ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第三十七話
「今の言葉はほんとうか」
「わたくし嘘はつきませんわ」
問答の後、ルシファーはぽりぽりと頬を掻きながら照れくさそうに小さく呟いた。
「……おまえを置いていくとは、一言も言っていない」
「……はいっ?」
ベアトリクスの涙がぴたりと止まった。
「話は途中だったんだ。その、おまえさえよければ、修行についてきてほしいというつもりだった」
「わ、わたくしが泣いてしまったから……」
「まあ、そうだ。言っただろう。俺はおまえが好きだと。共に様々な景色を見たいし、老いてもずっと隣にいたい。でもおまえにはあの屋敷があるし、仕事もあるだろうから、無理にとは言わない。俺は必ず帰ってくるから待っていてほしいということだ」
「そっ、そうでしたのね。早とちりしてしまいました」
気まずい沈黙が流れる。
勢いで熱烈な告白をしてしまったベアトリクスに、完全に意表を突いたタイミングで告白を受けたルシファー。何を話したらよいか途端に分からなくなってしまった。
沈黙を緩和したのは、衝立を挟んで隣の席と思われる男女の声だった。
『殿下。お招きくださりありがとうございます』
『構わない』
来店したばかりのようで、それぞれ従者に上着を預ける衣擦れの音と椅子を引く音が聞こえた。
『――そういえば殿下。大魔法使いのクロエ様はほどなく国を発たれるのだとか』
『話が早いな。まだ公にはしていないが、お屋敷へ戻られるそうだ。十年以上滞在してくださっていただけに王も落胆しておられる』
声を聞いて、ルシファーはぎくりと肩が上下する。
師匠であるクロエの名前が出たからではない。この男性の声は――一つ上の兄、第三王子ユリウスのものに瓜二つだったからだ。
『もともとはルシファー殿下の指導のためにいらしていたのですよね』
『カロリナ嬢。やつはもう殿下ではない。ただの平民だ。発言には気を付けたまえ』
『申し訳ございません。失言でございました』
(――間違いない。男性はユリウス兄上で、そうなると相手は婚約者のカロリナ伯爵令嬢だろう)
王族御用達店だから、ここで会食するのは別におかしくない。でも、どうしてわざわざ隣同士の席に案内するんだ? 隣に料理を運ぶ店員を睨みつけるも、気付かぬ様子で無視された。
「……そういうことか」
ぎりっと唇を噛む。
つまり、店からの分かりやすい嫌がらせだ。昔と変わらず歓迎してくれたと思っていたが、そうではなかったらしい。
ルシファーを追放したのは父王だが、その決定を兄王子たちも支持していた。筋肉量が少ないと馬鹿にしたり、魔法の才能を疎ましく思っていたりと、元々よく思われていなかった。兄弟仲は悪いと表すのが適切だった。
特にすぐ上のユリウス王子はあからさまにルシファーのことを嫌悪していた。それは完全に逆恨みで、とある剣技大会でルシファーに負けたことをずっと根に持っているのだ。
同時に彼はルシファーの才能に気が付いていた数少ない人物でもあった。それゆえルシファーの存在を畏怖し、比較されることを恐れた。彼につらく当たり、功績を奪い、才能を潰そうと試みた。
ルシファーが城を追放されるとなったとき、いの一番に賛同を表明したのもユリウスだった。
「ルシファー。どうしたの?」
厳しい顔つきになった彼を見てベアトリクスは怪訝な表情を浮かべる。彼女は考え事をしていたようで、隣の話も耳に入っていないようだった。
「いいや、何でもない」
ゆっくりとティーカップを傾け、ぬるくなった紅茶でのどを潤す。
自分の存在が露呈すると面倒なことになる。なるべく早く切り上げるのがよさそうだ。
「ベアトリクス。茶を飲み終えたなら、もう帰ろう」
「ええ」
特段大きな声を出したつもりはなかったものの、運の悪いことに隣は沈黙のタイミングだったようだ。こちらに声が聞こえてきたように、向こうにも声が聞こえてしまったらしい。
『お隣、ベアトリクス様ですって? もしかして、ブルグント伯爵様のところのベアトリクス様かしら。殿下、少し席を外しても?』
『ああ、構わない。知り合いか?』
(まずい。カロリナ伯爵令嬢がこちらに来るのか!? )
ルシファーは、ばっと窓の方に顔を背ける。兄の婚約者である彼女とは何回か顔を合わせたことがあるからだ。自分がここに居ることがバレたら兄はなんと言うだろうか。
(自分ひとりなら何を言われても構わない。だが今はベアトリクスが一緒だ。誕生日という日に嫌な思いをさせたくない)
もう十分早く店を出ていれば――。ルシファーは後悔せずにはいられなかった。
