ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第二十九話
翌日からもルシファーの甲斐甲斐しい溺愛は続いた。宣言通り朝食作りに加えてゴミ拾いの手伝い、更には家の掃除もやってくれるようになった。また、リサイクルショップの運営帳簿も自らつけるようになり、ベアトリクスの仕事は半分程度にまで減っていた。
「経理の知識もあるなんて、王族の教育はすごいのね」
「いいや、おまえがやっているのを見て覚えた。城の連中は鍛錬しかしてないぞ」
やつらの頭の中には脳みそじゃなくて筋肉が詰まっているからな、と彼は笑った。
経理を見て覚えるなんて、やっぱりルシファーはとんでもなく頭がいいのだわとベアトリクスは唸る。自分は知り合った商人からヒイヒイ言いながら教わって、習得するまでに一年はかかったというのに。
身体を動かす仕事は得意だけれど、書類仕事にはどうにも適性がない。実際ベアトリクスは目の前の机に広がる帳簿に頭を抱えている。彼女の夢である、堆肥工場をつくるための計画書だ。
「そこの数字、100ではなくて1000じゃないか?」
「あら? そうね、あなたの言う通りだわ。わたくしったら間違えているわ」
修正しようとペンを取ると、椅子の後ろからふわりと抱き込まれる。大きな手が自分の手を包み込み、そのままペンを動かす。
「る、ルシファー?」
「動くとインクが飛び散るぞ」
今日は月に一度の新月の日だ。大人の姿に戻ったルシファーはいとも容易くベアトリクスを翻弄する。彼女が真横にある端麗な顔にドキリと胸を鳴らしてしまうのも仕方のないことだ。
「――これでよし」
「ありがとう……」
数字の訂正を終えて離れていく身体。薄まってゆく温もりをベアトリクスは寂しく思った。
彼女の気持ちを知らないルシファーは、そういえば、と顔を上げる。
「さっき郵便ギルドのやつが来てこれを置いていったぞ」
上質な紙に赤い蠟で封がされた封筒を差し出す。
「手紙だなんて珍しいわね。誰かしら?」
手紙のやりとりをするような間柄の友人はひとりしかいない。けれどもその人だって、このような改まったものは寄越さないはずだけれど……。
差出人の記載を見て彼女は顔を曇らせた。あまり見ない表情を浮かべたことに、ルシファーは嫌な予感がした。
「どうした?」
「これは……きっとあれですわね」
彼女は封筒の中身を改め、やっぱりそうだわとため息をついた。
「白夜舞踏会の招待状でしたわ」
「ああ……そういうことか」
合点がいったルシファーは椅子に腰を下ろし長い足を組んだ。
白夜舞踏会とは、グラディウス王国において二年に一度催される舞踏会だ。忠誠舞踏会と呼ばれることもあり、その名の通り貴族たちの忠誠を確認することが目的で出席は必須。いわば決起集会のようなものである。
実家とは絶縁状態であるものの、一応伯爵令嬢であるベアトリクスの元にも招待状、もとい招集令状が届いたというわけだ。
「こんな集会に何の意味があるのかしら。実家に居たときに一度参加しましたけれど、税金の無駄遣いとしか思えませんでしたわ。……失礼」
傍らに立つ男性は元王族であることを思い出し、口を手で押さえるベアトリクス。
「気にするな。俺も父のやり方には多々思うところがある」
「すみません」
彼女は再び招待状に目を落とし、ルシファーに気が付かれないくらいの小さなため息をついた。
(しかも、パートナーが必須とは……。どうしましょう)
紙面には〝異性のエスコートをもって参加のこと″と記載されている。貴族同士の横の繋がりを促すような文言が、『忠誠舞踏会』の意味合いの一端を感じさせる。
(実家にいたころは兄と参加したけれど、もう結婚してしまいましたし……)
兄が結婚したらしいということは、よく挨拶を交わす平民から聞いていた。その人は「あら、ベアトリクス様はご存じなかったのね」と気まずそうな顔をしてそそくさと去ってしまったので、未だ詳しいことは知らない。
(前回の招集はすっぽかしたのよね。反乱分子と疑われてとても面倒なことになったから、どうにか穏便に済ませたいわ)
ゴミ屋敷令嬢になりたてだった二年前にも招待状は届いていた。パートナーもいないし、自分がそういう場に出て行っても困るだろう。王城も社交辞令的に手紙を寄越しただけだろうと思って欠席したところ、翌日には騎士団が屋敷に乗り込んできてしつこく取り調べをされる羽目になった。どうやらこの集会はほんとうに大切なものらしいと、その時初めて学んだのだった。
今回も欠席して取り調べを受けるような事態は避けたい。万が一にでも今の生活を壊されるようなことになったら嫌だし、ルシファーの存在が明るみになると彼も困るだろう。
すでに舞踏会の話に興味を失い、帳簿を手に取りパラパラとページをめくるルシファーをちらりと見る。エスコートとなると、血縁の男性か恋人とというのが通例だけれど――。
(ルシファーは少年の姿だし、そもそも自分を追放した場所に行きたいとは思わないでしょうね。お願いするのは憚られるわ。そうなると……)
付き合いのある成人男性などベアトリクスには多くない。そのうえ舞踏会のエスコートを頼むとあっては、当てはひとりだった。
(ミカエル様にお願いしてみようかしら?)
