カレカノごっこ。

咲倉なこ

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「そろそろ行こっか」


伊吹くんはそう言いながら立ち上がった。


「うん…」


ここで離れたらもう本当に最後なんだ。

あんなに自分から最後最後って言っておいて、こんなにも名残惜しくなるなんて。

なかなか立ち上がらない私を、伊吹くんは多分、不思議そうに見ている。

でも伊吹くんは何も言わなくて。

私も何も言えない。

時間だけが刻一刻とすぎていく。


「夜の海も神秘的でいいよね」


って何言っちゃってるんだろう。

時間稼ぎにしてはお粗末すぎる。


「そうだな」

「私、ちゃんと彼女っぽかった?」

「え?あ、うん。俺には勿体無いくらい、いい彼女だった」

「あはは、それは褒めすぎ」

「いい彼女だったよ」


じゃあ、このまま本当の彼女にしてよ…。

過去形なんてやだよ。


「伊吹くんも素敵な彼氏だった」

「えー、本当?ずっと文句言ってたのに」

「それは、ほら。照れ隠しっていうか…」

「あれは照れ隠しだったんだ」

「やっぱ違う!あれが本性!」

「あはは、どっちなんだよ。やっぱ新奈って面白い」


最後に伊吹くんが笑っている顔を見ることができてよかった。

このまま一緒にいたら、余計なこと口走ってしまいそうだから。

だからこれで本当に最後にする。


「皆藤くん、今までありがとう」

「え…。今の、わざと言ってる?」


そうだよ。


「わざとだよ」


名前で呼ばかなかったらキスするって言ったのは伊吹くんだから。

後悔するなら自分のこと責めてよね。


私は立ち上がって、伊吹くんの腕を引っぱった。

そしてバランスを崩した伊吹くんに、そっとキスをした。


ごめんね。

素直じゃなくって。

でも好きになっちゃいけないから。

これで本当に最後にするから。

泣きそうになるのをぐっとこらえて、最大限の笑顔で笑った。


「井上さんのバカ」

「え…?」


最初は何が起こったのか分からなかった。

やっと状況を理解した途端、頭が真っ白になった。





伊吹くんのキスは、すごく優しくてすごく甘かった。



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