ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第四十九話

 クロエがベアトリクスに依頼した薬草は、すぐ近くの森で採れるものもあればそうでないものもあった。そうでないものは、実はとんでもなく入手難度が高いものだったのである。
『クロエ様、申し訳ございません。どうしても見つかりません』とベアトリクスが眉を下げて申し出てきたとき、クロエは真実を告げた。
『ユグドラシルは世界の地平線に、アスフォデルスは冥界の深淵に。モーリュは光の国にある。おぬしは採って来られるかえ?』
『……!!』
 いずれも世界の僻地にある過酷な場所で、当然ながら行ったことはない。しかし自分とルシファーを世話してくれているクロエの要望とあらばやるしかないだろう。なによりルシファーだってきつい修行に耐えているのだから、という思いが強かった。
 家事と薬草採りしかしていない自分がどこか申し訳なかったのである。

 そういうわけで、ベアトリクスは一年ほど旅に出ていたのである。クロエは平気な顔をして依頼したが、これは本来S級冒険者が請け負うレベルのクエストであり、それを達成して生還した彼女にはソルシエールのギルドからS級の称号が授与された。
 女性でS級の称号を持つ者は世界でも片手で数えるくらいしか居ないという。彼女は意図せずして、かつて求めていた確固たる地位を得たのである。

「ここに来た日の泣きそうな姿からおぬしは変わった。もう大丈夫じゃろう」
「クロエ様……」

 感涙を浮かべながらもベアトリクスは正しく理解していた。クロエが自分にしてくれたことは善意ではなくただの大魔法使いの気まぐれなのだと。あるいは大切な弟子の恋人だから良くしてもらえたに過ぎないと。
 けれども理由などどうだってよかった。クロエによって自分は悲しい記憶を断ち切れたし、生きがいを見つけた。そしてS級冒険者というものにまでなることができたのだから。

「ご厚意に心から感謝いたします。残り一つの薬草も速やかに入手してまいります」

 ベアトリクスは膝をついて深々と礼をした。

「ベアトリクス。すまないが、俺は……」

 絞り出すような声を出したのはルシファーだった。
 彼は申し訳ないといった表情でベアトリクスの手を取った。自分は彼女に着いて行くことができないからである。

「わかっているわ、ルシファー。あなたには修行があるもの」
「大丈夫か、一人で」
「もちろんよ。あなたが大魔法使いになって迎えに来てくれるのを待っているわね」
「ありがとう」

 ひしと抱き合うふたりをクロエは扇子の影から優雅に眺める。
 そういえば、己が大魔法使いになる前に同じようなことを言ってくれた男がいたような、とふと思い出した。
 だがしかし、もはや彼女にとってそれはどうでもよいことであった。あれから何百年の時が流れ、男はとうの昔に死んでいる。自分の中に残っていた寂寞の想いもこうして忘れるほどに薄れているのだから。記憶を辿ってまで思い出したいとも思わなかった。

「大魔法使いとは面白くもあるが、退屈で難儀でもある。……ルシファーよ、おぬしの未来を決めるのはおぬし自身じゃ」

 偉大なる大魔法使いは、誰に言うでもなく呟いたのだった。

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