ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第四十六話
翌朝。起床して居間兼台所に向かうと、クロエが優雅にカップを傾けていた。部屋には珈琲の香ばしい香りが漂っている。
「おはようございます。クロエ様。とてもいいお部屋と寝具を貸していただきありがとうございました」
ベアトリクスが丁寧に腰を折るも、クロエは無表情で気のない返事をする。彼女にとって興味関心の大部分は弟子にあり、ベアトリクスのことは『面白い屋敷に住む娘』という認識に過ぎない。名前すら憶えていないのである。
「よい。それで娘、おぬしにも仕事を与える。この羊皮紙に書かれた植物を集めてほしいのじゃ。数は多い分には困らない」
渡された羊皮紙の束を見ると、ずらりと植物らしき名前が並び、簡易的な絵も描かれていた。
「かしこまりました。これは薬草、でしょうか?」
知っているものもあれば、初めて見る名前もある。ざっと五十はありそうだ。
「うむ。おぬしは何でも拾ってきてしまう呪いをかけられているのであろう? であれば収集仕事が適任じゃろう。励め」
「は、はいっ!」
「では、我は寝る。食事は適当にやりくりせよ。森の果実を採っても構わぬ」
そう言うと、クロエは欠伸をしたのち気だるそうに席を立った。
そういえば旅の途中、魔女のなかには昼に寝て夜に活動する者がいるとルシファーが言っていたことを思い出す。
そして姿の見えない彼はまだ鍛錬とやらから帰っていないのだろう。
「ありがとうございます! おやすみなさいませ」
ほとんど目をつむりながら去っていくクロエ。ベアトリクスは壁に頭をぶつけやしないだろうかとヒヤヒヤしたが、彼女はするすると廊下を進み階段から二階へ姿を消した。
◇
ベアトリクスとルシファー、そしてクロエの新しい日常が始まった。
ベアトリクスは毎朝五時に起床する。ゴミ拾いを日課としていた時より遅いのは、薄暗い森に入ることは危ないためである。ルシファーとクロエのために食事を作り置きし、自分の弁当も作る。そして頼まれた薬草を探しに森に入るのだ。
そのうち依頼された薬草はすぐに見つかるものと全く見当たらないものの二つに分かれることに気が付いた。どうやら大量に使うありふれた薬草と、めったに見かけない希少な薬草があるようだった。
あちこち探し回って夕暮れ前には屋敷に戻り、起きてきたクロエと一言二言会話をする。そして再び皆の食事を作り置きし、湯に入って寝る。ルシファーに会いたいと思うけれど、まずは頼まれた薬草をすべて見つけることが自分のやるべきことだと思っていた。
一方のルシファーはというと、毎日がサバイバル状態になっていた。
SSランク級の魔物が百匹は棲んでいる洞窟に放り込まれたり、火山のマグマの中に突き落とされたり、猛毒を持つ蠍にひたすら刺されるのを耐える訓練などをしていた。
今の彼には、クロエによって魔力を制限する腕輪が付けられている。普段の一千分の一――つまりベアトリクスと同程度ほどの魔力でこれらの困難を乗り越えねばならないのである。
肉体も精神もボロボロになって館に生還する彼にとって、唯一の癒しはベアトリクスが作り置きしてくれている食事だった。生活リズムがまったく違うため顔を合わせることはほとんどないが、美味しい食事と添えられているメッセージカードを支えにまた地獄へと向かうのである。
最後にクロエ。彼女がルシファーの修行を再開させたのには理由があった。白夜舞踏会の日、ルシファーと二人になったクロエは彼にこう言った。
『完全に呪いを解いてやってもよいが、交換条件がある』
『なんだ?』
『修行を再開するのじゃ。さすれば我が呪いを解いてやってもよいし、大魔法使いとなれば自分で解くこともできるであろう』
『! いいのか。俺はてっきり師匠には破門されたのかと……』
『生意気な弟子の高い鼻をくじいた覚えはあるが、破門した覚えはない』
『で、では』
『それに。我は実のところ、他の世界に旅行に行きたくての。しかしながら大魔法使いも難儀なもので、大陸に一人はおらぬといけないことになっておる。おぬしが大魔法使いになってこの大陸を担当すれば、我は自由に旅ができるじゃろう』
『……それが本心だな? 聞こえのいい理由を並べて呆れるよ』
そんなわけで、クロエは旅行に行きたいがために後進育成に本腰を入れているのである。
ルシファーに過酷な課題を与え、苦痛に歪む顔を見て悦に入る。食事や掃除はベアトリクスが完ぺきにこなすので自分の負担はゼロに等しい。二人とも根性があるので日々の暮らしは圧倒的に楽になった。夜な夜な旅行先のパンフレットを眺めたり、疎遠になっていた友人の大魔法使いと会食したりと、悠々自適に過ごしているのだった。
