白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?
第12話 世界で一番美しいのは
パパがお城に美女を連れてきた。
その人は森の中に倒れていて、しかも記憶喪失だなんていう。
パパは人が好くて、その上ちょっと抜けているところがあるから、きっと騙されてるんだと思う。
ママが病気でこの世を去って以来、王妃の座を狙い、パパに取り入ろうとする女性は後を絶たなかった。
今回もその手の女性に違いない。
別の国では魔女の力で変身し、かぼちゃの馬車に乗ってきた子までいたらしいから、成り上がりたいっていう女性の気持ちとパワーはあなどれない。
ちなみにそのかぼちゃ女は、本当に王子と結婚したらしい。なんだそれ、すごすぎ!
けどパパは、再婚の話をずっと断ってるから大丈夫。記憶喪失女もあきらめて城を出ていくだろう。ボクはそう高をくくっていた。
ところがパパは、すぐさま彼女との結婚を決めた。
ちょっと意味がわからなくて問い詰めたら、「あんな美しい人を初めて見たんだ」なんて言う……。美女なんてさんざん見てきただろうに。頭の中に虫でも湧いたのか。
この城に、美女はボクだけで十分だ。
そういえば、ボクが女装を始めたのは、もともとパパのためだった。
ママを亡くして落ち込んでいたパパに、ママのドレスを着て見せたら、ママが帰ってきたみたいだって喜んでくれた。
それがきっかけで、ボクはドレスを着るのにハマってしまった。
何年も前のことだから、今の今まで忘れてたけど……。
ボクはもともとママ似で可愛かったから、女の子の格好をすると、みんながちやほやしてくれる。
ボクが男だって知りながら、告白してきた騎士もいた。
女の子扱いされるのは、正直気持ちがいい。
やっぱりこの城に美女はボクだけで十分だ。
それなのに、パパは記憶喪失女に夢中だなんて、意味わかんない!
絶対、追い出してやる!
そう思っていたのに……。
婚礼の儀の翌日。庭で会ったレディ・ソシエの美しさは、まるで異質だった。
青白く透き通るような肌。広めの額、ほっそりして小さな顎。
つり目がちなアーモンド型の目は、猫みたいで可愛かった。
間違いなく年上なのに、無理に若く見せようとする感じじゃない。
少女のようにも、逆に老女のようにも見える顔だった。
けっして典型的な美女じゃない。
でもなぜか引き寄せられる。
目が離せない。もっと知りたい。そんなふうに思わせる、何かを彼女は持っていた。
彼女が魔女だというウワサは本当なのかもしれない。
そうでもなきゃ、あんなに可愛らしい人がいるはずない。
ボクは一瞬で、レディ・ソシエのとりこになってしまった。
ボクは、レディ・ソシエとニコイチになりたい。
双子になりたい。
彼女みたいに可愛くなりたい。
たぶん一緒にいたら、ボクらは相乗効果でもっと可愛くなれると思う。
*
気づいたら、ボクはレディ・ソシエの香りに包まれて、彼女の使うベッドに横になっていた。
「どうしてお前がこの部屋で寝ている……」
パパが腕組みしてボクを見下ろしていた。
レディ・ソシエの姿はない。
「どうしてこうなったんだっけ?」
ボクは彼女とお菓子を食べていたはずなのに。
「私に聞くな」
「別にっ、パパになんか聞いてないし」
ボクは体を起こしてパパをにらんだ。
パパはベッドのふちに腰かけて、長い足を前へ投げ出す。
「彼女はどこに行ったんだ」
「そんなの、ボクが知るわけないじゃん」
「来ると言っておいたのに」
「フラれたんじゃないの? “やっぱオジサンはヤだ!”って」
するといきなりパチッとデコピンされた。
