ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第三十五話
そういえば、今日は誕生日だわ。
そのことにベアトリクスが気が付いたのは、白夜舞踏会から三日後のことだった。
「誕生日おめでとう。夕食は外に食べに行こう」
朝一番のルシファーの一言で、そういえばと思い出したのだった。
ひとり暮らしも長くなると誕生日というものに頓着がなくなる。ああでも、ミカエル様と知り合ってからは彼が花束を持って訪ねてきてくれて、それで毎年思い出したわねとくすりと笑う。
「どうした、急に笑ったりして」
「いいえ。これまではミカエル様がお祝いをしてくださいましたけど、ルシファーにも祝ってもらえるなんて、賑やかで嬉しいのです」
「なんだ、あいつのことを考えていたのか」
途端に不機嫌な顔になったルシファーは、ぐいとベアトリクスを引き寄せる。
「るっ、ルシファー?」
「他の男のことを考えないでほしい。おまえの笑顔は俺だけのものだ」
ぎゅっと抱きしめる力を強くする。耳元で囁くように呟けば、彼女の顔が急に熱を帯びたことが伝わってきた。
「えっ、笑顔は別に減りませんわよ」
「減る。というか、いくらあっても足りない」
腕の力を緩めたルシファーは、ベアトリクスの顎をくいと上げてじわじわと顔を寄せる。
(ルシファーったら、きっ、キスを……!?!?)
白夜舞踏会の晩、ルシファーは呪いを解かれた元の姿で帰ってきた。クロエと何か取引をしたらしいが、詳細は教えてもらえなかった。
見上げるような高い背丈にしっかりとした体つき。そして精悍な顔立ちとくれば、否応にも意識せざるを得ない。もとより自分はルシファーのことが好きなのだから。
緊張感に身を固くしたベアトリクスを見て、ルシファーはくすりと笑う。
「この先はおまえの心を手に入れたときにしておく。早く今日の仕事を終わらせて食事に行こう」
ルシファーの温もりが離れていったことで緊張がほぐれた一方で、一抹の寂しさを感じた。
(この気持ちを伝えられたらいいのに)
隠しきれる自信が薄くなっていることに彼女は気が付いていた。彼と過ごす時間に比例して、彼への好意も大きくなっているのだ。
今夜、この機会に伝えてしまおうか。ベアトリクスはどこか覚悟のような気持ちを抱えて、気もそぞろにその日の仕事をこなしたのだった。
◇
仕事を終えたふたりは身支度を整え、夕暮れ時に屋敷を出発した。
秋のここちよい夕風が頬を撫で、さらりと髪をなびかせる。並んだ二つの影が夕日によって長く伸びている。
「……王子殿下と並んで街を歩くなんて、改めて考えればとても不思議な気分ですわ」
「俺もだ。城を追放されて、まさかゴミ屋敷令嬢と王都を歩く日が来るなんてな」
「うふふ。言いますわね」
笑い合いながら店を目指してゆっくり歩いていく。
「そういえば、ルシファーに婚約者はいなかったの?」
現在第一王子殿下は結婚済み。第二、三王子殿下はそれぞれ侯爵、伯爵令嬢と婚約している。しかし第四王子ルシファーに関してそういった話を聞いたことがなかった。
本来、彼の隣を歩くことができるのは婚約者だけ。城から追放されたとはいえ、そのあたりはどうなっているのだろうと、ふと気になった。
隣を見上げると、ルシファーはまっすぐ前を見ながら苦々しい顔で答えた。
「……形式上はいたけどな。向こうも俺も、互いに興味がなかったから一度も会ったことはない。もちろん今その婚約は破棄されている」
「そうだったのね……」
自分で聞いたくせに、胸がチクリと痛んだ。
唐突に質問をして押し黙ったベアトリクスを見て、ルシファーは嬉しそうな顔をする。
「なんだ、もしかして嫉妬してくれたのか?」
「そ、そんなことありませんわ! ほんの少し興味が湧いただけです」
軽口をたたき合っていると、ほどなくして店に到着した。
「着いたぞ。ここだ」
王都の上質な店が並ぶメイン通り。赤い煉瓦に蔦が絡む、小洒落た雰囲気の建物の前でルシファーは足を止めた。