ルシファーとミカエルは仲が良いようだし、彼ならばきっと理解してくれるだろう。
そしてベアトリクスには、一つ考えがあった。
(ルシファーに呪いをかけた大魔法使い様はいらっしゃるかしら。呪いを解いてくださるよう嘆願する機会があれば……)
彼に掛けられた呪いは彼自身では解けないほど強力なものだと聞いている。この先ルシファーがどのような人生を歩むにしても、本来の姿を取り戻した方がいいに違いないと思っていた。
(少しでも彼の力になりたいわ)
天下の大魔法使いに意見をするなど命知らずだと誹られるような行いだ。けれどもルシファーのために自分ができることは多くない。そもそも面白半分で掛けられた呪いだというし、呪いをかけ続ける意味がないのならば、意外とあっさり解いてくれるかもしれない。
(よし、決まりね。うん、俄然舞踏会に参加する意欲が湧いてきたわ!)
招待状を丁寧にポケットに仕舞い込み、明日にでもミカエルを訪問しようと決めたのだった。
「経理の知識もあるなんて、王族の教育はすごいのね」
「いいや、おまえがやっているのを見て覚えた。城の連中は鍛錬しかしてないぞ」
やつらの頭の中には脳みそじゃなくて筋肉が詰まっているからな、と彼は笑った。
経理を見て覚えるなんて、やっぱりルシファーはとんでもなく頭がいいのだわとベアトリクスは唸る。自分は知り合った商人からヒイヒイ言いながら教わって、習得するまでに一年はかかったというのに。
身体を動かす仕事は得意だけれど、書類仕事にはどうにも適性がない。実際ベアトリクスは目の前の机に広がる帳簿に頭を抱えている。彼女の夢である、堆肥工場をつくるための計画書だ。
「そこの数字、100ではなくて1000じゃないか?」
「あら? そうね、あなたの言う通りだわ。わたくしったら間違えているわ」
修正しようとペンを取ると、椅子の後ろからふわりと抱き込まれる。大きな手が自分の手を包み込み、そのままペンを動かす。
「る、ルシファー?」
「動くとインクが飛び散るぞ」
今日は月に一度の新月の日だ。大人の姿に戻ったルシファーはいとも容易くベアトリクスを翻弄する。彼女が真横にある端麗な顔にドキリと胸を鳴らしてしまうのも仕方のないことだ。
「――これでよし」
「ありがとう……」
数字の訂正を終えて離れていく身体。薄まってゆく温もりをベアトリクスは寂しく思った。
彼女の気持ちを知らないルシファーは、そういえば、と顔を上げる。
「さっき郵便ギルドのやつが来てこれを置いていったぞ」
上質な紙に赤い蠟で封がされた封筒を差し出す。
「手紙だなんて珍しいわね。誰かしら?」
手紙のやりとりをするような間柄の友人はひとりしかいない。けれどもその人だって、このような改まったものは寄越さないはずだけれど……。
差出人の記載を見て彼女は顔を曇らせた。あまり見ない表情を浮かべたことに、ルシファーは嫌な予感がした。
「どうした?」
「これは……きっとあれですわね」
彼女は封筒の中身を改め、やっぱりそうだわとため息をついた。
「白夜舞踏会の招待状でしたわ」
「ああ……そういうことか」
合点がいったルシファーは椅子に腰を下ろし長い足を組んだ。
白夜舞踏会とは、グラディウス王国において二年に一度催される舞踏会だ。忠誠舞踏会と呼ばれることもあり、その名の通り貴族たちの忠誠を確認することが目的で出席は必須。いわば決起集会のようなものである。
実家とは絶縁状態であるものの、一応伯爵令嬢であるベアトリクスの元にも招待状、もとい招集令状が届いたというわけだ。
