ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第三十一話
白夜舞踏会までの三週間は穏やかに流れていった。
一ついつもと異なる点と言えば、ルシファーが夜な夜な部屋に籠って何か作業をしているということであった。
目の下に大きなクマを作って朝食をこしらえるルシファーに何をしているのか尋ねてみたのだけれど、「上手くいったら教える」とかわされてしまった。
「深くは追及しませんけれど、わたくしにできることがあれば頼ってくださいませ。健康が心配だわ」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だ」
忙しそうだけれど、彼は自身が宣言したことやリサイクルショップの店番はきちんとこなしている。ここに来たばかりの頃はわがままでツンツンしていたのに、ほんとうは義理堅い性格なのねとベアトリクスは温かい気持ちになったのだった。
そして、迎えた舞踏会の晩。
日もすっかり暮れて肌寒い風が吹く中、約束通りミカエルが馬車でやってきた。
「ごきげんようベアトリクス様。ああ、なんとお美しいのでしょう。眩しさで目が潰れそうです」
「およしになって。さすがに通常のドレスで行くわけにはいきませんから新調しましたの。これきりしか着ないのにもったいない出費ですわ」
身にまとっているのは登城にふさわしい一級品のドレスである。普段下ろしている髪はアップスタイルに結い上げ、サファイアがあしらわれたリボンでまとめている。もちろんベアトリクスは華美な装いに興味はないのだが、エスコートするミカエルが恥をかくようなことになってはいけないと整えたものだ。
(ルシファーはとても褒めてくれたから、変ではないと思うけれど)
数年ぶりに着飾ったので、実のところ似合っていないのではないかと少し心配だったのだが。ルシファーが何度も何度も「素敵だ」「普段のおまえも美しいが、今日の姿は女神のようだ」などと誉めそやしてくれたので自然と背筋が伸びて笑顔になれた。「隣に並ぶのがミカエルだなんてな。くそ、思い出したら腹が立ってきた」と不穏な空気になってきたところで、作業が忙しそうなルシファーは部屋に帰して出てきたのだった。
◇
白夜舞踏会の様子は、おおむねベアトリクスが予想していた通りのものであった。王の口上を皮切りに厳かな雰囲気で始まったものの、歓談や舞踏の時間になると、そこかしこから好奇の声が漏れ聞こえた。
「まあ、ご覧になって。ブルグント伯爵令嬢よ」
「ゴミ屋敷令嬢ですわね。よく出てこられましたわね」
「ミカエル様と参加していらっしゃるの? いったいどのような汚い手段を使ったのでしょう」
くすくすとした笑いに嘲るような声。
全ての貴族が参加しているため実家であるブルグント伯爵家の者も会場にはいるはずなのだが、知らぬ存ぜぬを貫いているのか姿は見えない。勘当同然の扱いを受けているのだから、もっともと言えばもっともなことではあるが。
「ベアトリクス様。あのような言葉は全くの無意味です。お気になさらぬよう」
「ええ、分かっているわ。彼女たちからすればわたくしは異端な存在でしょう。当然の反応だと承知していますから、大丈夫よ」
ミカエルはそっとベアトリクスの背中に手を当てる。彼女の背はいつものように凛として伸びており、委縮している様子は微塵も感じられなかった。
(すべて想定内よ。問題ないわ。そんなことより……)
壁際に立ちあまり目立たぬようにしながらも、扇子の影から会場内に目を走らせる。
(この場にクロエ様はいらっしゃらないようね)
本来どこの国や組織にも属さず自由気ままに暮らす大魔法使い。その慣習に漏れず、月の魔法使いクロエも客人としてグラディウス王国に滞在しているに過ぎない。国事行為である白夜舞踏会に出席する義務はないのだろう。
うまくミカエルから離れてクロエを探しに行きたい。どうしたものかと考えていると、遠巻きにこちらに険しい視線を寄越していた令嬢たちの一団からひとりこちらへやって来た。
彼女はベアトリクスの前でわざとらしく躓く。持っていたグラスから赤ワインがベアトリクスにぶちまけられた。
「……っ!!」
「あらぁ! 申し訳ございませんわ」
嫌らしく口角を上げ、全く気持ちのこもらない謝罪をする令嬢。大きな赤い染みが付いたドレスを眺めまわして満足気な笑みを浮かべた。
「ベアトリクス様」
ミカエルがおろおろとハンカチを差し出し、ぎろりと令嬢を睨みつけた。
「どなたか存じませんが、今のは明らかにわざと――」
「いいのです、ミカエル様」
令嬢に向かって一歩踏み出した彼を制止する。
「うふふ。どうせそのドレスも拾ってきたのでしょう? たいしたものではないのだから、怒ることほどのことありませんわよね。だって、また拾えばいいんですもの。ね、ベアトリクス様?」
「いい加減に――っ」
紳士な笑顔を張り付けるミカエルだが、額には青筋が浮かんでいる。今にも声を荒らげそうな彼とは対照的に、ベアトリクスは穏やかな声を出す。
「ミカエル様、わたくしのためにありがとうございます。けれど、ほんとうに大丈夫ですわ。……少々お手洗いに行ってまいりますわね」
勝ち誇った笑みを浮かべる令嬢たち。残されたミカエルはあっという間に彼女たちに囲まれた。
