ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第四十一話
ボンッ!! と音を立てて顔が真っ赤になる。
「ええと、その。じ、事実ですわ」
俯き蚊の鳴くような声で答えると、ルシファーが小さく息を呑む音が聞こえた。
そして、次の瞬間には彼の広い腕の中に囲われていた。
「ありがとう、ベアトリクス。俺を選んでくれて」
絞り出すような、どこか切なさを孕んだ声。ベアトリクスの肩に頭をうずめて彼は小さく呟いた。
思わず彼の胸に頬を寄せると、走るように早い鼓動が聞こえた。
「選ぶだなんて。先に好意を伝えてくれたのはルシファーですわ。……あの時はお返事ができませんでしたけれど、わたくしとても嬉しかったのよ」
その時はもう既に自分の気持ちに気が付いていた。けれども伝えることはしなかったのだ。もしかしたら、先に相手を好きになっていたのは自分なのではないかとさえ思っている。
「必ず幸せにする。だから待っていてくれないか」
「もちろんですわ。まだまだ拾うゴミもたくさんありますからね」
「さすがだな。ゴミより好かれるように精進しないといけないな」
「まあ! ルシファーったら」
くすくすと笑い合い、どちらともなく視線が交差する。頬に触れたルシファーの温かい手に、ベアトリクスは自分のそれを重ねる。
互いの顔が近づき、灯りに照らされる二つの影はやがてひとつになる。それは暖炉に燃える炎のごとく、あたたかな幸せに満ち溢れていた。
◇
一週間後。王城の使者からの知らせを聞いたベアトリクスは驚きの声を上げた。
「クロエ様がご挨拶に?」
「左様。ご帰還前に弟子のルシファー様にお会いになりたいそうでございます。明日の十の時に参られますので、ご準備願います」
「わたくし共が王城まで向かうのではなく、この屋敷にいらっしゃるのですか」
「はい。なんでも記念に『ゴミ屋敷』をご見学することも楽しみにしておられるようで」
使者はちらりと周囲に積まれたゴミに目をやり苦い顔で答えた。ではそういうことですので、と言い残し彼は足早に去っていった。
さっそくルシファーに伝えると、彼は「挨拶だなんていったいどういう風の吹き回しだ? 師匠はそういう性格じゃないが……。まあ、ゴミ屋敷の見学というのは確かに興味を持ちそうだから、俺に会うことのほうがついでだろうな」とため息をついた。
「仕方がない。準備するか」
準備とはいっても気持ち程度に玄関付近のゴミを片付け、飲食するかどうかも分からない形だけの紅茶とクッキーを用意するだけだ。
翌日、クロエが来る直前に屋敷の結界を解き、二人で出迎えた。
「ここが噂のゴミ屋敷じゃな」
予想通りクロエは弟子を放置して屋敷を見て回った。意外だったのはルシファーが焼いたナッツの入ったクッキーを興味深げに一口食べ、「おぬしがクッキーを焼くとはのう。まあ、悪くない味じゃな」と褒めたことであった。
「初めて師匠に褒められたことがクッキーだなんて」と、ルシファーはかなり衝撃を受けていたことに、ベアトリクスは微笑ましい気持ちになった。
(先日のことをお怒りになっているかと思ったけれど、そういう雰囲気は感じられないわね。クッキーをお食べになったし、クロエ様はルシファーのことが大切なのね)
分かりづらいけれど、クロエはクロエなりにルシファーのことを気に掛けているように思えた。初めて目の当たりにする二人のやりとりは、仲のよい師弟にしか見えなかったのだから。
◇
「国境まで見送ってくる。すぐに戻る」
「ええ。お気をつけて。クロエ様、ありがとうございました」
「予想以上に愉快な屋敷であったぞえ。娘よ。また会おう」
クロエは王城ではなく自分の屋敷に帰るという。瞬き一つの間に大きな箒を取り出し優雅に腰かけた。
どこか照れくさそうなルシファーもいつの間にか取り出していた箒に乗る。青空を滑り出した二つの姿はあっという間に小さくなった
「不思議なお方ね」
二人が見えなくなるまでおでこに手を当てて見送ったのち、くるりと踵を返す。さあゴミ拾いにでも出かけようかと腕まくりをしたとき――。
ドスッ