「こんな集会に何の意味があるのかしら。実家に居たときに一度参加しましたけれど、税金の無駄遣いとしか思えませんでしたわ。……失礼」
傍らに立つ男性は元王族であることを思い出し、口を手で押さえるベアトリクス。
「気にするな。俺も父のやり方には多々思うところがある」
「すみません」
彼女は再び招待状に目を落とし、ルシファーに気が付かれないくらいの小さなため息をついた。
(しかも、パートナーが必須とは……。どうしましょう)
紙面には〝異性のエスコートをもって参加のこと″と記載されている。貴族同士の横の繋がりを促すような文言が、『忠誠舞踏会』の意味合いの一端を感じさせる。
(実家にいたころは兄と参加したけれど、もう結婚してしまいましたし……)
兄が結婚したらしいということは、よく挨拶を交わす平民から聞いていた。その人は「あら、ベアトリクス様はご存じなかったのね」と気まずそうな顔をしてそそくさと去ってしまったので、未だ詳しいことは知らない。
(前回の招集はすっぽかしたのよね。反乱分子と疑われてとても面倒なことになったから、どうにか穏便に済ませたいわ)
ゴミ屋敷令嬢になりたてだった二年前にも招待状は届いていた。パートナーもいないし、自分がそういう場に出て行っても困るだろう。王城も社交辞令的に手紙を寄越しただけだろうと思って欠席したところ、翌日には騎士団が屋敷に乗り込んできてしつこく取り調べをされる羽目になった。どうやらこの集会はほんとうに大切なものらしいと、その時初めて学んだのだった。
今回も欠席して取り調べを受けるような事態は避けたい。万が一にでも今の生活を壊されるようなことになったら嫌だし、ルシファーの存在が明るみになると彼も困るだろう。
すでに舞踏会の話に興味を失い、帳簿を手に取りパラパラとページをめくるルシファーをちらりと見る。エスコートとなると、血縁の男性か恋人とというのが通例だけれど――。
(ルシファーは少年の姿だし、そもそも自分を追放した場所に行きたいとは思わないでしょうね。お願いするのは憚られるわ。そうなると……)
付き合いのある成人男性などベアトリクスには多くない。そのうえ舞踏会のエスコートを頼むとあっては、当てはひとりだった。
(ミカエル様にお願いしてみようかしら?)
ルシファーとミカエルは仲が良いようだし、彼ならばきっと理解してくれるだろう。
そしてベアトリクスには、一つ考えがあった。
(ルシファーに呪いをかけた大魔法使い様はいらっしゃるかしら。呪いを解いてくださるよう嘆願する機会があれば……)
彼に掛けられた呪いは彼自身では解けないほど強力なものだと聞いている。この先ルシファーがどのような人生を歩むにしても、本来の姿を取り戻した方がいいに違いないと思っていた。
(少しでも彼の力になりたいわ)
天下の大魔法使いに意見をするなど命知らずだと誹られるような行いだ。けれどもルシファーのために自分ができることは多くない。そもそも面白半分で掛けられた呪いだというし、呪いをかけ続ける意味がないのならば、意外とあっさり解いてくれるかもしれない。
(よし、決まりね。うん、俄然舞踏会に参加する意欲が湧いてきたわ!)
招待状を丁寧にポケットに仕舞い込み、明日にでもミカエルを訪問しようと決めたのだった。
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