カレカノごっこ。

咲倉なこ

52



放課後。

私は帰る支度を済ませて渉のクラスへ向かう。

渉は私を見つけると、カバンに片付けていた筆記用具をそのまま置いて、私に近づいてきた。


「新奈がこっち来るなんて珍しくない?」

「あ、うん…」

「もうちょっと待ってて。今カバン持ってくるから」

「ちょっと待って」


私が渉と呼び止めると、渉はゆっくりと振り向く。


「今日は用事ができたから一緒に帰れない…」

「え?あ、そうなんだ?」

「ごめん」


どうしよう。

渉の目を見て話すことができない。

でも自分で決めたことだから。

ちゃんと渉に言わなきゃ。


「お見舞い、行ってくるね」

「…あぁ、そーゆーことか」


そう言って渉は、頭をかいた。


「分かった。言いにくかったよな。言ってくれてありがとう」


渉がお礼なんて言わなくていいのに…。


「あのね、今度ちゃんと渉と話したい」


私がそう言うと渉は目を丸めた。

そして少し眉毛を下げて笑った。


「うん。待ってる」



それから私は学校を出て、普段あんまり乗らないバスに乗った。

伊吹くんの入院している病院へ向かうためだ。

伊吹くん、どんな反応するかな。

病気のこと、何にも教えてくれなかったから、きっと驚くだろうな。

怒っちゃうかもしれない。

最後のデートから1ヶ月以上もたってる。

もう私のことなんて…。

でもこのブレスレットを探してくれてたってことは、伊吹くんの中に私がまだいるって思ってもいいのかな。

なーんて。

私は伊吹くんの元気な顔が見れたらそれで十分だから…。


病院に着くと、館内地図を頼りに伊吹くんの部屋を探す。

部屋番号は水島くんから聞いてる。


「ここだ」


そしてついに、伊吹くんの名前が書かれている部屋を見つけてしまった。

本当に入院してるんだ。

水島くんの話を聞いた時、最初は信じられなかった。

それでも納得したつもりでいたのに、扉を開けるのを躊躇してしまう。

ここに入ったら伊吹くんがいる。

そう思うと少し怖くなった。

深呼吸をして、緊張をほぐして、手すりに手をかける。

目をぎゅっと瞑って、扉を開こうとした瞬間。


「新奈…?」


点滴を片手に、こちらを見てびっくりしている伊吹くんがいた。


「え…?なんでここに…」

「あ…、えっと。これ!水島くんから預かってて」


私はそう言ってポケットからブレスレットを出した。

そして、ゆっくり伊吹くんに近づく。

久しぶりに伊吹くんと言葉を交わす。

声が震えそうだった。


「これ、めっちゃ探したって。俺に感謝しろって言ってたよ、水島くん」


私は何とか笑顔を保ちながら、ブレスレットを伊吹くんに渡した。


「なんで…」


伊吹くんはまだ、私がここにいることに混乱しているみたいだった。


「あのね、伊吹く…」

「帰って」

「…え?」

「もう来なくていいから」

「でも…」

「帰れって…!」


伊吹くんはそう言って、自分の病室に入って行った。

病室の扉がゆっくり閉まって行く。


「あ…」


私は伊吹くんの後を追うことが、できなかった。



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