耳に残る鈍い音を立てて目の前のゴミに突き刺さったのは、火のついた弓矢であった。
「ええと、その。じ、事実ですわ」
俯き蚊の鳴くような声で答えると、ルシファーが小さく息を呑む音が聞こえた。
そして、次の瞬間には彼の広い腕の中に囲われていた。
「ありがとう、ベアトリクス。俺を選んでくれて」
絞り出すような、どこか切なさを孕んだ声。ベアトリクスの肩に頭をうずめて彼は小さく呟いた。
思わず彼の胸に頬を寄せると、走るように早い鼓動が聞こえた。
「選ぶだなんて。先に好意を伝えてくれたのはルシファーですわ。……あの時はお返事ができませんでしたけれど、わたくしとても嬉しかったのよ」
その時はもう既に自分の気持ちに気が付いていた。けれども伝えることはしなかったのだ。もしかしたら、先に相手を好きになっていたのは自分なのではないかとさえ思っている。
「必ず幸せにする。だから待っていてくれないか」
「もちろんですわ。まだまだ拾うゴミもたくさんありますからね」
「さすがだな。ゴミより好かれるように精進しないといけないな」
「まあ! ルシファーったら」
くすくすと笑い合い、どちらともなく視線が交差する。頬に触れたルシファーの温かい手に、ベアトリクスは自分のそれを重ねる。
互いの顔が近づき、灯りに照らされる二つの影はやがてひとつになる。それは暖炉に燃える炎のごとく、あたたかな幸せに満ち溢れていた。
◇
一週間後。王城の使者からの知らせを聞いたベアトリクスは驚きの声を上げた。
「クロエ様がご挨拶に?」
「左様。ご帰還前に弟子のルシファー様にお会いになりたいそうでございます。明日の十の時に参られますので、ご準備願います」
「わたくし共が王城まで向かうのではなく、この屋敷にいらっしゃるのですか」
「はい。なんでも記念に『ゴミ屋敷』をご見学することも楽しみにしておられるようで」
使者はちらりと周囲に積まれたゴミに目をやり苦い顔で答えた。ではそういうことですので、と言い残し彼は足早に去っていった。
さっそくルシファーに伝えると、彼は「挨拶だなんていったいどういう風の吹き回しだ? 師匠はそういう性格じゃないが……。まあ、ゴミ屋敷の見学というのは確かに興味を持ちそうだから、俺に会うことのほうがついでだろうな」とため息をついた。
「仕方がない。準備するか」
準備とはいっても気持ち程度に玄関付近のゴミを片付け、飲食するかどうかも分からない形だけの紅茶とクッキーを用意するだけだ。
翌日、クロエが来る直前に屋敷の結界を解き、二人で出迎えた。
「ここが噂のゴミ屋敷じゃな」
予想通りクロエは弟子を放置して屋敷を見て回った。意外だったのはルシファーが焼いたナッツの入ったクッキーを興味深げに一口食べ、「おぬしがクッキーを焼くとはのう。まあ、悪くない味じゃな」と褒めたことであった。
「初めて師匠に褒められたことがクッキーだなんて」と、ルシファーはかなり衝撃を受けていたことに、ベアトリクスは微笑ましい気持ちになった。
(先日のことをお怒りになっているかと思ったけれど、そういう雰囲気は感じられないわね。クッキーをお食べになったし、クロエ様はルシファーのことが大切なのね)
分かりづらいけれど、クロエはクロエなりにルシファーのことを気に掛けているように思えた。初めて目の当たりにする二人のやりとりは、仲のよい師弟にしか見えなかったのだから。
◇
「国境まで見送ってくる。すぐに戻る」
「ええ。お気をつけて。クロエ様、ありがとうございました」
「予想以上に愉快な屋敷であったぞえ。娘よ。また会おう」
クロエは王城ではなく自分の屋敷に帰るという。瞬き一つの間に大きな箒を取り出し優雅に腰かけた。
どこか照れくさそうなルシファーもいつの間にか取り出していた箒に乗る。青空を滑り出した二つの姿はあっという間に小さくなった
「不思議なお方ね」
二人が見えなくなるまでおでこに手を当てて見送ったのち、くるりと踵を返す。さあゴミ拾いにでも出かけようかと腕まくりをしたとき――。
ドスッ
耳に残る鈍い音を立てて目の前のゴミに突き刺さったのは、火のついた弓矢であった。
コメント