差し出されたルシファーの手に自分の手を重ねるベトリクス。彼のエスコートで入店すると、かっちりとした服を着た店員が「ようこそおいでくださいました」とうやうやしく頭を下げる。そして店内の奥の方、庭がよく見える席まで案内してくれた。
席は衝立によって半個室状になっている。近くの客の声は聞こえるが、姿は見えないように配慮されていた。
真っ白なテーブルクロスとピカピカした銀のカトラリーが眩しい。テーブルセットも非常に質の良いものだと感じ取れる。こんなにいい店は実家にいた頃でも来たことがない。
「このお店、とても高級な気がしますけれど」
現在のルシファーの収入では前菜くらいしかまかなえないのではないか。心配になったベアトリクスは口元に手を当ててこそこそと呼びかける。
腕を組んだルシファーは、目を細めて口角を上げた。
「まあ大丈夫だ。実は、いくらか貯金があってな。おまえが知る以外にも色々と稼いでいる」
口角を上げたルシファーはどこか悪い顔をしていた。自分に内緒で、陰でどのような稼業を展開しているのだろうと呆れたが、怖いので追求しないことにした。元王族なので違法なことはしていないだろう。彼が才能を生かして自由にやっていることに口出しをする権利はない。
気を取り直して美味しそうな料理に目を向ける。
「前菜が来ましたわよ。いただきましょう」
白いプレートに少しずつ盛られたパテやマリネに新鮮野菜。久しぶりに目にするそれらに、自然と頬が緩む。こういった手間暇かけた料理や、なかなか手に入らない食材は屋敷ではどうやっても再現できないものだ。
「コース料理だから、嫌いなものがあったら俺の皿に乗せるといい。好きなものを好きなだけ食べてくれ」
「お気遣いありがとうございます。わたくし好き嫌いはございませんから、全て美味しく頂きますわ」
「そうか。ではいただこう」
「いただきます」
カトラリーを手に取り、宝石のような料理を口へ運ぶ。
「とても美味しいですわ!」
「ああ。美味いな」
頬を抑えて至福の笑みを浮かべるベアトリクスを前にルシファーも相好を崩した。
実際、この店は王族御用達の高級店だ。かつてルシファーも来たことのある店であり、味は保証できる。誕生日という大切な日に冒険はできなかったので、味を知っているこの店を選んだが、彼女も気に入ってくれてよかったと胸を撫で下ろした。
デザートの誕生日ケーキが運ばれベアトリクスが目を輝かせる。
そしてティーを飲んで場が一息ついたころ。ルシファーはどこか覚悟を持った表情で切り出した。
「ベアトリクス、実は、そろそろ同居を解消しようと思っている」
「……えっ?」
彼女の白い手から、音を立ててカップが滑り落ちた。
そのことにベアトリクスが気が付いたのは、白夜舞踏会から三日後のことだった。
「誕生日おめでとう。夕食は外に食べに行こう」
朝一番のルシファーの一言で、そういえばと思い出したのだった。
ひとり暮らしも長くなると誕生日というものに頓着がなくなる。ああでも、ミカエル様と知り合ってからは彼が花束を持って訪ねてきてくれて、それで毎年思い出したわねとくすりと笑う。
「どうした、急に笑ったりして」
「いいえ。これまではミカエル様がお祝いをしてくださいましたけど、ルシファーにも祝ってもらえるなんて、賑やかで嬉しいのです」
「なんだ、あいつのことを考えていたのか」
途端に不機嫌な顔になったルシファーは、ぐいとベアトリクスを引き寄せる。
「るっ、ルシファー?」
「他の男のことを考えないでほしい。おまえの笑顔は俺だけのものだ」
ぎゅっと抱きしめる力を強くする。耳元で囁くように呟けば、彼女の顔が急に熱を帯びたことが伝わってきた。
「えっ、笑顔は別に減りませんわよ」
「減る。というか、いくらあっても足りない」
腕の力を緩めたルシファーは、ベアトリクスの顎をくいと上げてじわじわと顔を寄せる。
(ルシファーったら、きっ、キスを……!?!?)
