ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第二十七話
「ルシファー。一体どこに向かっているの? こちらには王城しかないわよ」
「いいんだ。城の裏手が目的地だ」
やって来たのは広大な城の外壁である。街に面した正面の方向ではなく、山に面した裏手側にあたるほうで、人通りはない。ルシファーは灰色の高い城壁を右手に眺めながら何かを探している様子だ。
「おっ、あったあった。塞がれていなくてよかった。ここから入るぞ」
見ると、城壁に小さな穴が開いている。雑草が茂っていて傍目には分かりづらいが、屈めば人ひとりは通り抜けられそうな大きさだ。
「ルシファー。何を考えているのか知らないけれど、勝手に敷地内に入ってはまずいわ。王族と城勤めの使用人以外は立ち入り禁止のはずよ」
「元、がつくならまあ大丈夫だろう。この時間は使用人も休憩時間で出払うし、万が一誰かに見られたら忘却魔法をかけるだけだ」
「……?」
元がつく、とはどういう意味なのかしら。ルシファーは田舎の子爵令息だと聞いているし、血縁に王族の方がいるのかしら……?
嬉々とした様子のルシファーに続き、首をひねりながら穴をくぐり抜けるベアトリクス。彼の言う通り中に人の気配はなく、倉庫のように地味な建物が立ち並んでいるだけだった。
「大丈夫か? こっちだ」
彼の案内はまるで馴染みの場所かのようにスムーズだ。倉庫や廃材置き場を抜けて山の斜面に出ると、うっそうと茂る木々の前で彼は呪文を唱えた。
「פתח את שביל האור」
すると目の前の樹木が次々と左右にしなり、山奥に向かってひとつの道が開けたではないか。
(すごいわ! 古い物語で大海を割った賢者のお話があったけれど、ルシファーは山を切り拓けるのね……!)
目を丸くして感動するベアトリクスを見て、彼は優しくその手を取る。
「行くぞ。頂上からの眺めは至高だ」
「ええ!」
城に不法侵入していることなど、いつの間にか頭の片隅に追いやられていた。元来活発な性格のベアトリクスは弾む心で彼の手を握り返したのだった。
◇
「素晴らしい眺めね。王国が一望できるどころか、地平線に見えるのはソルシエールの枢機塔ではなくって?」
「そうだ。東にぼんやりと見えるのはナーゼル山脈だな。ここは俺の特別な場所だが、おまえには見せてやりたいと思った」
「まあ、それは光栄ね。確かにこの景色は独り占めしたくなりますわね。見せてくれて嬉しいわ」
健脚なふたりは小一時間ほどで頂上に到達し、並んで岩の上に座っていた。頬を撫で髪をなびかせる風は心地よく、手を伸ばせば雲に触れられそうなほど空が近く感じる。
「……こうして見ると、世界って広いのね。まだまだ知らない物事がたくさんあると感じるわ」
「グラディウスは大陸の中では小国だからな。屈強だが、決して強大ではない」
ルシファーの横顔はどこか物寂しそうな表情だった。けれども、その言葉には確かな重みが感じられて、ベアトリクスは尋ねる。
「……ルシファー。わたくしに何か言いたいことがあるのではなくて?」
彼は今朝から様子がおかしかった。そして今も普通の貴族令息では知り得ない場所に案内し、彼の「特別」を分け与えてくれている。何か理由があるに違いないと思った。
ルシファーは少し微笑んで、彼女に紫色の瞳を向ける。
「おまえにほんとうのことを伝えたい」
目を瞬かせるベアトリクスに、一息ついて彼は切り出した。
「俺は子爵令息じゃない。この国の第四王子、ルシファーだ」
ベアトリクスははっと目を見開き、わずかに唇を開いた。けれどもルシファーが先を続ける。
