カレカノごっこ。
45
「そろそろ行こっか」
伊吹くんはそう言いながら立ち上がった。
「うん…」
ここで離れたらもう本当に最後なんだ。
あんなに自分から最後最後って言っておいて、こんなにも名残惜しくなるなんて。
なかなか立ち上がらない私を、伊吹くんは多分、不思議そうに見ている。
でも伊吹くんは何も言わなくて。
私も何も言えない。
時間だけが刻一刻とすぎていく。
「夜の海も神秘的でいいよね」
って何言っちゃってるんだろう。
時間稼ぎにしてはお粗末すぎる。
「そうだな」
「私、ちゃんと彼女っぽかった?」
「え?あ、うん。俺には勿体無いくらい、いい彼女だった」
「あはは、それは褒めすぎ」
「いい彼女だったよ」
じゃあ、このまま本当の彼女にしてよ…。
過去形なんてやだよ。
「伊吹くんも素敵な彼氏だった」
「えー、本当?ずっと文句言ってたのに」
「それは、ほら。照れ隠しっていうか…」
「あれは照れ隠しだったんだ」
「やっぱ違う!あれが本性!」
「あはは、どっちなんだよ。やっぱ新奈って面白い」
最後に伊吹くんが笑っている顔を見ることができてよかった。
このまま一緒にいたら、余計なこと口走ってしまいそうだから。
だからこれで本当に最後にする。
「皆藤くん、今までありがとう」
「え…。今の、わざと言ってる?」
そうだよ。
「わざとだよ」
名前で呼ばかなかったらキスするって言ったのは伊吹くんだから。
後悔するなら自分のこと責めてよね。
私は立ち上がって、伊吹くんの腕を引っぱった。
そしてバランスを崩した伊吹くんに、そっとキスをした。
ごめんね。
素直じゃなくって。
でも好きになっちゃいけないから。
これで本当に最後にするから。
泣きそうになるのをぐっとこらえて、最大限の笑顔で笑った。
「井上さんのバカ」
「え…?」
最初は何が起こったのか分からなかった。
やっと状況を理解した途端、頭が真っ白になった。
伊吹くんのキスは、すごく優しくてすごく甘かった。
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