カレカノごっこ。

咲倉なこ

59



それからは学食以外でも、井上さんを見かけることが増えていった。

廊下ですれ違う時。

体育の時。

登下校の時。

気がつくと目で追っていた。


「やっぱ、あれ、彼氏だよな」

「なーに見てんの?」

「別にー」


放課後。

自分の教室から見える校門。

井上さんはいつも男子と一緒に下校していた。

率直に羨ましいと思った。

俺は遠くからただ井上さんの表情を見ることしかできない。

けどあの距離なら彼女が笑ったり怒ったり、いろんな表情を見ることができる。

たわいのない会話でふざけ合ったり笑い合ったりできる。

ただそれが羨ましかった。


2年生の春。


「まじで?」


俺は井上さんと同じクラスになれた。

今まで遠くからしか見ることができなかったけど、同じクラスならクラスメイトとしてなんでもない話をしたりできるかもしれない。

それだけで浮かれた。

同じクラスに井上さんがいる。

そう思うと、にやけてくる自分が少し気持ち悪かった。

けど、これから学校に来れば毎日井上さんに会える。


でも席が遠い。

結局仲のいいグループも違って、同じクラスにいるのに喋る機会がほとんどない。

委員会も一緒になれなかったし。

一緒なクラスになれたこと以外、ことごとくついていなかった。

自分から話しかけにいけばよかったんだけど。

井上さんにはそれができなかった。

別に人見知りするタイプでもない。

割と誰とでもすぐに仲良くなれるはずなのに。

井上さんに対しては、言葉が喉の奥でつっかえてしまう。


ある日の放課後。

スマホをなくした俺は、教室まで探しに行った。

そこで井上さんが、教室に残っているのが目に入った。

心臓が大きく飛び跳ねた。

教室に入るのを躊躇したけれど、スマホないと困るし。

これはある意味チャンスかもと思った。

2人きりの空間になれば、沈黙の気まずさから井上さん相手でも喋れるかもと思った。

俺が教室の扉を開くと、井上さんは振り向いた。

井上さんが俺を見ている。


「あれ、井上さんだ。まだいたんだ?」


できるだけ自然に。

ただのクラスメイトとして。

そう思いながら、言葉を選ぶ。


スマホは教室にあった。

それをポケットにしまうと、井上さんはまだこっちを見ていた。


「日誌まだかかりそう?手伝おうか?」



「カレカノごっこ。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く