いきなりはナイ。これはボクに怒ってるんじゃなく、単に機嫌が悪いんだ。レディ・ソシエに逃げられたから。
「もう……。八つ当たりはやめてよね!」
僕は乱れた前髪を直す。
「レディ・ソシエのことはあきらめなよ。パパとそういうことしたくないんだよ。彼女の目的は王家の財産か領地でしょ? パパがさっそく彼女に領地をあげたって聞いたよ」
「あそこはもともと彼女の領地だったんだ。こっちの手違いで没収になっていた」
「だったら余計に彼女がパパにいい顔してあげる理由はないよね? 領地はもう取り返したワケだし」
「…………」
パパはパパのくせに傷ついた顔をした。
いつも自信満々だと思ってたのに、レディ・ソシエに愛されている自信はないらしい。
だったら本当なのかな? 彼女が領地目当てだっていうのは……。
そんなことを考えていると、パパが隣でひとつ咳払いをした。
「勘違いするな。彼女とは食事を共にする約束をしていただけだ」
「ええ……?」
ってことは、ふたりはまだプラトニックな関係なのか。
予想外だった。
胸に小さな希望が生まれる。
「ねえパパ、レディ・ソシエをボクに譲る気はない?」
「はっ?」
思い切って言ってみると、パパは隣でぽかんと口を開けた。
「何言ってる……」
「ボクも彼女のこと好きなんだけど」
「お前は姫になりたいんじゃなかったのか」
「パパが彼女を譲ってくれるなら、僕は王子になってもいいよ」
ボクはベッドの上で身を乗り出す。
「それで十年後には王位を継いで、カッコいい王様になる! それならパパもあとの心配がなくなっていいでしょ?」
パパはしばらくボクを見つめた後、自分の髪を掻き回した。
「待て待て……。彼女とは昨日今日初めて会ったばかりだろ?」
「パパは出会った瞬間に結婚を決めたって聞いた」
「ああ……それはだな……」
王はまだ髪を掻き回している。
パパをこんなに困らせたのは久しぶりだ。ちょっといい気味。
「ダメだ、レディ・ソシエは渡さない。お前も妻は自分で見つけろ。国王の座も、そう簡単にお前に譲ってやる気はない」
雪解けの国の王は腕組みして立ち上がった。
「えええ~……」
こうなるとボクが不利だ。
王から妻を奪うには、家臣を味方につけての反逆以外、方法がない。
でもそれもやっぱり難しい。
ボクについてくる者がいたとしたら、そいつはよっぽどのバカか、大きな下心を持つ危険なヤツだ。
危険を冒してまで父親から国を奪う勇気は、今のボクにはなかった。
ああ……、ボクには何もない。
パパは大人で背も高くて顔もよくて。そして何より王としての実績がある。
一方のボクはただ王家に生まれただけの子どもだ。
「陛下、すみません、もういらしてたんですね」
気がつくと、レディ・ソシエが部屋に戻ってきていた。
「どこへ行っていたんだ?」
「バルコニーの方へ少し。月が綺麗だったので」
ふたりはお互いを見て、目を細める。
その横顔を見て、ボクは気づいてしまった。レディ・ソシエは雪解けの国の王・フリオが好きだ。
目が合って、恥ずかしそうにまぶたを伏せるその仕草が、彼女の恋心を如実に表わしていた。
胸が苦しくてのどが詰まる。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
なんで……。なんでだ……。
彼女の目には、ボクなんかこれっぽっちも映らないみたいだ。
ボクはここにいるのに……。
「あっ、スノーホワイト……!?」
ボクは彼女の脇をすり抜け、王妃の間を飛び出していた。
部屋の入り口にあった花瓶の台に、足をぶつけた。
花瓶を倒したかもしれない。けれど振り返ることもできずに、ボクは夜の廊下を走る。
どうして……。どうしてこうなった……!?
