ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第四十八話

「……国がゴミ箱になるとはな。これは愉快」

 たっぷりと目を細めるクロエは新しい玩具を手に入れたかのようである。かつて滞在していた国であるのに情は無いらしい。
 ぱさりと躊躇いなく投げ捨てられた手紙をルシファーが拾い、目を通す。クロエの言った意味を理解したようで眉間に皺を寄せた。

「自業自得だ。せいぜい苦しめばいい」
「おぬしの故郷であろう。助けに行かなくていいのかえ?」
「師匠。親切ぶってますけど、面白がっているだけでしょう。行きませんよ。俺は追放された身だし、今更グラディウスがどうなろうと知ったこっちゃない」
「ほう?」

 机に手紙を放り、どかっと音を立てて椅子に腰かけるルシファー。
 そんな弟子の様子とは対照的に、師匠は上機嫌である。

「おぬしの恋人は、そうは思っていないように見えるがのう」

 妖艶な流し目でベアトリクスを見る。視線が絡んだベアトリクスは、はっと肩を揺らした。

「そうなのか? ベアトリクス」

 ルシファーが尋ねる。
 やや間があった後、長いまつ毛を伏せてベアトリクスは返事をした。

「……ええ」
「どうして? おまえもあの国には散々な目に遭わされているだろう。それにユリウスだってどう動くか分からない。危険すぎる」

 椅子を揺らして立ち上がるルシファー。
 黙って前を見つめるベアトリクスに、一層笑みを深めるクロエ。静かな夜のとばりに梟の鳴き声が響き渡る。

 朝からよく考えたのですが、とベアトリクスは切り出した。

「グラディウスは近隣諸国と比べると貧しい国です。王は遠征中とのことですし、対応は後手に回っているでしょう。その間にもゴミは溜まって疫病は広まり……結局、何の罪もない民が苦しんでおります」
「そんなの自業自得だ! 今まで戦争ばかりしていたツケが回ってきたんだ」
「ルシファー。ほんとうにそう思っているの?」
「…………!」

 ベアトリクスの鋭い声に、ルシファーはわずかに目を見開いた。
 コツ、コツと靴音を立てて、彼女は二歩彼に近づいた。そして真っすぐに彼を見つめ、形の良い唇を動かす。

「あなたにも迷いはあるはずよ。だって、あなたは優しくて聡明な方だということをわたくしは知っていますもの」

 すぐそこに迫った瞳はまるで大粒の上等なサファイアのよう。思わず引き込まれそうになる感覚を覚える。

「わたくしとて危険は承知ですわ。ただ、今は国家の危機。ユリウス様もわたくしに構う暇はないと思うの。手を出されるとしたら都合よく利用されたあとではないかしら」

 ふっと軽く微笑むベアトリクス。あの日のことを思い出しているのか、サファイアにほんの少しの陰りが混じる。

 ベアトリクスは覚悟を決めているのだな。――ルシファーはそう感じた。
 出会ってから常々感じていたことではあるが、彼女はいつでも真っすぐで行動力がある。王城で嫌というほど目の当たりにしてきた人の裏表と言うものがまるで無く、己の心のみに従って生きる姿は気高ささえ感じるほどだ。

 彼女のまっすぐな姿に心打たれ、彼の心は動かされつつあった。
 返事をしようと口を開くも、ところがベアトリクスの話は終わっていなかった。彼女はぐっと拳を握りしめ、うっとりとした表情で熱く語り出す。

「それに、わたくしが拾わずして誰が拾うのでしょう!? 本音を言ってしまえば、国も民も大切ですが、それよりゴミが拾いたい。わたくしはゴミに飢えているのです! 薬草もいいけど、やっぱりゴミが至高ですわっ!」
「…………は?」

 急に頬を上気させて声をあげたベアトリクスに、ルシファーは動きをぴたりと止めた。
 後方では黙って様子を眺めていたクロエがたまらず吹き出している。
 興奮したようにベアトリクスは続ける。

「薬草って、正直に申し上げてどれも同じに見えるの。形も重さも似たり寄ったりで、面白味が感じられないわ。それに比べてゴミは! 多種多様な形状に加えて、持ち主の人柄を感じさせる使い込み具合や色褪せ! 様々なエピソードを想像させて素晴らしいですわよね!」
「お、おう」
「道端に靴が片方だけ落ちていたりとか、袋に入ったままのパンが落ちていたりとか! なぜこんなところにこんなゴミがあるのだろうという驚きもありますし、奇想天外な出来事に事欠きません!」
「そ、そうなのか」

 どこでスイッチが入ってしまったのだろう? こんなに熱くゴミについて語るベアトリクスは初めてである。圧倒されたルシファーは自分の予想が外れていたことを思い知る。彼女は真面目で真摯な性格であることに違いはないが、それは全てゴミを中心にしたものであったのだ――。
 瞳を輝かせてまくし立てる彼女をどうやったら止めることができるだろう。おろおろするルシファーの耳に、クロエのゆったりとした声がするりと入り込む。

「どうやらおぬしに薬草採集は退屈だったようだのう。可哀想に、ゴミが拾えなくてストレスを感じておるのだろう」
 ローブの衣擦れの音ともに、クロエはゆっくりと立ち上がる。さらりと髪が布の上を流れた。

「く、クロエ様! 申し訳ありません、そういう意味では」
「よい。分かっておる」

 我に返って慌てるベアトリクスを、右手を少し上げて制するクロエ。

「まあ、よいのではないか? 人間とは小さな生き物。己の欲望に従って好きに生きるということは、なかなか出来ないらしいではないか。決意したのなら送り出してやろう」
「クロエ様!」

 クロエの白くて長い指がベアトリクスの頬に触れる。それは思わず背筋が震えるほど冷たかった。
 クロエは、慈しむように語りかける。

「ベアトリクスよ。頼んでいた薬草が揃ったら国に戻るといいぞえ」
「クロエ様! よろしいのですか!?」
「よいと言ったらよい。それに、そなたは今やただのゴミ屋敷令嬢ではないじゃろう? ここに来た日から比べると、そなたは十分に強くなった」

 そう言ってクロエは彼女の胸元にきらめくバッジに目を遣る。
 黄金のプレートの中央に大粒のダイヤモンドがはめ込まれ、『S』と刻印がなされたバッジ。――それは、S級冒険者を示すものであった。

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