ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第五十話
残りの薬草をベアトリクスは一か月かけて採集した。屋敷に戻るとクロエは本を読んでいるところだった。
彼女は特段表情を変えることなくベアトリクスを一瞥し、再び手元の本に目を落とす。
「……生きて帰ったか」
「クロエ様。ただいま戻りました。ようやく全ての薬草が揃いました」
背負っているザックをどさりと床に置き、口を開いて中に入っている薬草を示す。
クロエはそちらには目を向けず、じっとベアトリクスを眺める。
「ずいぶんと日焼けしたの」
「あっ、はい! テヌイスは夏でしたので、日差しが強くて……。お恥ずかしい限りです」
冒険者服の袖から見える素肌はこんがりと小麦色に焼けている。
「それに、ますます筋肉もついたようじゃ」
「バナムの群生地は崖だらけでしたから、勝手に鍛えられました」
土埃でくたびれたブーツから覗くふくらはぎは、以前にも増してヒラメ筋の存在感がある。
しっかり鍛え上げられた健康な肉体であるが、凹凸はしっかりついていて女性らしさは損なわれていない。二十二歳になったベアトリクスの顔つきからは幼さが消え、凛々しい一人の女性の顔つきになっていた。
「うむ。よい面構えじゃ。こちらへ来るとよい」
「あ、ありがとうございます……?」
珍しくクロエに褒められて戸惑いを隠せないベアトリクス。勧められるがままにザックを持って彼女の正面に座る。
「さて」
整った顔の前で両手を組むクロエ。深紅の爪は美しくもあるが、毒々しくも見えた。
――薬草は間違いなく集めてきた。何を言われるのかとベアトリクスはごくりと唾をのんだ。
「頼んだ薬草を故郷に持っていくとよいぞ。――疫病に効くはずじゃ」
「はいっ!?」
聞こえていたが、言葉の意味が理解できなかった。ベアトリクスが思わず聞き返すと、クロエはにやりと目の端を上げた。
「二度は言わぬぞえ。おぬしの国で流行っている疫病にその薬草らが効くと言っている。持っていくとよい」
からかっているのかしらと思いながらも、ベアトリクスはクロエが意味のない嘘をつくような人物であるとは思えなかった。
――もしかして、このお方は最初から分かっていたのかしら? 思わずそう疑った。だって、この薬草を集めよと命じられた時にグラディウスは危機に陥っていなかったのだから。
大魔法使いとは、自分が感じているよりも遥かに人智を超えた存在なのかもしれない。もしかしたら、この世界を掌で転がすことなんて呼吸をするのと同じくらい簡単なのかも――。
ぶるりと背が震える。
ベアトリクスはあれこれ脳内で深読みすることを止めた。疑問を口に出してもクロエは答えないと分かっているし、知らないほうがいいこともあると思ったからだ。
「ありがとうございます、クロエ様。頂いた治療薬を持ってグラディウスに戻りたいと思います」
「うむ。楽しませてもらったぞえ、ベアトリクスよ」
「大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません。……では、失礼いたします」
(ルシファーはサラマンダーの巣窟からまだ帰っていないみたいね。一目会いたかったけれど、仕方ないわ)
寂しさを感じたものの、ミカエルの便りによればグラディウスの状況は刻一刻と悪くなっているようだ。少しでも早く帰国してゴミを拾い治療薬を配布しなければならない。
部屋を出たベアトリクスは頬を両手でパンと打ち気合を入れる。そして、決意に満ちた表情で一歩を踏み出したのだった。
彼女は特段表情を変えることなくベアトリクスを一瞥し、再び手元の本に目を落とす。
「……生きて帰ったか」
「クロエ様。ただいま戻りました。ようやく全ての薬草が揃いました」
背負っているザックをどさりと床に置き、口を開いて中に入っている薬草を示す。
クロエはそちらには目を向けず、じっとベアトリクスを眺める。
「ずいぶんと日焼けしたの」
「あっ、はい! テヌイスは夏でしたので、日差しが強くて……。お恥ずかしい限りです」
冒険者服の袖から見える素肌はこんがりと小麦色に焼けている。
「それに、ますます筋肉もついたようじゃ」
「バナムの群生地は崖だらけでしたから、勝手に鍛えられました」
土埃でくたびれたブーツから覗くふくらはぎは、以前にも増してヒラメ筋の存在感がある。
しっかり鍛え上げられた健康な肉体であるが、凹凸はしっかりついていて女性らしさは損なわれていない。二十二歳になったベアトリクスの顔つきからは幼さが消え、凛々しい一人の女性の顔つきになっていた。
「うむ。よい面構えじゃ。こちらへ来るとよい」
「あ、ありがとうございます……?」
珍しくクロエに褒められて戸惑いを隠せないベアトリクス。勧められるがままにザックを持って彼女の正面に座る。
「さて」
整った顔の前で両手を組むクロエ。深紅の爪は美しくもあるが、毒々しくも見えた。
――薬草は間違いなく集めてきた。何を言われるのかとベアトリクスはごくりと唾をのんだ。
「頼んだ薬草を故郷に持っていくとよいぞ。――疫病に効くはずじゃ」
「はいっ!?」
聞こえていたが、言葉の意味が理解できなかった。ベアトリクスが思わず聞き返すと、クロエはにやりと目の端を上げた。
「二度は言わぬぞえ。おぬしの国で流行っている疫病にその薬草らが効くと言っている。持っていくとよい」
からかっているのかしらと思いながらも、ベアトリクスはクロエが意味のない嘘をつくような人物であるとは思えなかった。
――もしかして、このお方は最初から分かっていたのかしら? 思わずそう疑った。だって、この薬草を集めよと命じられた時にグラディウスは危機に陥っていなかったのだから。
大魔法使いとは、自分が感じているよりも遥かに人智を超えた存在なのかもしれない。もしかしたら、この世界を掌で転がすことなんて呼吸をするのと同じくらい簡単なのかも――。
ぶるりと背が震える。
ベアトリクスはあれこれ脳内で深読みすることを止めた。疑問を口に出してもクロエは答えないと分かっているし、知らないほうがいいこともあると思ったからだ。
「ありがとうございます、クロエ様。頂いた治療薬を持ってグラディウスに戻りたいと思います」
「うむ。楽しませてもらったぞえ、ベアトリクスよ」
「大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません。……では、失礼いたします」
(ルシファーはサラマンダーの巣窟からまだ帰っていないみたいね。一目会いたかったけれど、仕方ないわ)
寂しさを感じたものの、ミカエルの便りによればグラディウスの状況は刻一刻と悪くなっているようだ。少しでも早く帰国してゴミを拾い治療薬を配布しなければならない。
部屋を出たベアトリクスは頬を両手でパンと打ち気合を入れる。そして、決意に満ちた表情で一歩を踏み出したのだった。
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