私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

01-009

 準備が整ったとの連絡を受け、私たちは教会へと移動する。
 婚約式の参列者は家族のみというとてもシンプルなものだ。この世界での婚約式は、元の世界の結納にある結納金のようなものはない。神前で魔力が込められた指輪の交換を行なうというものなので、どちらかといえば、海外で言うところの婚約式に近いものだ。
 ちなみに、魔力が込められた指輪を外す際には教会に二人揃って赴く必要がある。でも、私と皇太子殿下の婚約式は幼い頃に行なったため、指輪の交換まではしていない。卒業したら改めて、という話が出ていたけれど、結局は書類上の婚約者のままで終わりを告げた。なんにせよ、あんなことがあった後に一緒に行動するのは苦痛なので、本当にしていなくて良かったと思う。

 教会に戻り、準備の終わった内部を眺める。
 さっきも思ったけれど、教会に降り注ぐ光が芸術品のように内部を染め上げている。目に映るステンドグラスの鮮やかな色彩は、一生忘れられないものになりそうだ。
 中央にある通路には花が飾られ、甘い香りを放っている。
 今日のために整えられた空間は、ここにいるすべての人にとって良い思い出になるといいなあと思う。

 ゲーム世界でのエステリはすべての通常ルートで不運な運命を辿ってしまうけれど、今ここには彼女を幸せにしてくれる人たちが集まっている。
 彼女だって幸せになっていいのだ。私は前世からずっとそう思ってきたからか、今日という新しい始まりの日がとても素敵なものだと感じるし、この場にいるだけで幸せな気持ちになる。
 エステリを幸せにしたい。それは、この世界で私が幸せになることなんだけれど、私を取り巻く人たちも幸せにならないといけないと思う。勝手な私の憶測だけれど、不運な目に遭いながらも最後まで主人公たちを影で支えていた彼女は、この世界の人々を幸せにしたいと願っていたと思うから。少なくとも、酷い態度を取られながらも彼女は自分の周りにいた人たちを見捨てたりはしなかった。だから、エステリである私は、その人たちと支え合いながら幸せに生きていきたいと思う。幸せには幸せで返したいと思うのだ。
 まあ、救いようもないなと感じてはいるけれど、バカ王子たちのことは見捨てたわけではなく、とにかく今はよく頭を冷やして考えてみて欲しいと思っている。彼らのあの状態は、何らかの魔法かイーナ嬢の魅了かなにかが影響していると思う。それが何かは今のところ分からないけれど、解けたときに彼らは何を思うのか。国を担う者としてやってはいけないことをしたと自覚して欲しい。
 今後、この先に何があるのかは私にだって分からないけれど、通常ルートにあった国家間の紛争や魔獣の暴走、タイトルにある黒竜などの問題が出てくるかもしれない。その時、対処できる者がいなければこの国は滅ぶしかない。私は大切な人たちをそんな形で失いたくはないから、私のできることをこれからも精一杯するつもりだ。


 結婚式とは違い、初めから全員が席に座り時を待つ。
 教会の高い天井に荘厳な音楽が響き渡ると、やがてそれは私たちの元へと舞い降りてくる。柔らかな音色となったそれは、私たちのこれから始まる新しい約束を祝福してくれているようだった。
 ヴィルヘルム様と私の名前が呼ばれ、私たちは祭壇の前へと出る。
 向かい合い、用意していた婚約指輪をヴィルヘルム様から私へ、そして私からヴィルヘルム様へと互いの指にはめる。指輪は戦闘などの時にも邪魔にならないよう、精巧な細工は施されているものの宝石などは付いていない簡素なものだ。記念の指輪には宝石をつけるものだと言われるけれど、ペルトサーリ侯爵夫妻も同じ理由から結婚指輪はシンプルだった。私たちもそれに倣った形だ。
 私たちは指輪をはめた手を重ね合い、ゆっくりと瞳を閉じる。
 神父様が私たちの重ねた手の上に聖水を流し、祈りの言葉を述べる。すると、聖水が触れた指輪がじんわりと温かくなり、一瞬だけピリっと電流が流れるような刺激が皮膚に走った。これが指輪の誓約だ。

「二人に幸多からんことを」

 皇太子殿下たちの声が聞こえたときには婚約式はどうなるのだろうという不安があったけれど、邪魔が入ることなく神父様の言葉で締められ無事に終わる。
 指輪を眺め、それを指でそっとなぞる。前世では婚約なんて夢のまた夢、結婚式も憧れで遠い世界の話のようだった。それが、今はこうして指輪という形になって私と共にある。好きな人がいて、そしてその人がとても優しくて、結婚の約束までできて嬉しいなあと素直な気持ちから口角が上がった。

「エステリ嬢、手を」

 ヴィルヘルム様に名前を呼ばれて反射的に手を差し出すと、流れるように指輪に口づけられた。
 思わず息を呑むと、ヴィルヘルム様は悪戯が成功したように喉の奥で笑う。

「私の心臓を止める気ですか」
「まさか。この位で止まってしまっては困る」

 そんなの、私だって困りますけれど!
 昨日の耳まで赤くなってたヴィルヘルム様を返して欲しいなんて思いつつ、こんなヴィルヘルム様も好きだなあと思う私がいる。なんてったって、前世からの恋なのだ。好きな人の新しい顔が見られて嬉しいに決まっている。
 惚れた方が負けだというのは正解なのだ、きっと。明日もその次も、初めて見る表情や好きなものや苦手なものをたくさん知って理解し、寄り添いたい。私と同じように、ヴィルヘルム様も思ってくれていると良いなあと思う。

「では、未来の旦那様。私と共に歩いてくれますか」
「喜んで」

 恋愛は一人ではできない。
 私はまだ始まったばかりの恋愛を大切にしたい。歳の差だって関係ない。私たちが互いに尊重し、認め合っていればそれでいいのだ。
 ヴィルヘルム様に手を取られながら、皆に祝福されて煌めく光の中を歩き出す。
 皆の祝福の声や笑顔が、柔らかく私の中に溶けていくようだった。

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