一ついつもと異なる点と言えば、ルシファーが夜な夜な部屋に籠って何か作業をしているということであった。
目の下に大きなクマを作って朝食をこしらえるルシファーに何をしているのか尋ねてみたのだけれど、「上手くいったら教える」とかわされてしまった。
「深くは追及しませんけれど、わたくしにできることがあれば頼ってくださいませ。健康が心配だわ」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だ」
忙しそうだけれど、彼は自身が宣言したことやリサイクルショップの店番はきちんとこなしている。ここに来たばかりの頃はわがままでツンツンしていたのに、ほんとうは義理堅い性格なのねとベアトリクスは温かい気持ちになったのだった。
そして、迎えた舞踏会の晩。
日もすっかり暮れて肌寒い風が吹く中、約束通りミカエルが馬車でやってきた。
「ごきげんようベアトリクス様。ああ、なんとお美しいのでしょう。眩しさで目が潰れそうです」
「およしになって。さすがに通常のドレスで行くわけにはいきませんから新調しましたの。これきりしか着ないのにもったいない出費ですわ」
身にまとっているのは登城にふさわしい一級品のドレスである。普段下ろしている髪はアップスタイルに結い上げ、サファイアがあしらわれたリボンでまとめている。もちろんベアトリクスは華美な装いに興味はないのだが、エスコートするミカエルが恥をかくようなことになってはいけないと整えたものだ。
(ルシファーはとても褒めてくれたから、変ではないと思うけれど)
数年ぶりに着飾ったので、実のところ似合っていないのではないかと少し心配だったのだが。ルシファーが何度も何度も「素敵だ」「普段のおまえも美しいが、今日の姿は女神のようだ」などと誉めそやしてくれたので自然と背筋が伸びて笑顔になれた。「隣に並ぶのがミカエルだなんてな。くそ、思い出したら腹が立ってきた」と不穏な空気になってきたところで、作業が忙しそうなルシファーは部屋に帰して出てきたのだった。
◇
白夜舞踏会の様子は、おおむねベアトリクスが予想していた通りのものであった。王の口上を皮切りに厳かな雰囲気で始まったものの、歓談や舞踏の時間になると、そこかしこから好奇の声が漏れ聞こえた。
「まあ、ご覧になって。ブルグント伯爵令嬢よ」
「ゴミ屋敷令嬢ですわね。よく出てこられましたわね」
「ミカエル様と参加していらっしゃるの? いったいどのような汚い手段を使ったのでしょう」
くすくすとした笑いに嘲るような声。
全ての貴族が参加しているため実家であるブルグント伯爵家の者も会場にはいるはずなのだが、知らぬ存ぜぬを貫いているのか姿は見えない。勘当同然の扱いを受けているのだから、もっともと言えばもっともなことではあるが。
「ベアトリクス様。あのような言葉は全くの無意味です。お気になさらぬよう」
「ええ、分かっているわ。彼女たちからすればわたくしは異端な存在でしょう。当然の反応だと承知していますから、大丈夫よ」
ミカエルはそっとベアトリクスの背中に手を当てる。彼女の背はいつものように凛として伸びており、委縮している様子は微塵も感じられなかった。
(すべて想定内よ。問題ないわ。そんなことより……)
壁際に立ちあまり目立たぬようにしながらも、扇子の影から会場内に目を走らせる。
(この場にクロエ様はいらっしゃらないようね)
本来どこの国や組織にも属さず自由気ままに暮らす大魔法使い。その慣習に漏れず、月の魔法使いクロエも客人としてグラディウス王国に滞在しているに過ぎない。国事行為である白夜舞踏会に出席する義務はないのだろう。
うまくミカエルから離れてクロエを探しに行きたい。どうしたものかと考えていると、遠巻きにこちらに険しい視線を寄越していた令嬢たちの一団からひとりこちらへやって来た。
彼女はベアトリクスの前でわざとらしく躓く。持っていたグラスから赤ワインがベアトリクスにぶちまけられた。
「……っ!!」
「あらぁ! 申し訳ございませんわ」
嫌らしく口角を上げ、全く気持ちのこもらない謝罪をする令嬢。大きな赤い染みが付いたドレスを眺めまわして満足気な笑みを浮かべた。
「ベアトリクス様」
ミカエルがおろおろとハンカチを差し出し、ぎろりと令嬢を睨みつけた。
「どなたか存じませんが、今のは明らかにわざと――」
「いいのです、ミカエル様」
令嬢に向かって一歩踏み出した彼を制止する。
「うふふ。どうせそのドレスも拾ってきたのでしょう? たいしたものではないのだから、怒ることほどのことありませんわよね。だって、また拾えばいいんですもの。ね、ベアトリクス様?」
「いい加減に――っ」
紳士な笑顔を張り付けるミカエルだが、額には青筋が浮かんでいる。今にも声を荒らげそうな彼とは対照的に、ベアトリクスは穏やかな声を出す。
「ミカエル様、わたくしのためにありがとうございます。けれど、ほんとうに大丈夫ですわ。……少々お手洗いに行ってまいりますわね」
勝ち誇った笑みを浮かべる令嬢たち。残されたミカエルはあっという間に彼女たちに囲まれた。
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