「おはようございます。クロエ様。とてもいいお部屋と寝具を貸していただきありがとうございました」
ベアトリクスが丁寧に腰を折るも、クロエは無表情で気のない返事をする。彼女にとって興味関心の大部分は弟子にあり、ベアトリクスのことは『面白い屋敷に住む娘』という認識に過ぎない。名前すら憶えていないのである。
「よい。それで娘、おぬしにも仕事を与える。この羊皮紙に書かれた植物を集めてほしいのじゃ。数は多い分には困らない」
渡された羊皮紙の束を見ると、ずらりと植物らしき名前が並び、簡易的な絵も描かれていた。
「かしこまりました。これは薬草、でしょうか?」
知っているものもあれば、初めて見る名前もある。ざっと五十はありそうだ。
「うむ。おぬしは何でも拾ってきてしまう呪いをかけられているのであろう? であれば収集仕事が適任じゃろう。励め」
「は、はいっ!」
「では、我は寝る。食事は適当にやりくりせよ。森の果実を採っても構わぬ」
そう言うと、クロエは欠伸をしたのち気だるそうに席を立った。
そういえば旅の途中、魔女のなかには昼に寝て夜に活動する者がいるとルシファーが言っていたことを思い出す。
そして姿の見えない彼はまだ鍛錬とやらから帰っていないのだろう。
「ありがとうございます! おやすみなさいませ」
ほとんど目をつむりながら去っていくクロエ。ベアトリクスは壁に頭をぶつけやしないだろうかとヒヤヒヤしたが、彼女はするすると廊下を進み階段から二階へ姿を消した。
◇
ベアトリクスとルシファー、そしてクロエの新しい日常が始まった。
ベアトリクスは毎朝五時に起床する。ゴミ拾いを日課としていた時より遅いのは、薄暗い森に入ることは危ないためである。ルシファーとクロエのために食事を作り置きし、自分の弁当も作る。そして頼まれた薬草を探しに森に入るのだ。
そのうち依頼された薬草はすぐに見つかるものと全く見当たらないものの二つに分かれることに気が付いた。どうやら大量に使うありふれた薬草と、めったに見かけない希少な薬草があるようだった。
あちこち探し回って夕暮れ前には屋敷に戻り、起きてきたクロエと一言二言会話をする。そして再び皆の食事を作り置きし、湯に入って寝る。ルシファーに会いたいと思うけれど、まずは頼まれた薬草をすべて見つけることが自分のやるべきことだと思っていた。
一方のルシファーはというと、毎日がサバイバル状態になっていた。
SSランク級の魔物が百匹は棲んでいる洞窟に放り込まれたり、火山のマグマの中に突き落とされたり、猛毒を持つ蠍にひたすら刺されるのを耐える訓練などをしていた。
今の彼には、クロエによって魔力を制限する腕輪が付けられている。普段の一千分の一――つまりベアトリクスと同程度ほどの魔力でこれらの困難を乗り越えねばならないのである。
肉体も精神もボロボロになって館に生還する彼にとって、唯一の癒しはベアトリクスが作り置きしてくれている食事だった。生活リズムがまったく違うため顔を合わせることはほとんどないが、美味しい食事と添えられているメッセージカードを支えにまた地獄へと向かうのである。
最後にクロエ。彼女がルシファーの修行を再開させたのには理由があった。白夜舞踏会の日、ルシファーと二人になったクロエは彼にこう言った。
『完全に呪いを解いてやってもよいが、交換条件がある』
『なんだ?』
『修行を再開するのじゃ。さすれば我が呪いを解いてやってもよいし、大魔法使いとなれば自分で解くこともできるであろう』
『! いいのか。俺はてっきり師匠には破門されたのかと……』
『生意気な弟子の高い鼻をくじいた覚えはあるが、破門した覚えはない』
『で、では』
『それに。我は実のところ、他の世界に旅行に行きたくての。しかしながら大魔法使いも難儀なもので、大陸に一人はおらぬといけないことになっておる。おぬしが大魔法使いになってこの大陸を担当すれば、我は自由に旅ができるじゃろう』
『……それが本心だな? 聞こえのいい理由を並べて呆れるよ』
そんなわけで、クロエは旅行に行きたいがために後進育成に本腰を入れているのである。
ルシファーに過酷な課題を与え、苦痛に歪む顔を見て悦に入る。食事や掃除はベアトリクスが完ぺきにこなすので自分の負担はゼロに等しい。二人とも根性があるので日々の暮らしは圧倒的に楽になった。夜な夜な旅行先のパンフレットを眺めたり、疎遠になっていた友人の大魔法使いと会食したりと、悠々自適に過ごしているのだった。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
127
-
-
140
-
-
2
-
-
149
-
-
4503
-
-
4
-
-
63
-
-
35
-
-
159
コメント