ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第四十三話
クロエを国境まで見送り帰ってきたルシファーの目に飛び込んできたのは、焼け地になった屋敷跡とその前に蹲るベアトリクスの姿だった。
一帯は冬だというのに真夏のような熱感。焦げた匂いと白い煙が残っており、まさに異様な空間だった。
「ベアトリクス!!!!」
駆け寄って肩を抱く。しかし彼女は俯いたままで、ぽたぽたとこぼれ落ちる涙だけが乾いた地面に染みを作った。
もう彼女の夢が詰まった屋敷はない。残されたのは灰と化した瓦礫のみである。
「くそっ。兄上の仕業か!? なんて残酷なことを。すまない、俺が屋敷を離れたばかりに……っ」
血が滲むほどに拳を握り締め、地面に叩きつける。
「許さない。今からやつを叩き潰してくる」
怒気と殺気に満ち溢れた表情のルシファーは素早く立ちあがって踵を返す。しかし彼のローブの裾を掴む者があった。
「ルシファー。いいの。もう、いいの……」
「でも! これはおかしいだろう! 人の屋敷を勝手に襲って焼き払うなんて!」
「両親の許可は得ている、とおっしゃっていたわ」
いつも快活なベアトリクスらしくない、小さく暗い声。力なくルシファーのローブを掴む様子に彼は胸が締め付けられた。真っ赤に泣き腫らした目元が痛々しい。
「どうせ圧力でもかけたんだろう! あいつはそういう卑劣なことを平気でする男だ」
「……だとしても。今のわたくしたちの話を信じる人は、どれだけいるかしら」
「ベアトリクス……」
彼女は大きな悲しみの中に、なにかを悟ったような顔をしていた。
「ルシファーの言っていたことが、今、心から理解できました。わたくしたちには地位や実績がございません。結局そのような弱者は権力や身分といった強大な力に抗うことはできないのです」
だからわたくしは屋敷を守ることができなかった、とベアトリクスは再び涙を流す。
「ユリウス様に抗議しても、自分の立場が悪くなるだけで何も覆ることはない。それはルシファー、あなたも分かっているはず」
「……っ」
冷静なベアトリクスの言葉にルシファーは何も返すことができない。なぜなら彼女の言っていることはまさしく事実であったから。
(王城では、俺は追放された元王子でしかない。ユリウスを半殺しにすることはできても、ベアトリクスが真に望むのはそういうことではないだろう……)
やはり自分は無力だ。不甲斐なさとやり場のない怒りとで、噛みしめた唇には血が滲んだ。
「では……屋敷を再建しよう。一からにはなるが、やり直しはきくはずだ」
そう提案するも、ベアトリクスは首を横に振った。
「いいえ、もういいわ」
「えっ……」
力なく立ち上がったベアトリクス。その青い瞳にいつもの力はなく、なにかがぽっきりと折れてしまったような様子だった。
「少し、休もうと思うの。ルシファー、修行に行きましょう。わたくしのことも連れて行ってくれるという話はまだ有効かしら?」
「そ、それはもちろんだが……」
それでいいのか、と言いたくなる気持ちを彼はぐっと堪えた。
今の彼女には気持ちを立て直す時間が必要なのだろう。急いで決断を迫ることはない。自分と共に来てもらって、ゆっくりと心身を休めてもらうのもいいだろうと考えた。
「……分かった。では、街で旅に必要なものを揃えたら出発しよう」 
全ての持ち物は燃え尽き、今のふたりはまさに身一つだった。
ベアトリクスは絶望に打ちひしがれながらも、こんなときに一人ではなくて、ルシファーという人が側にいてくれたことに心から感謝した。
「……ルシファー。ありがとう。隣に居てくれて」
「無理して笑うな。俺はいつだっておまえの側にいる。ふたりでまた、やり直していけばいい」
小さな火がくすぶり続ける焼野原で、ふたりは互いをひしと抱きしめ合った。
一帯は冬だというのに真夏のような熱感。焦げた匂いと白い煙が残っており、まさに異様な空間だった。
「ベアトリクス!!!!」
駆け寄って肩を抱く。しかし彼女は俯いたままで、ぽたぽたとこぼれ落ちる涙だけが乾いた地面に染みを作った。
もう彼女の夢が詰まった屋敷はない。残されたのは灰と化した瓦礫のみである。
「くそっ。兄上の仕業か!? なんて残酷なことを。すまない、俺が屋敷を離れたばかりに……っ」
血が滲むほどに拳を握り締め、地面に叩きつける。
「許さない。今からやつを叩き潰してくる」
怒気と殺気に満ち溢れた表情のルシファーは素早く立ちあがって踵を返す。しかし彼のローブの裾を掴む者があった。
「ルシファー。いいの。もう、いいの……」
「でも! これはおかしいだろう! 人の屋敷を勝手に襲って焼き払うなんて!」
「両親の許可は得ている、とおっしゃっていたわ」
いつも快活なベアトリクスらしくない、小さく暗い声。力なくルシファーのローブを掴む様子に彼は胸が締め付けられた。真っ赤に泣き腫らした目元が痛々しい。
「どうせ圧力でもかけたんだろう! あいつはそういう卑劣なことを平気でする男だ」
「……だとしても。今のわたくしたちの話を信じる人は、どれだけいるかしら」
「ベアトリクス……」
彼女は大きな悲しみの中に、なにかを悟ったような顔をしていた。
「ルシファーの言っていたことが、今、心から理解できました。わたくしたちには地位や実績がございません。結局そのような弱者は権力や身分といった強大な力に抗うことはできないのです」
だからわたくしは屋敷を守ることができなかった、とベアトリクスは再び涙を流す。
「ユリウス様に抗議しても、自分の立場が悪くなるだけで何も覆ることはない。それはルシファー、あなたも分かっているはず」
「……っ」
冷静なベアトリクスの言葉にルシファーは何も返すことができない。なぜなら彼女の言っていることはまさしく事実であったから。
(王城では、俺は追放された元王子でしかない。ユリウスを半殺しにすることはできても、ベアトリクスが真に望むのはそういうことではないだろう……)
やはり自分は無力だ。不甲斐なさとやり場のない怒りとで、噛みしめた唇には血が滲んだ。
「では……屋敷を再建しよう。一からにはなるが、やり直しはきくはずだ」
そう提案するも、ベアトリクスは首を横に振った。
「いいえ、もういいわ」
「えっ……」
力なく立ち上がったベアトリクス。その青い瞳にいつもの力はなく、なにかがぽっきりと折れてしまったような様子だった。
「少し、休もうと思うの。ルシファー、修行に行きましょう。わたくしのことも連れて行ってくれるという話はまだ有効かしら?」
「そ、それはもちろんだが……」
それでいいのか、と言いたくなる気持ちを彼はぐっと堪えた。
今の彼女には気持ちを立て直す時間が必要なのだろう。急いで決断を迫ることはない。自分と共に来てもらって、ゆっくりと心身を休めてもらうのもいいだろうと考えた。
「……分かった。では、街で旅に必要なものを揃えたら出発しよう」 
全ての持ち物は燃え尽き、今のふたりはまさに身一つだった。
ベアトリクスは絶望に打ちひしがれながらも、こんなときに一人ではなくて、ルシファーという人が側にいてくれたことに心から感謝した。
「……ルシファー。ありがとう。隣に居てくれて」
「無理して笑うな。俺はいつだっておまえの側にいる。ふたりでまた、やり直していけばいい」
小さな火がくすぶり続ける焼野原で、ふたりは互いをひしと抱きしめ合った。
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