白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?

谷村にじゅうえん

第7話 魔女裁判

 旧バスカヴィル領から王都の宮殿へ戻ると、私は王妃の間に軟禁された。
 あの男の子――サイモンはフリオ王の一存で許されたけれど、魔女の疑いをかけられた私はそうはいかなかったのだ。

「すまない、君をここから出してやれなくて……」

 王妃の間を訪れたフリオ王が、申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「魔女裁判は、司教とその配下の異端審問官の管轄だ。私の一存で不問に付すことはできない」

 王妃の間の入り口にはこの城の兵のほか、白い衣装に十字を刻んだ教会の兵もいた。
 本来、教会の兵力が王宮に立ち入るのは王権の侵犯に当たるが、魔女の疑いをかけられた私を教会に引き渡さない代わりに、王は宮殿内に、教会による監視の目を受け入れた。
 
 私から見ると監視の目が二倍になって、暮らしにくいことこの上ないのだけど……。
 檻に入れられるよりはマシなので、黙っておく。
 
 差し入れに持ってきた果物を器用にナイフでむきながら、王が言った。

「魔女裁判を避けるには、君の無実を証明しなければならない」

 無実の証明なんて、そんなことができるんだろうか。
 あるものを証明するより、無いものを証明する方が難しい。
 そもそも私は魔女なのに……。
 
「魔女裁判になったら、私はどうなるんですか……?」

 恐る恐る聞いてみると、王は切った桃の切れ端をこちらへ差し出しながら言った。
 
「君は拷問を受け、自白させられることになるだろう」
「拷問……!?」

 桃と一緒に差し出されたナイフを見てドキリとなる。

「私より先に君の肌に触れようなんて、そんなことは許さない」

 桃の汁で濡れた私の口元を、王がナイフを置いた指先で拭った。

「はい……」

 そう言ってくれるのは嬉しいけれど、私はどうしたらいいのか。
 正直、立場が難しい。
 私は魔女で、フリオ王は私が魔女でないことを証明しようとしていて。
 私は無実の証明のために、彼に調べられたらまずいのだ。

 有罪の証拠になるようなものはミラーが隠してくれていると思うけれど、きっと探されるほどに危険は増す。

 助けを求めるようにミラーを見ると、彼が胸に手を当てて申し出た。
 
「協力させてください。お嬢様の無実はこの私が証明してみせます」
「薬師の君が?」

 フリオ王が怪訝そうな顔をする。
 けれどすぐ、思い直したように顎を引いた。

「そうだな。君は以前、バスカヴィル家に仕えていたのだったな。詳しい話を聞かせてくれ」
「はっ」

 ふたりの視線が絡まった。

 *

 それから数日。魔女裁判のための予備審問が、非公開の形で行われることになった。

 本番の魔女裁判となれば私は公の場に引き出され、異端審問官の厳しい詰問を受けることになる。
 事前に証拠が整わなければ、拷問によって自白を強要されることだってあり得た。
 それを考えるとこの予備審問が、私にとっての命綱になる――。

 王宮内にある、きらびやかな会議室。長いテーブルを挟み異端審問官側と弁護側が向かい合って座った。
 弁護の中心は王と並んで、ミラーが引き受けたと聞いていた。
 あれからミラーとは、ほとんど意思疎通が取れていないから心配だ。弁護方針はどんなものなのか……。

 私は兵士に囲まれたまま、テーブルから少し離れたところに立たされた。
 テーブルに近づけないよう、目の前にはロープが張ってある。ここが被告人席というわけだ。
 被告人席から見ると会議室には、警備の兵や記録係の文官など、大勢の人が待機していた。
 誰もが私に疑いの目を向けているようで居心地が悪い。
 魔女であることはそんなに悪いことなんだろうか……。

「まず第一に、王の未来の妃が魔女ということになれば前代未聞。決して許されることではありません。場合によってはフリオ王、あなた自身も神の裁きを受けることになるでしょう」