「王子といっても、おまえも知っての通り俺は追放されている。父に追放を言い渡されたとき、師匠に魔法をかけられてこのような姿になってしまったんだ。……身分を偽っていて悪かった。そして、おまえに呪いをかけたことも」
言い終えて、彼は深々と頭を下げた。王族が格下の者に頭を下げるなどあり得ないことで、特に気位の高いルシファーがそのような行動をとったことにベアトリクスは慌てふためく。
「でっ、殿下! おやめください。わたくしなどにそのような態度をとってはなりません」
慌てて彼の肩に手をかけたものの、王族に触れることは不敬に当たると思い出し、ぱっと手を引っ込める。
その行動を受けて、ルシファーは悲しそうに眉を下げた。
「もう王子ではないのだから殿下と呼ぶのはやめて欲しい。態度も今まで通りに接してくれないだろうか。……いや、おまえに呪いをかけ、だましていたことを考えると当然の態度だろうな。おまえが俺を許すまで、何度でも頭など下げよう」
ますます項垂れる彼を前にして、ベアトリクスは心の底から気にしないで欲しいということを伝える。
「いえ、いいんです。呪いの件は以前にもお話した通り、殿下にはむしろ感謝しているんです。わたくしは今の生活が一番幸せなのですから。身分を偽っていたことですけれど……それは、正直なところ驚きました。けれど、嫌な気持ちは感じておりませんわ。ゴミ屋敷令嬢と呼ばれるわたくしに対して警戒を覚えるのは当然のこと。今こうして打ち明けて下さったことに感謝するのみですわ」
「ベアトリクス……」
「許すとか許さないとか、最初からそういう問題ではございませんわ。わたくしにとって殿下……ルシファーは、最初からルシファーでしたもの」
白い歯を見せてにこりと笑うベアトリクスは、抜けるような青空と燦燦とした太陽よりも美しく見えた。
(彼女はほんとうに美しい)
ルシファーは彼女の全てを手に入れたいと、無意識のうちに強く感じていた。
陽の光を受けて艶めく金髪も、なだらかな形の良い眉も、薄く色づいたふっくらとした頬も。そして何より内面の強さと清廉さに強く惹かれていた。
「俺は、おまえが好きだ」
強い想いは言葉となって溢れ出る。
「いいんだ。城の裏手が目的地だ」
やって来たのは広大な城の外壁である。街に面した正面の方向ではなく、山に面した裏手側にあたるほうで、人通りはない。ルシファーは灰色の高い城壁を右手に眺めながら何かを探している様子だ。
「おっ、あったあった。塞がれていなくてよかった。ここから入るぞ」
見ると、城壁に小さな穴が開いている。雑草が茂っていて傍目には分かりづらいが、屈めば人ひとりは通り抜けられそうな大きさだ。
「ルシファー。何を考えているのか知らないけれど、勝手に敷地内に入ってはまずいわ。王族と城勤めの使用人以外は立ち入り禁止のはずよ」
「元、がつくならまあ大丈夫だろう。この時間は使用人も休憩時間で出払うし、万が一誰かに見られたら忘却魔法をかけるだけだ」
「……?」
元がつく、とはどういう意味なのかしら。ルシファーは田舎の子爵令息だと聞いているし、血縁に王族の方がいるのかしら……?
嬉々とした様子のルシファーに続き、首をひねりながら穴をくぐり抜けるベアトリクス。彼の言う通り中に人の気配はなく、倉庫のように地味な建物が立ち並んでいるだけだった。
「大丈夫か? こっちだ」
彼の案内はまるで馴染みの場所かのようにスムーズだ。倉庫や廃材置き場を抜けて山の斜面に出ると、うっそうと茂る木々の前で彼は呪文を唱えた。
「פתח את שביל האור」
すると目の前の樹木が次々と左右にしなり、山奥に向かってひとつの道が開けたではないか。
(すごいわ! 古い物語で大海を割った賢者のお話があったけれど、ルシファーは山を切り拓けるのね……!)
