ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第五十二話

 救護院での慈善活動を終えたカロリナは屋敷に戻っていた。
 途中から雨に降られて衣服はずぶ濡れである。出迎えたメイドたちに向かって、まずは湯あみをすると告げる。

「……ユリウス様は?」
「旦那様は朝からゴミ拾いに出ております」
「そう」

 屋敷にいないと分かり心が軽くなる。
 ユリウスとは政略結婚であったが、夫婦仲は良好だった。高慢で冷酷だと言われる夫だが、家庭内では普通だったから、カロリナはそれでよかったのである。
 しかし自分の友を害されたことによって事態は変わった。飲食店で無礼を働いた晩、もう二人に関わらないでほしいと頼んだのに、ユリウスは黙ってベアトリクスの屋敷を急襲したのである。

 夫には裏の顔がある。自分が思っているよりずっと残酷な人間なのかもしれない――。そう思うと、どうしても以前のような関係ではいられなくなった。いつか自分をも裏切り、ひどい目に遭わせるかもしれないという考えが頭にちらついた。

「ユリウス様が帰る前に湯あみと夕食を済ませて寝てしまいましょう」

 騎士団長である夫は今、王命により数少ない騎士たちを率いて国内のゴミを片付けている。毎晩遅いので、きっと今日もそうだろう。
 ベアトリクスのことをゴミ屋敷令嬢と馬鹿にした人間が、今やゴミ拾い団長と国民から揶揄されている。カロリナは心の底から可笑しかった。

 ◇◇◇

「陛下、ご報告です。ルシファー殿下はソルシエールにいらっしゃいましたが、帰国なさるおつもりはないそうです」
「何だと!? それでもグラディウスの王子か。力ずくで連れ戻せ!」

 朝議の場にガイウスの怒号が響き渡る。

「それが、その」
「何だ。申してみよ!」

 言葉を詰まらせる宰相に、噛みつかんばかりの勢いでガイウスが迫る。
 目を泳がせながら彼は答えた。

「大魔法使いのクロエ様に阻まれまして、我々では、その、太刀打ちが……」
「……クロエ殿か……」

 脳筋王ガイウスであるが、それゆえ大魔法使いの恐ろしさは知っていた。世界に数人しかいないその称号を持つものは、その気になれば国一つ滅ぼすことなど容易いのである。味方になる必要はないが絶対に敵に回してはいけない。
 クロエはルシファーの師だ。彼女の庇護下にある以上、ルシファーに手出しはできない。

「くそう、役立たずの馬鹿息子が!! なぜ我が国の危機に駆け付けない!!」

 ぐっと岩のような拳に力を込めるガイウス。ビシッと音を立てて拳の下にある机に亀裂が入る。

「誰か解決策はないのか!? 王子よ、そなたはどうだ!?」

 話を振られた第一王子と第二王子だが、脂汗を浮かべるばかりでその唇は固く引き結ばれている。

「お前たちっ……!! では大臣たちでもよい!! 策を述べよ!!」

 王の咆哮むなしく会議室は静まり返る。
 怒りに震えるガイウスは茹で上がったタコのようであった。女子供が見たら恐ろしさで気を失いそうなほどの迫力である。

 空気を読まない伝令たちが次々部屋に飛び込んできて叫びをあげる。

「陛下。昨日の死者は一昨日より五百人増加しました!」
「過酷な労働環境により、聖護師の退職が相次いでいます!」
「民の中には、王の退位を求める声すら上がっております!」
「このままでは数か月以内に我が国は滅亡します。陛下、ご指示を!」

「ええい! うるさいうるさいうるさい!! 儂には多くの優秀な息子と臣下がおると思っておったが、揃いも揃って役立たずだ!!」

 目の前に跪く王子らと床に頭をこすりつける十数名の重臣たちに怒鳴りつける。馬鹿でかい怒号にびりびりと鼓膜と部屋全体が震えた。

 戦ばかりしていて近隣諸国と友好を築いてこなかったことが災いし、助けの手を差し伸べてくれる国もいない。

「……もはやこれまでなのか…………?」

 ――ガイウスは、最悪の事態を覚悟していた。

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