なんで彼女にはボクじゃなく、パパなんだ。
なんでパパにはボクじゃなく、レディ・ソシエなんだ。
ボクは……。ボクはひとりぼっちだ。誰のせいなんだ。
美しいレディ・ソシエ。ボクは彼女を恨んでしまうかもしれない。
「鏡よ鏡……、世界で一番美しいのは誰?」
ボクは自分の部屋に戻り、鏡の前に立った。
魔法の鏡はボクに答えてくれる。
『世界で一番美しいのは、他の誰でもありません……。スノーホワイト、あなたです』
美しいのは、ボクだけで十分だ――。
その人は森の中に倒れていて、しかも記憶喪失だなんていう。
パパは人が好くて、その上ちょっと抜けているところがあるから、きっと騙されてるんだと思う。
ママが病気でこの世を去って以来、王妃の座を狙い、パパに取り入ろうとする女性は後を絶たなかった。
今回もその手の女性に違いない。
別の国では魔女の力で変身し、かぼちゃの馬車に乗ってきた子までいたらしいから、成り上がりたいっていう女性の気持ちとパワーはあなどれない。
ちなみにそのかぼちゃ女は、本当に王子と結婚したらしい。なんだそれ、すごすぎ!
けどパパは、再婚の話をずっと断ってるから大丈夫。記憶喪失女もあきらめて城を出ていくだろう。ボクはそう高をくくっていた。
ところがパパは、すぐさま彼女との結婚を決めた。
ちょっと意味がわからなくて問い詰めたら、「あんな美しい人を初めて見たんだ」なんて言う……。美女なんてさんざん見てきただろうに。頭の中に虫でも湧いたのか。
この城に、美女はボクだけで十分だ。
そういえば、ボクが女装を始めたのは、もともとパパのためだった。
ママを亡くして落ち込んでいたパパに、ママのドレスを着て見せたら、ママが帰ってきたみたいだって喜んでくれた。
それがきっかけで、ボクはドレスを着るのにハマってしまった。
何年も前のことだから、今の今まで忘れてたけど……。
ボクはもともとママ似で可愛かったから、女の子の格好をすると、みんながちやほやしてくれる。
ボクが男だって知りながら、告白してきた騎士もいた。
女の子扱いされるのは、正直気持ちがいい。
やっぱりこの城に美女はボクだけで十分だ。
それなのに、パパは記憶喪失女に夢中だなんて、意味わかんない!
絶対、追い出してやる!
そう思っていたのに……。
婚礼の儀の翌日。庭で会ったレディ・ソシエの美しさは、まるで異質だった。
青白く透き通るような肌。広めの額、ほっそりして小さな顎。
つり目がちなアーモンド型の目は、猫みたいで可愛かった。
間違いなく年上なのに、無理に若く見せようとする感じじゃない。
少女のようにも、逆に老女のようにも見える顔だった。
けっして典型的な美女じゃない。
でもなぜか引き寄せられる。
目が離せない。もっと知りたい。そんなふうに思わせる、何かを彼女は持っていた。
彼女が魔女だというウワサは本当なのかもしれない。
そうでもなきゃ、あんなに可愛らしい人がいるはずない。
ボクは一瞬で、レディ・ソシエのとりこになってしまった。
ボクは、レディ・ソシエとニコイチになりたい。
双子になりたい。
彼女みたいに可愛くなりたい。
たぶん一緒にいたら、ボクらは相乗効果でもっと可愛くなれると思う。
*
気づいたら、ボクはレディ・ソシエの香りに包まれて、彼女の使うベッドに横になっていた。
「どうしてお前がこの部屋で寝ている……」
パパが腕組みしてボクを見下ろしていた。
レディ・ソシエの姿はない。
「どうしてこうなったんだっけ?」
ボクは彼女とお菓子を食べていたはずなのに。
「私に聞くな」
「別にっ、パパになんか聞いてないし」
ボクは体を起こしてパパをにらんだ。
パパはベッドのふちに腰かけて、長い足を前へ投げ出す。
「彼女はどこに行ったんだ」
「そんなの、ボクが知るわけないじゃん」
「来ると言っておいたのに」
「フラれたんじゃないの? “やっぱオジサンはヤだ!”って」
するといきなりパチッとデコピンされた。
いきなりはナイ。これはボクに怒ってるんじゃなく、単に機嫌が悪いんだ。レディ・ソシエに逃げられたから。
