白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?

谷村にじゅうえん

第11話 姫と王子

「レディ・ソシエ、お菓子を持ってきたよ!」

 夜。スノーホワイトが王妃の間に、色とりどりのお菓子を抱えてやってきた。

「レディどこ?」
「ごめんね、今着替え中で……」

 下着姿だった私は寝室のドアから顔だけのぞかせる。
 このあとフリオ王が来ることになっていて、ちょうど私は身支度をしていた。

「いたいた、レディ・ソシエ」

 スノーホワイトは私を見つけると、ぱっと瞳を輝かせる。
 そしてずいずいっと寝室の中まで入ってきた。

「これ知ってる? カリソンっていうお菓子だよ。アーモンドのペーストに果物の果肉が練り込んであるんだ。こっちのはニフレット。カスタードクリームが入ってるよ」

 スノーホワイトがベッドにお菓子の皿を置く。

「食べる?」
「えーと……うん」
 
 これから食事だけれど、スノーホワイトが持ってきたものを断るのは可哀想だ。

「じゃあ、ボクが選んであげるねっ。はじめはねえ、オレンジのカリソンがおすすめかな♪ それからアンズとレモン! 甘いのと酸っぱいの、一緒に口に入れてみて」

 指でつままれた一口大のお菓子が、次々と目の前に差し出される。
 私は仕方なく口を開けた。

「んっ、おいし!」
「どれが好き!?」
「うーん、どれだろう……。どれもおいしいよ」
「……あっ、そこのメイドさん、レディに紅茶を持ってきてくれる? あとボク、ホットチョコレートが飲みたいな」

 紅茶とホットチョコレートも持ち込まれ、ベッドの上がパーティ会場みたいになってしまった。
 でも着替え中だった私は今、薄いスリップ一枚の状態だ。そしてスノーホワイトがいたら着替えられない。
“女同士”の気安さからか、彼は私が下着姿だろうがなんだろうが、気にしていないみたいだけど……。
 ともかく私としては、スノーホワイトに一旦退散してもらいたい。
 
「あのね、スノーホワイト。もうすぐ陛下が来ると思うから……」

 私はやんわり言って、状況を理解してもらおうとした。
 けれどもそれは通じなかった。

「なんで!? ボク、今来たばっかりなのに!」

 林檎のようなほっぺで、ぷうっとふくれられた。
 そして彼は距離を詰めてくる。

「ねえレディ、パパよりボクと過ごそうよ。なんでも言うこと聞いてくれるって言ったでしょ?」

 両手をつかんで引き寄せられた。
 とってもとっても距離が近い……。私、下着姿なんだけど……。

「ごめん。陛下には前から言われてて」
「えぇええ!? ズルいぃい!!」

 スノーホワイトはますますむくれる。

「そうだ、3人ですごすのは?」

 形式上は家族だし、きっとそれが自然だ。
 
「やだ! パパなんて楽しくない! 空気読まずに小言言うし、足が臭うし。あんなのデカくてジャマなだけじゃん!」
「えええ……?」

 フリオ王もずいぶんな言われようだ……。

「パパは大人しく仕事だけしてればいいのに。レディと夜を過ごそうとか気に入らない! レディはボクのだ、パパなんかに渡さない!!」

 スノーホワイトは私を逃がすまいと、腰の辺りに抱きついてきた。

 私、いつからスノーホワイトのものになったんだろう……。
 でも子持ちの人と結婚するっていうのは、こういうことなのかな……。
 砂糖菓子で汚れたベッドを見ていると、なんだか体の力が抜けてしまう。
 
 そういえばミラーが、ぬいぐるみに陛下のお相手をさせろって言ってたっけ。
 スノーホワイトのお菓子パーティのお相手も、魔法をかけたぬいぐるみで務まるのかな?
 でもどちらにしろまだ私はミラーから、その魔法を教わっていなかった。
 ああ……、ミラーはどうしているんだろう?
 昨日のフリオ王の話だと、今日には恩赦で釈放されているはずだけど……。

 その時、私の腰にまとわりついていたスノーホワイトの、腕の力が緩んだ。

「……あれ?」

 顔をのぞき込もうとしたとたん、彼はバタッとベッドから転げ落ちる。

「ええっ!? スノーホワイト!?」
「大丈夫です、魔法で眠らせただけですから」

 ミラーの声だった。
 ミラーは眉間にしわを寄せ、お菓子で散らかったベッドへ近づいてくる。

「ミラー、戻ってきてくれたんだ……!?」
「僕は戻ってきますよ。ソシエお嬢様がここにいる限りね」
 
 ミラーとの感動の再会だけれども、それよりベッドから転げ落ちたスノーホワイトが心配だ。

「この子、明らかに顔から行ったよね……? 大丈夫? スノーホワイト……」

 私はスノーホワイトを助け起こそうとする。

「下、絨毯だから大丈夫ですって」

 ミラーはぼやきながらも手を貸した。

「それより早く服を着てくださいよ。僕はてっきりお嬢様が襲われてるのかと思ってあせりました……」
「そうだね、ごめん……」

 私はミラーが向こうを向いてくれているうちに服を着る。 
 絨毯の上で仰向けになったスノーホワイトは、そのまますやすやと眠っていた。

「まるで眠り姫ですね」

 ミラーがこぼす。

「とても男には見えません」
「ミラー、スノーホワイトが男の子だって知ってたんだ?」

 私が聞くと、彼は小さく肩をすくめた。

「まあ、ウワサになってますからね……。ここの王子は姫だとか。ちなみに隣の国の姫は、王子の格好をして旅をしているらしいです。王族ってのは自由ですね。貧しい庶民は選ぶ服もないのに」

 確かにミラーの言うとおりだった。
 スノーホワイトを冷ややかに見下ろし、ミラーが言う。

「お嬢様、このままこいつを放っておくと、大変なことになりますよ?」
「……どういうこと?」
「あなたはスノーホワイトを、ただの子どもだと思っているのかもしれませんが……。こいつは危険です。いつかソシエお嬢様の存在をおびやかします。僕にはわかるんですよ……」
「…………」

 突然のミラーの予言に、私は言葉を失った。
 笑い飛ばしたいけれど、何も言えない。あの絵本の物語を知っているから……。
 
 美しい白雪姫は、魔女にとって危険な存在だ。
 彼女の美が、魔法による魔女の美を無効化してしまう。
 その時、王にかかった幻惑の魔法は、解けてしまうんだろうか……。

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