白夜舞踏会の晩、ルシファーは呪いを解かれた元の姿で帰ってきた。クロエと何か取引をしたらしいが、詳細は教えてもらえなかった。
見上げるような高い背丈にしっかりとした体つき。そして精悍な顔立ちとくれば、否応にも意識せざるを得ない。もとより自分はルシファーのことが好きなのだから。
緊張感に身を固くしたベアトリクスを見て、ルシファーはくすりと笑う。
「この先はおまえの心を手に入れたときにしておく。早く今日の仕事を終わらせて食事に行こう」
ルシファーの温もりが離れていったことで緊張がほぐれた一方で、一抹の寂しさを感じた。
(この気持ちを伝えられたらいいのに)
隠しきれる自信が薄くなっていることに彼女は気が付いていた。彼と過ごす時間に比例して、彼への好意も大きくなっているのだ。
今夜、この機会に伝えてしまおうか。ベアトリクスはどこか覚悟のような気持ちを抱えて、気もそぞろにその日の仕事をこなしたのだった。
◇
仕事を終えたふたりは身支度を整え、夕暮れ時に屋敷を出発した。
秋のここちよい夕風が頬を撫で、さらりと髪をなびかせる。並んだ二つの影が夕日によって長く伸びている。
「……王子殿下と並んで街を歩くなんて、改めて考えればとても不思議な気分ですわ」
「俺もだ。城を追放されて、まさかゴミ屋敷令嬢と王都を歩く日が来るなんてな」
「うふふ。言いますわね」
笑い合いながら店を目指してゆっくり歩いていく。
「そういえば、ルシファーに婚約者はいなかったの?」
現在第一王子殿下は結婚済み。第二、三王子殿下はそれぞれ侯爵、伯爵令嬢と婚約している。しかし第四王子ルシファーに関してそういった話を聞いたことがなかった。
本来、彼の隣を歩くことができるのは婚約者だけ。城から追放されたとはいえ、そのあたりはどうなっているのだろうと、ふと気になった。
隣を見上げると、ルシファーはまっすぐ前を見ながら苦々しい顔で答えた。
「……形式上はいたけどな。向こうも俺も、互いに興味がなかったから一度も会ったことはない。もちろん今その婚約は破棄されている」
「そうだったのね……」
自分で聞いたくせに、胸がチクリと痛んだ。
唐突に質問をして押し黙ったベアトリクスを見て、ルシファーは嬉しそうな顔をする。
「なんだ、もしかして嫉妬してくれたのか?」
「そ、そんなことありませんわ! ほんの少し興味が湧いただけです」
軽口をたたき合っていると、ほどなくして店に到着した。
「着いたぞ。ここだ」
王都の上質な店が並ぶメイン通り。赤い煉瓦に蔦が絡む、小洒落た雰囲気の建物の前でルシファーは足を止めた。
差し出されたルシファーの手に自分の手を重ねるベトリクス。彼のエスコートで入店すると、かっちりとした服を着た店員が「ようこそおいでくださいました」とうやうやしく頭を下げる。そして店内の奥の方、庭がよく見える席まで案内してくれた。
席は衝立によって半個室状になっている。近くの客の声は聞こえるが、姿は見えないように配慮されていた。
真っ白なテーブルクロスとピカピカした銀のカトラリーが眩しい。テーブルセットも非常に質の良いものだと感じ取れる。こんなにいい店は実家にいた頃でも来たことがない。
「このお店、とても高級な気がしますけれど」
現在のルシファーの収入では前菜くらいしかまかなえないのではないか。心配になったベアトリクスは口元に手を当ててこそこそと呼びかける。
腕を組んだルシファーは、目を細めて口角を上げた。
「まあ大丈夫だ。実は、いくらか貯金があってな。おまえが知る以外にも色々と稼いでいる」
口角を上げたルシファーはどこか悪い顔をしていた。自分に内緒で、陰でどのような稼業を展開しているのだろうと呆れたが、怖いので追求しないことにした。元王族なので違法なことはしていないだろう。彼が才能を生かして自由にやっていることに口出しをする権利はない。
気を取り直して美味しそうな料理に目を向ける。
「前菜が来ましたわよ。いただきましょう」
白いプレートに少しずつ盛られたパテやマリネに新鮮野菜。久しぶりに目にするそれらに、自然と頬が緩む。こういった手間暇かけた料理や、なかなか手に入らない食材は屋敷ではどうやっても再現できないものだ。
「コース料理だから、嫌いなものがあったら俺の皿に乗せるといい。好きなものを好きなだけ食べてくれ」
「お気遣いありがとうございます。わたくし好き嫌いはございませんから、全て美味しく頂きますわ」
「そうか。ではいただこう」
「いただきます」
カトラリーを手に取り、宝石のような料理を口へ運ぶ。
「とても美味しいですわ!」
「ああ。美味いな」
頬を抑えて至福の笑みを浮かべるベアトリクスを前にルシファーも相好を崩した。
実際、この店は王族御用達の高級店だ。かつてルシファーも来たことのある店であり、味は保証できる。誕生日という大切な日に冒険はできなかったので、味を知っているこの店を選んだが、彼女も気に入ってくれてよかったと胸を撫で下ろした。
デザートの誕生日ケーキが運ばれベアトリクスが目を輝かせる。
そしてティーを飲んで場が一息ついたころ。ルシファーはどこか覚悟を持った表情で切り出した。
「ベアトリクス、実は、そろそろ同居を解消しようと思っている」
「……えっ?」
彼女の白い手から、音を立ててカップが滑り落ちた。
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