
 ミラーはさすがに違うと思う。動機がない。
 だったら誰にこんなことをする動機が?

 ううん、動機は誰にでもあった。
 私が狙われる理由は、私の存在それ自体。
 私が悪い魔女だからだ――。

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