「もう……。八つ当たりはやめてよね!」
僕は乱れた前髪を直す。
「レディ・ソシエのことはあきらめなよ。パパとそういうことしたくないんだよ。彼女の目的は王家の財産か領地でしょ? パパがさっそく彼女に領地をあげたって聞いたよ」
「あそこはもともと彼女の領地だったんだ。こっちの手違いで没収になっていた」
「だったら余計に彼女がパパにいい顔してあげる理由はないよね? 領地はもう取り返したワケだし」
「…………」
パパはパパのくせに傷ついた顔をした。
いつも自信満々だと思ってたのに、レディ・ソシエに愛されている自信はないらしい。
だったら本当なのかな? 彼女が領地目当てだっていうのは……。
そんなことを考えていると、パパが隣でひとつ咳払いをした。
「勘違いするな。彼女とは食事を共にする約束をしていただけだ」
「ええ……?」
ってことは、ふたりはまだプラトニックな関係なのか。
予想外だった。
胸に小さな希望が生まれる。
「ねえパパ、レディ・ソシエをボクに譲る気はない?」
「はっ?」
思い切って言ってみると、パパは隣でぽかんと口を開けた。
「何言ってる……」
「ボクも彼女のこと好きなんだけど」
「お前は姫になりたいんじゃなかったのか」
「パパが彼女を譲ってくれるなら、僕は王子になってもいいよ」
ボクはベッドの上で身を乗り出す。
「それで十年後には王位を継いで、カッコいい王様になる! それならパパもあとの心配がなくなっていいでしょ?」
パパはしばらくボクを見つめた後、自分の髪を掻き回した。
「待て待て……。彼女とは昨日今日初めて会ったばかりだろ?」
「パパは出会った瞬間に結婚を決めたって聞いた」
「ああ……それはだな……」
王はまだ髪を掻き回している。
パパをこんなに困らせたのは久しぶりだ。ちょっといい気味。
「ダメだ、レディ・ソシエは渡さない。お前も妻は自分で見つけろ。国王の座も、そう簡単にお前に譲ってやる気はない」
雪解けの国の王は腕組みして立ち上がった。
「えええ~……」
こうなるとボクが不利だ。
王から妻を奪うには、家臣を味方につけての反逆以外、方法がない。
でもそれもやっぱり難しい。
ボクについてくる者がいたとしたら、そいつはよっぽどのバカか、大きな下心を持つ危険なヤツだ。
危険を冒してまで父親から国を奪う勇気は、今のボクにはなかった。
ああ……、ボクには何もない。
パパは大人で背も高くて顔もよくて。そして何より王としての実績がある。
一方のボクはただ王家に生まれただけの子どもだ。
「陛下、すみません、もういらしてたんですね」
気がつくと、レディ・ソシエが部屋に戻ってきていた。
「どこへ行っていたんだ?」
「バルコニーの方へ少し。月が綺麗だったので」
ふたりはお互いを見て、目を細める。
その横顔を見て、ボクは気づいてしまった。レディ・ソシエは雪解けの国の王・フリオが好きだ。
目が合って、恥ずかしそうにまぶたを伏せるその仕草が、彼女の恋心を如実に表わしていた。
胸が苦しくてのどが詰まる。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
なんで……。なんでだ……。
彼女の目には、ボクなんかこれっぽっちも映らないみたいだ。
ボクはここにいるのに……。
「あっ、スノーホワイト……!?」
ボクは彼女の脇をすり抜け、王妃の間を飛び出していた。
部屋の入り口にあった花瓶の台に、足をぶつけた。
花瓶を倒したかもしれない。けれど振り返ることもできずに、ボクは夜の廊下を走る。
どうして……。どうしてこうなった……!?
なんで彼女にはボクじゃなく、パパなんだ。
なんでパパにはボクじゃなく、レディ・ソシエなんだ。
ボクは……。ボクはひとりぼっちだ。誰のせいなんだ。
美しいレディ・ソシエ。ボクは彼女を恨んでしまうかもしれない。
「鏡よ鏡……、世界で一番美しいのは誰?」
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