目を丸くして感動するベアトリクスを見て、彼は優しくその手を取る。
「行くぞ。頂上からの眺めは至高だ」
「ええ!」
城に不法侵入していることなど、いつの間にか頭の片隅に追いやられていた。元来活発な性格のベアトリクスは弾む心で彼の手を握り返したのだった。
◇
「素晴らしい眺めね。王国が一望できるどころか、地平線に見えるのはソルシエールの枢機塔ではなくって?」
「そうだ。東にぼんやりと見えるのはナーゼル山脈だな。ここは俺の特別な場所だが、おまえには見せてやりたいと思った」
「まあ、それは光栄ね。確かにこの景色は独り占めしたくなりますわね。見せてくれて嬉しいわ」
健脚なふたりは小一時間ほどで頂上に到達し、並んで岩の上に座っていた。頬を撫で髪をなびかせる風は心地よく、手を伸ばせば雲に触れられそうなほど空が近く感じる。
「……こうして見ると、世界って広いのね。まだまだ知らない物事がたくさんあると感じるわ」
「グラディウスは大陸の中では小国だからな。屈強だが、決して強大ではない」
ルシファーの横顔はどこか物寂しそうな表情だった。けれども、その言葉には確かな重みが感じられて、ベアトリクスは尋ねる。
「……ルシファー。わたくしに何か言いたいことがあるのではなくて?」
彼は今朝から様子がおかしかった。そして今も普通の貴族令息では知り得ない場所に案内し、彼の「特別」を分け与えてくれている。何か理由があるに違いないと思った。
ルシファーは少し微笑んで、彼女に紫色の瞳を向ける。
「おまえにほんとうのことを伝えたい」
目を瞬かせるベアトリクスに、一息ついて彼は切り出した。
「俺は子爵令息じゃない。この国の第四王子、ルシファーだ」
ベアトリクスははっと目を見開き、わずかに唇を開いた。けれどもルシファーが先を続ける。
「王子といっても、おまえも知っての通り俺は追放されている。父に追放を言い渡されたとき、師匠に魔法をかけられてこのような姿になってしまったんだ。……身分を偽っていて悪かった。そして、おまえに呪いをかけたことも」
言い終えて、彼は深々と頭を下げた。王族が格下の者に頭を下げるなどあり得ないことで、特に気位の高いルシファーがそのような行動をとったことにベアトリクスは慌てふためく。
「でっ、殿下! おやめください。わたくしなどにそのような態度をとってはなりません」
慌てて彼の肩に手をかけたものの、王族に触れることは不敬に当たると思い出し、ぱっと手を引っ込める。
その行動を受けて、ルシファーは悲しそうに眉を下げた。
「もう王子ではないのだから殿下と呼ぶのはやめて欲しい。態度も今まで通りに接してくれないだろうか。……いや、おまえに呪いをかけ、だましていたことを考えると当然の態度だろうな。おまえが俺を許すまで、何度でも頭など下げよう」
ますます項垂れる彼を前にして、ベアトリクスは心の底から気にしないで欲しいということを伝える。
「いえ、いいんです。呪いの件は以前にもお話した通り、殿下にはむしろ感謝しているんです。わたくしは今の生活が一番幸せなのですから。身分を偽っていたことですけれど……それは、正直なところ驚きました。けれど、嫌な気持ちは感じておりませんわ。ゴミ屋敷令嬢と呼ばれるわたくしに対して警戒を覚えるのは当然のこと。今こうして打ち明けて下さったことに感謝するのみですわ」
「ベアトリクス……」
「許すとか許さないとか、最初からそういう問題ではございませんわ。わたくしにとって殿下……ルシファーは、最初からルシファーでしたもの」
白い歯を見せてにこりと笑うベアトリクスは、抜けるような青空と燦燦とした太陽よりも美しく見えた。
(彼女はほんとうに美しい)
ルシファーは彼女の全てを手に入れたいと、無意識のうちに強く感じていた。
陽の光を受けて艶めく金髪も、なだらかな形の良い眉も、薄く色づいたふっくらとした頬も。そして何より内面の強さと清廉さに強く惹かれていた。
「俺は、おまえが好きだ」
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