「わたくし嘘はつきませんわ」
問答の後、ルシファーはぽりぽりと頬を掻きながら照れくさそうに小さく呟いた。
「……おまえを置いていくとは、一言も言っていない」
「……はいっ?」
ベアトリクスの涙がぴたりと止まった。
「話は途中だったんだ。その、おまえさえよければ、修行についてきてほしいというつもりだった」
「わ、わたくしが泣いてしまったから……」
「まあ、そうだ。言っただろう。俺はおまえが好きだと。共に様々な景色を見たいし、老いてもずっと隣にいたい。でもおまえにはあの屋敷があるし、仕事もあるだろうから、無理にとは言わない。俺は必ず帰ってくるから待っていてほしいということだ」
「そっ、そうでしたのね。早とちりしてしまいました」
気まずい沈黙が流れる。
勢いで熱烈な告白をしてしまったベアトリクスに、完全に意表を突いたタイミングで告白を受けたルシファー。何を話したらよいか途端に分からなくなってしまった。
沈黙を緩和したのは、衝立を挟んで隣の席と思われる男女の声だった。
『殿下。お招きくださりありがとうございます』
『構わない』
来店したばかりのようで、それぞれ従者に上着を預ける衣擦れの音と椅子を引く音が聞こえた。
『――そういえば殿下。大魔法使いのクロエ様はほどなく国を発たれるのだとか』
『話が早いな。まだ公にはしていないが、お屋敷へ戻られるそうだ。十年以上滞在してくださっていただけに王も落胆しておられる』
声を聞いて、ルシファーはぎくりと肩が上下する。
師匠であるクロエの名前が出たからではない。この男性の声は――一つ上の兄、第三王子ユリウスのものに瓜二つだったからだ。
『もともとはルシファー殿下の指導のためにいらしていたのですよね』
『カロリナ嬢。やつはもう殿下ではない。ただの平民だ。発言には気を付けたまえ』
『申し訳ございません。失言でございました』
(――間違いない。男性はユリウス兄上で、そうなると相手は婚約者のカロリナ伯爵令嬢だろう)
王族御用達店だから、ここで会食するのは別におかしくない。でも、どうしてわざわざ隣同士の席に案内するんだ? 隣に料理を運ぶ店員を睨みつけるも、気付かぬ様子で無視された。
「……そういうことか」
ぎりっと唇を噛む。
つまり、店からの分かりやすい嫌がらせだ。昔と変わらず歓迎してくれたと思っていたが、そうではなかったらしい。
ルシファーを追放したのは父王だが、その決定を兄王子たちも支持していた。筋肉量が少ないと馬鹿にしたり、魔法の才能を疎ましく思っていたりと、元々よく思われていなかった。兄弟仲は悪いと表すのが適切だった。
特にすぐ上のユリウス王子はあからさまにルシファーのことを嫌悪していた。それは完全に逆恨みで、とある剣技大会でルシファーに負けたことをずっと根に持っているのだ。
同時に彼はルシファーの才能に気が付いていた数少ない人物でもあった。それゆえルシファーの存在を畏怖し、比較されることを恐れた。彼につらく当たり、功績を奪い、才能を潰そうと試みた。
ルシファーが城を追放されるとなったとき、いの一番に賛同を表明したのもユリウスだった。
「ルシファー。どうしたの?」
厳しい顔つきになった彼を見てベアトリクスは怪訝な表情を浮かべる。彼女は考え事をしていたようで、隣の話も耳に入っていないようだった。
「いいや、何でもない」
ゆっくりとティーカップを傾け、ぬるくなった紅茶でのどを潤す。
自分の存在が露呈すると面倒なことになる。なるべく早く切り上げるのがよさそうだ。
「ベアトリクス。茶を飲み終えたなら、もう帰ろう」
「ええ」
特段大きな声を出したつもりはなかったものの、運の悪いことに隣は沈黙のタイミングだったようだ。こちらに声が聞こえてきたように、向こうにも声が聞こえてしまったらしい。
『お隣、ベアトリクス様ですって? もしかして、ブルグント伯爵様のところのベアトリクス様かしら。殿下、少し席を外しても?』
『ああ、構わない。知り合いか?』
(まずい。カロリナ伯爵令嬢がこちらに来るのか!? )
ルシファーは、ばっと窓の方に顔を背ける。兄の婚約者である彼女とは何回か顔を合わせたことがあるからだ。自分がここに居ることがバレたら兄はなんと言うだろうか。
(自分ひとりなら何を言われても構わない。だが今はベアトリクスが一緒だ。誕生日という日に嫌な思いをさせたくない)
もう十分早く店を出ていれば――。ルシファーは後悔せずにはいられなかった。
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