私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

01-003

 さて、そんな皇太子殿下たちのことは置いておいて、目の前のもさもさとした男性との話に戻ろうと思う。私のテンションは最高潮。ようやくきちんとした顔合わせができるのだ。

「こんな姿で申し訳ない。言い訳になってしまうのだが、魔獣の進行を食い止めすぐこちらに向かったためこのような有様で」

 さすがだ、声もいい。ヴィルヘルム様の声優名もその声も覚えているけれど、やはり現実となった世界では声はオリジナルのようだ。でも、それが嫌だってことはなくて、落ち着いたバリトンボイスで耳に心地良い私の好きな声だ。うっとりしつつ、笑顔で返す。

「お気になさらないでください。連絡を頂いておりましたし、約束に間に合うよう急いできてくださったのでしょう?」
「それはそうだが、しかし……」

 バツが悪そうに口ごもるヴィルヘルム様は、叱られた子犬のようにしょんぼりと項垂れている。なにそれ、可愛い。こんな可愛らしいところもある方なのか。
 その後ろの方で従者たちも似たような姿のまま控えている。従者の皆さんにも急かすようなことをして悪かったなと思う。疲れているだろうし、あとでゆっくりと疲れを癒してもらおう。

 辺境伯領は我が家の領地のお隣で国と国の境にあり、危険な魔獣の住処も近い。常に警戒をしておかねばならない地域で、危険度も高いのが特徴だ。
 そんなところから戦闘を終えたその足で来てくれたのだから、血がついていないだけマシだろう。途中で慌てて水浴びをしてきたという話も、先程聞いたばかりである。
 落ち込んだヴィルヘルム様を元気づけるように、私ははしゃいだ声を上げた。

「それより、ようこそおいでくださいました。そちらの立派な竜たちですけれど、こちらに滞在する間、私の竜と同じ場所においても問題はありませんか」
「あなたの竜ですか? こちらにも竜が?」

 竜を移動手段として公に使っているのは、辺境伯領以外にはない。魔獣を飼い慣らすのは困難で、辺境伯領でも幼獣から育ててなんとか人に慣らしている状態だ。他のところで育てているという話は聞いたことがなかったのか、ヴィルヘルム様は私の言葉に疑問を投げかける。
 私は気にした様子もみせずに笑顔で頷いた。

「えぇ。私、こう見えて竜に乗れますし、魔獣に好かれるんです」
「好かれる?」
「他の方々には要らぬ心配をさせてしまうので内緒にしてますが、このことは国王陛下にも報告済みですのでご安心を。皆様も、今から目にしたことは内密にお願いしますね」

 先に竜舎へご案内します、と私は自ら案内役を買って出る。本来ならば使用人に任せるところだけれど、魔獣が予測できない行動に出たときに対処できるのは私だけだった。
 屋敷の裏にある広大な森へと進む。その後ろに竜たちとヴィルヘルム様と従者が続いた。
 緑豊かな森は、魔獣が住んでいるというわりには空気が澄んでいて心地よい。通常、魔獣が住む場所には瘴気が漂っており、青々とした葉が茂ったり花が咲いたりすることはないのだが、ここは違う。ここへ越してきたときには瘴気が漂っていたけれど、その内それは消えてしまった。
 竜舎とは言ったものの、森に入ってからもそのような建物は見えない。辺りを不思議そうに見渡しているヴィルヘルム様たちだったけれど、森に入り百歩ほど進むと突然現れた大きな建物に動きを止めた。これはすごい、と建物を仰ぎ見ながら呟く声が聞こえた。

「驚かれました? 様々な理由から、見えないように隠してあるのです」

 魔法で隠してあるのだけれど、多分高度な魔術を使える者しかその微かな痕跡は感じられないと思う。見上げるほど大きな建物に、ヴィルヘルム様たちは感嘆のため息を吐いていた。

「こちらへ」

 扉を開け、ヴィルヘルム様たちを中へと促す。指を鳴らすと、竜たちを刺激しないようにゆっくりと辺りが明るくなり、中の様子が見えるようになる。昼間でも薄暗い森の中にあわせて、明かりを少し落としていた。
 元の世界で日常的に使う電気は、この世界ではたいていが魔導具を使って再現されている。電気がなくても魔法があって良かったわ、と使う度に感謝している。ちなみに、ランタンの中に魔石を入れて、微かな魔力でも反応するように調整されているので、魔力量が少なくても使えるようになっている優れものだ。日用品が誰でも使えるようになっているというのは、とても大事なことだろう。

「すごい広さだな」
「ええ、彼らは体も大きいですし。窮屈なのは、人も竜も苦手ですわ」

 厩舎のように竜一頭につき個室が与えられている。翼をいっぱいに広げられるスペースはないけれど、悠々と方向転換や寝転んだりすることができる広さは保たれていた。傷が付かないように藁もふんだんに敷いてある。

「皆、元気かしら?」

 私が歩きながら声をかけると、竜たちは幼い雛鳥のように甘い声を上げた。

「これは、甘えているのか」
「ええ。可愛いでしょう?」
「信じられない」

 振り返ると、ヴィルヘルム様の言葉に大きく頷いている従者たちの姿が見えて微笑む。そうよね、魔獣が人に懐くのは難しいものね。でも、私は今までどんな魔獣も愛でてきたのだ。私にとっては動物と魔獣はなんら変わりが無い。

「リヨン、お隣良いかしら」

 手を伸ばしてリヨンと呼んだ竜の頭を撫でてやると、甘えた声で鳴く。承諾の返事だ。この子は、小さい頃から一緒に居る可愛い私の竜だ。

「こちらが私の竜です。この子は特に穏やかなので、隣から順に竜を入れてもらってかまいません。藁はあちらに積んであるのをお使いください。竜のお食事は、あとで係の者が用意しますわ。あ、他の者が与えたものを食べたくない子はいます?」
「いないと思うが……、念のためこちらからも人を出そう」
「そうしていただけると助かります。広いとは言っても暴れるには狭いですし、傷ついては困ります」
「そうだな。しかし、ありがたい。竜たちまで屋根のあるところに入れてもらえるとは思っていなかった」

 森で交代で見張るつもりだったと仰りながら、ヴィルヘルム様は自分の乗ってきた竜の首筋を静かに撫でていた。竜を憎むべき魔獣としてではなく、大切にしているのが分かる。やはり、この方は優しく愛情深い方なのだ。
 そんなヴィルヘルム様を眺めて自然と浮かんでしまった笑みをチラチラと従者たちに見られ、恥ずかしくなった私は思わず咳払いをし佇まいを正す。

「竜の用意ができましたら、皆様をお部屋にご案内致します。まずは戦闘の疲れをとってくださいませ。ただ、お疲れでしょうがヴィルヘルム様だけ、ほんの少し私にお時間を頂戴したく存じます」
「ああ、もちろん構わない」
「ありがとうございます」

 疲れているだろうに、気を悪くした様子も見せずにヴィルヘルム様は頷いてくれた。
 婚約式は明日だけれど、その前に私はヴィルヘルム様に話しておかなければならない。
 こんなにも誠実な方を、だまし討ちするようなことはしたくなかった。
 私の事情とこの国の事情。
 それらすべてをお話しして、一晩考えた上でそれでも良いと言ってもらえたら婚約式に臨みたい。この気持ちは変わらない。
 断られたら縁が無かったと諦め、あまり気は進まないけれど第三候補の神殿へと身を潜めよう。
 私は小さく拳を握りしめ、屋敷までの道のりを歩いた。

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