ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第二十四話
真っ暗な蚤の市の会場。遠くに打ち上がる花火をぼんやりと眺めながら、荷物の前にはレオが座っていた。
「レオ! 見張りの冒険者って、あなただったのね」
「ベアトリクス様! あなた様の荷物だったのですか? やたら見た目のいい青年につかまって、急に荷物番を頼まれましてね」
「そうだったの。ごめんなさいね、よりによって星の市の日に。花火、近くで見たかったでしょう」
ベアトリクスがすまなそうに眉を下げると、レオはいやいやと手を振った。
「いいんですよ! 俺は独り身だし、なんとなく市に出てきましたけど、花火よりこっちのほうが好きなんでね」
そう言ってレオは笑い、ルシファーからもらった銀貨を取り出した。
ベアトリクスもつられてくすりと笑う。
「まあ、レオったら。では、銀色の硬貨をもう一枚追加しますから、わたくしを屋敷まで送ってくださらない?」
「もちろんです、マイ・レディ」
芝居がかったレオの行動に、張り詰めていたベアトリクスの心が少し緩んだ。レオは腕利きの現役冒険者だから、そんな相手とやり合おうという人はいないだろう。
(もう安心ね。はあ、ひどい目に遭ったわ)
◇
二人で荷車を引きながらゴミ屋敷を目指す。とはいえベアトリクスはレオが引く持ち手に手を添えているだけだが。
街の繁華街には灯りがともり、花火に興味がない冒険者たちの豪快な笑い声が通りまで聞こえてくる。先ほどベアトリクスの身に起こったことがまるで夢かのように、夜の賑やかな星の市の光景が広がっている。
その様子を、彼女はぼうっと眺めながら歩いていく。
「…………」
「……ベアトリクス様。何かあったんですか?」
「えっ?」
レオが真面目な顔で尋ねる。髭もじゃの顔に似合わぬくりっとした目が、街の灯りで余計に輝いて見えた。
何かあったかと聞かれれば、何かはあったのだが。結果的には無事だったし余計な心配をかけたくないので、彼女は言葉を濁した。
「何もないわよ。どうしてそう思ったのかしら?」
「いやなに。ずいぶんとお顔が赤いうえ、ぼんやりしてらっしゃるので――」
その言葉にドキッと心臓が跳ねた。
――そう。実はずっと、胸が落ち着かないのだ。
もう駄目だ、襲われる。そう覚悟を決めたとき助けに来てくれた青年の姿を思い起こすたびに、どうしようもなく顔が熱を持ってしまう。
ここは戦場かと思うほど冷え切った氷のような表情。争いごとに疎いベアトリクスでもはっきり感じられた圧倒的な殺気。初めて見る表情と見事な戦闘に、一瞬たりとも目が離せなかった。
救出された後に流れた涙だって、安心と、嬉しさと、他にも様々な感情が入り混じって思わず零れたものだった。ポイ捨てしてしまったからというのは苦し紛れの言い訳にすぎない。
「……わたし、どうしてしまったのかしら」
ぽつりと呟く。
呪いを受けてからというもの、毎日ゴミ拾いのことだけを考えて生きてきた。誰かを好きになるとか、胸が高鳴るとか、そういった経験などしたことがない。自分には無縁なことだと思っていた。
「あの~、ベアトリクス様? やっぱりお加減悪いんですか? 暑かったから、こりゃあ熱中症かもしれないですよ。帰ったら水分補給をして、早く寝た方がいい」
「……そうね。頭を冷やした方がいいわ」
心配そうなレオの表情に気づくことなく、ベアトリクスは少し先の地面に目を落とす。
ルシファーは訳ありだが才能のある魔法使いだ。本来の性格は優しく頼りになるし、これからいくらでも輝かしい人生を送ることができるだろう。
一方で、自分は巷でゴミ屋敷令嬢と呼ばれる異端な存在だ。理解してくれる人も多いが、好奇の目で見てくる人も当然いる。
自分の生き方を恥じているわけではない。しかし、相手の足かせになるようなら、自分の気持ちは隠しておきたいと思った。
街の明かりに浮かび上がる顔色が、今度は青ざめてくる。
「ベ、ベアトリクス様! 顔色が悪くなってきましたよ!? 急ぎましょう!」
「……ええ」
様子のおかしい彼女を気遣って、レオは黙って家路を急ぐ。
歓楽街を抜けて貴族街に入ると途端に静寂が訪れる。時折聞こえる花火の音と、続く歓声だけが星空に吸い込まれる。
(花火、ルシファーと見たかったわ……)
ふとそんなことを考えて、どこか寂しい気持ちになるベアトリクスだった。
