ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第二十六話

 ゴミ拾いに着いてきたルシファーは、火ばさみを使って黙々とゴミを拾い続けている。

(ゴミに関することだけは無理だと言っていなかったかしら? 潔癖症なのだとばかり思っていたけれど)

 気もそぞろなベアトリクスはちらちらと視線を遣るけれど、真剣な横顔はそれに気が付かない。きびきびとした動きで的確にごみを収集している姿は、さすが元軍属の魔法使いだけあって無駄がない。

(朝食を作ってみたり、服装を褒めてみたり、ゴミ拾いをしてみたり。どれも初めてのことだわ。何か裏があるのではないかしら……?)

 なんとなくいつもの調子が出ないものの、ふたり手分けして街の清掃に精を出していると、あっという間に昼時を迎えていた。

「一度屋敷に戻って食事にしましょうか」

 拾ったゴミを屋敷に置きがてら昼食を取り、再び午後のゴミ拾いに出るというのがいつもの流れだ。
 ところがルシファーは首を横に振った。

「屋敷に荷物を置いたら食事は外で食べよう。もう店に目星はつけているから」
「外食、ですか」
「もちろん支払いは俺がする。おまえは俺の我儘に付き合ってくれたらいいんだ。気楽に料理を楽しんでくれたらいい」
「……」

 節約をしているので日ごろ外食をすることなどほとんどない。もちろん今日は特別な日ではないし、あえて外食をする理由は一つも見当たらないのだけれど……。
 困惑しながらじいっとルシファーの顔を見ると、彼の耳にさっと朱がさした。

「た、たまには良いものを食べたいと思っただけだ! ほら、混む前に行くぞ!」

 そう言うと彼は踵を返し、ぽかんとするベアトリクスを残して通りをずんずんと進むのだった。

 ◇

 連れて行かれたのは、近ごろ平民の間で話題になっている店だった。西方の郷土料理を出す店で、少々値は張るものの、看板料理であるたっぷりの蒸かしたアマナ芋にホワイトソースとチーズを掛けて焼いたグラタンは女性を中心に大人気だ。

(評判通りとっても美味しいわね。溶けたチーズが熱々のお芋に絡んで最高だわ!)

 街の人々が話しているのを小耳に挟んで気にはなっていたものの、来ることは無いだろうと思っていた。
 しかし、どういうわけか自分は今この店にいて、想像をはるかに超える小悪魔的な美味しさの最中にいる。ほっぺたが落ちそうというのはまさにこのことだ。
 頬に手を当てて打ち震えるベアトリクスを見て、ルシファーはふっと相好を崩す。

「美味いか? たくさん食べろ。おまえは粗食すぎるから、たまにはこういうものも食べるべきだ」
「……!!」

 彼は自分の料理に手を付けることもなく、頬杖をついてじっと自分が食べる姿を眺めていた。
 その見たこともない穏やかな視線に心臓がドキッと音を立てて跳ねる。

「るっ、ルシファーも早くお食べなさいな。冷めてしまいますわよ」
「これもおまえの分だ。おかわりを注文すると時間が掛かるから。こうしておけば、それを食べ終わるころには適温になっているだろう?」
「えっ」

 思ってもみない返答に、心臓がさらに悲鳴を上げた。

(こっ、これではまるで……!)

 気恥ずかしさを必死に抑え、そろりと周囲を見渡す。食事に来ている客はカップルや若い夫婦が多く、『ちょっといいデート』に来ましたという雰囲気だ。料理を食べさせ合ったり顔を近づけて談笑したりと、今更ながらベアトリクスは自分がとても幸せな空間の中にいることに気が付いた。

(そっ、そんなわけないじゃない! 流行っているから連れてきてくれただけよ! なにより今のわたくしたちは姉弟にしか見えていないはずだわ。顔を赤くしたら変に思われてしまう)

 そっとルシファーに視線を戻すと、目が合った彼は優しく微笑んだ。一見少年の無垢な笑顔にみえるその表情の奥に、ベアトリクスは大人の彼の姿を思い起こして顔を赤くしてしまう。
 先ほどから胸の鼓動がうるさいぐらいに高鳴っている。ルシファーの視線を感じながらも、ベアトリクスは落ち着かない気持ちでしっかり二人前を食べ終えた。

「よし。午後だが、街の掃除はもう終わったよな?」
「ええ。二人でやったから、実のところ一日分の作業が終わってしまったの。西の森か南の荒野に足を伸ばし――」
「じゃあ、俺の行きたい所に行ってもいいか?」
「えっ?」

 ルシファーから衣食住以外で提案をされるなんて初めてのことだ。思わず聞き返すと彼は少しはにかんだ様子で横に目を逸らした。

「……お前の知らない場所だから、ゴミがあるかもしれない」
「ゴミ拾いができるのでしたら、どこでも構わないですけれど……」

 じゃあ決まりだな、と笑ってルシファーは席を立つ。あれよという間に会計を済ませ、店外へエスコートした。ぽかぽかと温かい日差しがふたりに降り注ぐ。

「なんだか申し訳ないわね。安くないお料理をご馳走になってしまって」
「気にするな。今までおまえに世話してもらったぶんには到底及ばない。少しずつ返させてくれ」
「返すだなんて。そのことを気にしてもてなしてくれていたのなら、必要ないわ。だって、あなたはわたくしの家族のようなものですもの」
「えっ」

 赤い顔をして固まるルシファーを見て、ベアトリクスははっとして慌てた声を出す。

「べっ、別に変な意味ではないわ! あなたはわたくしが拾ったんですもの。生活を整えるのは当たり前のことだと言いたかったの!」
「わ、分かっている」

 どこかぎくしゃくしながら、二人は次の目的地を目指した。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品