ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第三十六話

 動揺を隠せないベアトリクスに向かって彼は理由を説明する。

「前から考えていたことではあったんだ。いつまでもおまえの世話になるわけにはいかないと」
「そんなこと気にしなくていいわ。別にわたくしは今のままで――」
「いいや。今のままではおまえを支え幸せにすることはできない。金も地位も不十分だ」

 真剣な表情のルシファーにたじろぐベアトリクス。

「お金も地位も、なくたっていいわ。平凡に生活できればそれでいいのよ。ルシファーも知っているでしょう? わたくし贅沢な暮らしは求めていないの」
「よく考えてくれ。これはおまえの夢を叶えるために必要なことでもある」
「わたくしの夢? 肥料工場のこと?」
「そうだ。厳しいことを言ってすまないが……今のおまえは平民からの支持はあるが、貴族からの評判は正直いいとは言えないだろう? もちろんそれは貴族たちの偏見によるものだと分かっている」

 その前提で、と彼は話を続ける。

「肥料工場を建てるならば国営銀行からの融資や国の許可が必要だ。いくらミカエルや平民たちが味方になろうとも、貴族や王族に対する影響力は微々たるものだろう。銀行幹部は貴族が占めているし、悪意ある者に妨害されて計画が上手くいかない可能性は十分にある」
「そうですわね。厳しい道のりであることは、わたくしも承知しておりますわ」
「だから俺は金と確固たる地位を手に入れたい。……これはおまえのためだけではなく、俺自身のためでもある」
「どういう意味かしら?」

 ベアトリクスが首をひねると、彼は決意の滲んだ声で言い切った。

「俺は大魔法使いになりたい」
「!」

 つまり、かつて放棄したクロエの元での修行を再開したいということなのだ。同居を解消し、彼女のもとに行くということである。

『大魔法使い』。それは至高の称号であり、世界で数人しか持たないもの。どんな国や組織にも従うことなく、己の意思によってのみ行動を決定できる唯一の存在だ。

「昔の俺は人に認められることだけを目的に生きていた。だから、それがどうあがいても叶えられないと分かったとき絶望して魔法の修行を放棄した。目的を他人の中に求めるからそういうことになってしまったんだ」

 でも今は違う、と彼は言う。

「おまえの夢のため、そして俺自身が自由に生きるために必要なんだ。大魔法使いという称号が」

 ベアトリクスは複雑な思いを抱えながらも、彼の話は心から理解できた。かつての自分も型にはまった伯爵令嬢で、敷かれたレールをぼんやりと歩む存在だったからだ。
 それが、ゴミ拾いというものに出会って自分の生きる意味を見出すことができた。自分の意思で人生を歩むということの素晴らしさは、何物にも代えがたい宝物だと知っている。
 彼を引き留めることなど、誰にもできないのだ。

「……わかりました。同居を解消しましょう」

 ほんとうは今日、彼に自分の気持ちを伝えるつもりで来たけれど。そんな話をするどころではなかったわねとベアトリクスは俯いた。彼は自分のことを好きだと言ってくれたけれど、それももう終わりなのだろうと思うと自然に涙があふれてきた。
 ぐすん、と鼻を鳴らしてハンカチで目元を押さえる彼女を見て、ルシファーは慌てた声を出す。

「ど、どうした? すまない。俺の言い方がきつすぎたか……?」

 テーブルの向こうから手を伸ばし、心配そうに彼女の目元を拭う。

「い、いえ。違うのです。……ああもう、この際だからお伝えしてしまいますわ」

 どうせ別れるのなら、この気持ちを伝えしまってもいいだろう。かえって好都合だ。半ばやけくそになったベアトリクスは勢いのまま気持ちを言葉に乗せる。

「わたくしはあなたのことをお慕いしております。お別れは寂しいですけれど、ルシファーが自分の夢を見つけたことをとても嬉しく思いますし、わたくしの夢のためと言ってくださったことも、心から感謝しております」

 最初こそ驚きぽかんとしていたルシファーだが、彼女の言葉を咀嚼し呑み込むころには顔を真っ赤に染め上げていた。

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