【第1回BKコミックスf令嬢小説コンテスト応募原稿はここまでです。現時点で物語全体のおよそ半分となります】
「レオ! 見張りの冒険者って、あなただったのね」
「ベアトリクス様! あなた様の荷物だったのですか? やたら見た目のいい青年につかまって、急に荷物番を頼まれましてね」
「そうだったの。ごめんなさいね、よりによって星の市の日に。花火、近くで見たかったでしょう」
ベアトリクスがすまなそうに眉を下げると、レオはいやいやと手を振った。
「いいんですよ! 俺は独り身だし、なんとなく市に出てきましたけど、花火よりこっちのほうが好きなんでね」
そう言ってレオは笑い、ルシファーからもらった銀貨を取り出した。
ベアトリクスもつられてくすりと笑う。
「まあ、レオったら。では、銀色の硬貨をもう一枚追加しますから、わたくしを屋敷まで送ってくださらない?」
「もちろんです、マイ・レディ」
芝居がかったレオの行動に、張り詰めていたベアトリクスの心が少し緩んだ。レオは腕利きの現役冒険者だから、そんな相手とやり合おうという人はいないだろう。
(もう安心ね。はあ、ひどい目に遭ったわ)
◇
二人で荷車を引きながらゴミ屋敷を目指す。とはいえベアトリクスはレオが引く持ち手に手を添えているだけだが。
街の繁華街には灯りがともり、花火に興味がない冒険者たちの豪快な笑い声が通りまで聞こえてくる。先ほどベアトリクスの身に起こったことがまるで夢かのように、夜の賑やかな星の市の光景が広がっている。
その様子を、彼女はぼうっと眺めながら歩いていく。
「…………」
「……ベアトリクス様。何かあったんですか?」
「えっ?」
レオが真面目な顔で尋ねる。髭もじゃの顔に似合わぬくりっとした目が、街の灯りで余計に輝いて見えた。
何かあったかと聞かれれば、何かはあったのだが。結果的には無事だったし余計な心配をかけたくないので、彼女は言葉を濁した。
「何もないわよ。どうしてそう思ったのかしら?」
「いやなに。ずいぶんとお顔が赤いうえ、ぼんやりしてらっしゃるので――」
その言葉にドキッと心臓が跳ねた。
――そう。実はずっと、胸が落ち着かないのだ。
もう駄目だ、襲われる。そう覚悟を決めたとき助けに来てくれた青年の姿を思い起こすたびに、どうしようもなく顔が熱を持ってしまう。
ここは戦場かと思うほど冷え切った氷のような表情。争いごとに疎いベアトリクスでもはっきり感じられた圧倒的な殺気。初めて見る表情と見事な戦闘に、一瞬たりとも目が離せなかった。
救出された後に流れた涙だって、安心と、嬉しさと、他にも様々な感情が入り混じって思わず零れたものだった。ポイ捨てしてしまったからというのは苦し紛れの言い訳にすぎない。
「……わたし、どうしてしまったのかしら」
ぽつりと呟く。
呪いを受けてからというもの、毎日ゴミ拾いのことだけを考えて生きてきた。誰かを好きになるとか、胸が高鳴るとか、そういった経験などしたことがない。自分には無縁なことだと思っていた。
「あの~、ベアトリクス様? やっぱりお加減悪いんですか? 暑かったから、こりゃあ熱中症かもしれないですよ。帰ったら水分補給をして、早く寝た方がいい」
「……そうね。頭を冷やした方がいいわ」
心配そうなレオの表情に気づくことなく、ベアトリクスは少し先の地面に目を落とす。
ルシファーは訳ありだが才能のある魔法使いだ。本来の性格は優しく頼りになるし、これからいくらでも輝かしい人生を送ることができるだろう。
一方で、自分は巷でゴミ屋敷令嬢と呼ばれる異端な存在だ。理解してくれる人も多いが、好奇の目で見てくる人も当然いる。
自分の生き方を恥じているわけではない。しかし、相手の足かせになるようなら、自分の気持ちは隠しておきたいと思った。
街の明かりに浮かび上がる顔色が、今度は青ざめてくる。
「ベ、ベアトリクス様! 顔色が悪くなってきましたよ!? 急ぎましょう!」
「……ええ」
様子のおかしい彼女を気遣って、レオは黙って家路を急ぐ。
歓楽街を抜けて貴族街に入ると途端に静寂が訪れる。時折聞こえる花火の音と、続く歓声だけが星空に吸い込まれる。
(花火、ルシファーと見たかったわ……)
ふとそんなことを考えて、どこか寂しい気持ちになるベアトリクスだった。
【第1回BKコミックスf令嬢小説コンテスト応募原稿はここまでです。現時点で物語全体のおよそ半分となります】
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