 剃髪に黒衣の異端審問官が厳かに口を開いた。
 フリオ王はまっすぐに見つめ返す。

「私はレディ・ソシエを信じている」

 “神の裁き”に対する恐れの念は見受けられなかった。
 見ている私の方が心配になる。真実を知ったとき、彼がどんな反応をするのか……。

「それではレディ・ソシエに対する魔女の告発だが……」

 審問官が控え室の方へ視線を向ける。
  そちらからあの日の兵士が連れてこられた。山頂の城で地下牢にいた人物だ。
 彼は会議テーブルの正面に立つ。

「近衛隊のダグラスです。私は見ました! レディ・ソシエが奇怪な魔法で、牢のカギを開けるところを」
「カギが初めから壊れていた可能性は?」

 問いかけたのはミラーだった。

「それにあの地下牢には明かりがありませんでした。それなのに、魔法だなんてバカバカしい。どうせ何かの見間違いでしょう」
「昼間のことです。それにあそこには明かり取りの小窓がありました!」

 ダグラスが言い返す。

「私はずっと牢の見張りをしていて、暗さに十分目が慣れていました。見間違えるはずはありません!」
「魔法はどんなふうにして行われたのだ? 詳しく聞かせてほしい」

 審問官が促した。

「はい。レディ・ソシエは奇妙な棒を持っており……」
「どんな形で、どれくらいの長さの?」

 聞かれたダグラスは、迷うように斜め上を見た。
 
「あれは確か、手のひらふたつ分くらいの長さの。形はそうですね、木の枝のような……」
「ただの木の枝じゃないですか?」

 ミラーが口を挟む。

「その時の棒は?」

 提出しろというんだろう。審問官が手のひらを差しだした。

「レディ・ソシエがお持ちでは?」

 ダグラスが私を見る。

「レディが持っていたなら、とっくに取り上げられているだろう。彼らが何度も彼女の身体検査をしていたからな」

 フリオ王が責めるように教会の兵たちをにらんだ。

「レディがいいと言うから許したが、あんなこと、本当なら私が許さないぞ……!?」

 王が不穏な気配を漂わす。

「ごほん、陛下」

 剃髪の審問官が法衣のそでを持ち上げて、王をなだめた。

「棒のことは一旦保留にして、話を前へ進めましょう。……ダグラス君、レディ・ソシエはその棒で何をしたのです?」
「棒の先をこう、南京錠のカギ穴に向けまして……」
「そして?」
「錠がカチリとひとりでに」

 会議室が低くどよめいた。

「それで? 続けて」

 困ったような顔で、審問官が続きを促す。
 
「それでレディは、南京錠を外して牢の扉を開けました」
「待て待て。呪文か何か聞いただろう」
「え……いえ。そんなものは何も」
「だったらどうして魔法だとわかったのだ。絶対何かあるはずだ」

 審問官に問い詰められ、ダグラスは口をパクパクさせている。

「ただの思い込みでしょう!」

 ミラーが横から切り捨てるように言った。

「そんな、違います!」
「だったらなんなんです?」

 ふたりがにらみ合う。

「そうです、魔法だと言いました! レディ・ソシエ自身が!」

 大きなざわめきが起こった。
 あの時男の子に魔法かと問いかけられ、私は「うん」と肯定した。それを彼に聞かれてしまった。

「魔女が魔法のことを、簡単に人に教えるはずがありません。火あぶりに遭うのに」

 そんなミラーの指摘にダグラスが反論する。

「それこそあなたの思い込みでしょう!」
「合理的判断です」
「合理的……なんだって?」

 だいぶ混沌としてきた。
 審問官の心証はどうなのか。私は遠目にその表情をうかがう。
 今は顎の先を指でつまみ、考え込んでいるみたいだ。

「ダグラス氏が見たのは木の枝と、壊れた南京錠、この二点だけです。そんなもの私だって見たことがある」
 
 ミラーが勝ち誇ったように言った。
 
 確かにそれだけでは、私が魔女だっていう証拠にはならない。
 魔法の小枝も、きっとあの時の騒ぎでどこかへ行ってしまったんだ。
 
 ほっとしかけた時、教会側の兵士がひとり、異端審問官に近づいて耳打ちした。

「何……!?」

 審問官の表情がサッと緊迫したものに変わる。
  
「みなさん、その者の口車に乗せられてはいけません!」

 審問官に耳打ちした兵士が言い放った。
 皆の視線が彼に集まる。

「この者こそ魔法使いです!」

 彼の人差し指が、テーブル越しにミラーの鼻先に突きつけられた――。

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