ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第二十話
準備が終わり、品物を並べてお客さんを待つ。天気は快晴で、夏の日差しが降り注いでいる。
つば広の帽子をかぶるベアトリクスだが、思わず扇子を取り出してぱたぱたと仰ぐ。
「ルシファーは暑くないの? こんなに暑いのに、いつも長袖に長ズボンじゃない」
「俺か?」
最初はゴミ屋敷にある古着をあてがわれていたが、店番係で給金をもうらうようになってからは、自分で購入した服を身に着けるようになった。それはだいたい黒いシャツに黒いズボンで、その上からローブを羽織っていることもある。
黒色は熱を吸収しやすいし、長袖である。しかしその顔には汗一粒なく平然としている。
「暑いけどな。戦場にいることが多かったから、肌を隠す癖がついているのかもしれない」
「怪我をしにくいように、ということですの?」
「そうだ。あとは、いざという時に布を切って使うこともできるからな」
「そうなの。……その傷はどうしたの?」
唯一見えている手の甲にはいくつもの傷跡が付いている。尋ねると、ルシファーは魔法使いだが、状況によっては剣を持って戦うこともあったという。
「まあ、今は10歳の姿だからな。これは戦地ではなく稽古のときについた傷だ」
「幼いころから鍛錬をしていたのね。戦地なんてわたくしには想像もつかない場所だけれど、国のためにありがとう」
小さな子どもの手に似つかわしくない、瘢痕化した傷跡。ベアトリクスは思わず手を伸ばして触れた。
「ベ、ベアトリクス?」
「――あっ、ごめんなさい! どれだけ大変な思いをしてきたのかしらと考えたら、つい!」
二人の間に緊張感をはらんだ妙な空気が流れた。
「ベアトリクス様、こんにちは。子供服が欲しいんですけど、ありますか?」
「い、いらっしゃいませ! 子供服ですね、たくさんありますよ」
よかった、お客さんだ。自然な形で気まずい空気が中和されたことにベアトリクスは安堵した。綺麗に洗濯した子供服を女性の前に並べ、どれがいいかと話し始める。
その隣で、ルシファーは真っ赤な顔をしていた。
◇
日が傾き、空が茜色に染まっていく。
蚤の市の出店時間は終わり、出店者たちは片付けに取り掛かっていた。酒や食事を扱う屋台だけが残り、他の人々は花火がよく見える場所へと移動し始めていた。
「結構減りましたわね。古着が少々売れ残りましたけれど、木箱ひとつで間に合いそうだわ」
「初めて市に参加したが、こんなに盛り上がっているんだな」
「ルシファーは田舎出身だし、若いころから鍛錬に励んでいたものね。どう? 今日は楽しめたかしら?」
達成感に溢れた爽やかな表情でベアトリクスが尋ねる。
「そうだな。またひとつ、新しい世界を知ることができて有意義だった」
「ふふっ。最近のルシファーはなんだか真面目ね」
「うるさい」
ルシファーが照れた様子でそっぽを向くと、彼のお腹がきゅうと鳴いた。
「……」
「お腹、空いたの?」
一日中賑やかな市にいて、昼食も片手間にサンドイッチを食べた程度だ。育ち盛りのルシファーには足りていなかったのかもしれない。
事前の準備も含め、よく手伝ってくれたルシファーにお礼をしようとベアトリクスは財布を取り出し元気よく言う。
「軽食と飲み物を買ってくるわ。せっかく市に来たのだから、わたくしたちも雰囲気を楽しみましょう」
「いや、俺のことは気にするな。明日もゴミ拾いで早いんだろう」
「飲食するくらいの余裕はあるわよ。とにかく、ここで待っていて。あなたの好きなペンネ料理の屋台があったはずだわ」
「あっ、おい」
ルシファーが引き留める間もなくベアトリクスは去っていった。追いかけようにも荷物があるのでここを離れるわけにはいかない。仕方がないのでルシファーは待つことにした。
ベアトリクスの後ろを、ふたつの影がつけているとも知らずに。
つば広の帽子をかぶるベアトリクスだが、思わず扇子を取り出してぱたぱたと仰ぐ。
「ルシファーは暑くないの? こんなに暑いのに、いつも長袖に長ズボンじゃない」
「俺か?」
最初はゴミ屋敷にある古着をあてがわれていたが、店番係で給金をもうらうようになってからは、自分で購入した服を身に着けるようになった。それはだいたい黒いシャツに黒いズボンで、その上からローブを羽織っていることもある。
黒色は熱を吸収しやすいし、長袖である。しかしその顔には汗一粒なく平然としている。
「暑いけどな。戦場にいることが多かったから、肌を隠す癖がついているのかもしれない」
「怪我をしにくいように、ということですの?」
「そうだ。あとは、いざという時に布を切って使うこともできるからな」
「そうなの。……その傷はどうしたの?」
唯一見えている手の甲にはいくつもの傷跡が付いている。尋ねると、ルシファーは魔法使いだが、状況によっては剣を持って戦うこともあったという。
「まあ、今は10歳の姿だからな。これは戦地ではなく稽古のときについた傷だ」
「幼いころから鍛錬をしていたのね。戦地なんてわたくしには想像もつかない場所だけれど、国のためにありがとう」
小さな子どもの手に似つかわしくない、瘢痕化した傷跡。ベアトリクスは思わず手を伸ばして触れた。
「ベ、ベアトリクス?」
「――あっ、ごめんなさい! どれだけ大変な思いをしてきたのかしらと考えたら、つい!」
二人の間に緊張感をはらんだ妙な空気が流れた。
「ベアトリクス様、こんにちは。子供服が欲しいんですけど、ありますか?」
「い、いらっしゃいませ! 子供服ですね、たくさんありますよ」
よかった、お客さんだ。自然な形で気まずい空気が中和されたことにベアトリクスは安堵した。綺麗に洗濯した子供服を女性の前に並べ、どれがいいかと話し始める。
その隣で、ルシファーは真っ赤な顔をしていた。
◇
日が傾き、空が茜色に染まっていく。
蚤の市の出店時間は終わり、出店者たちは片付けに取り掛かっていた。酒や食事を扱う屋台だけが残り、他の人々は花火がよく見える場所へと移動し始めていた。
「結構減りましたわね。古着が少々売れ残りましたけれど、木箱ひとつで間に合いそうだわ」
「初めて市に参加したが、こんなに盛り上がっているんだな」
「ルシファーは田舎出身だし、若いころから鍛錬に励んでいたものね。どう? 今日は楽しめたかしら?」
達成感に溢れた爽やかな表情でベアトリクスが尋ねる。
「そうだな。またひとつ、新しい世界を知ることができて有意義だった」
「ふふっ。最近のルシファーはなんだか真面目ね」
「うるさい」
ルシファーが照れた様子でそっぽを向くと、彼のお腹がきゅうと鳴いた。
「……」
「お腹、空いたの?」
一日中賑やかな市にいて、昼食も片手間にサンドイッチを食べた程度だ。育ち盛りのルシファーには足りていなかったのかもしれない。
事前の準備も含め、よく手伝ってくれたルシファーにお礼をしようとベアトリクスは財布を取り出し元気よく言う。
「軽食と飲み物を買ってくるわ。せっかく市に来たのだから、わたくしたちも雰囲気を楽しみましょう」
「いや、俺のことは気にするな。明日もゴミ拾いで早いんだろう」
「飲食するくらいの余裕はあるわよ。とにかく、ここで待っていて。あなたの好きなペンネ料理の屋台があったはずだわ」
「あっ、おい」
ルシファーが引き留める間もなくベアトリクスは去っていった。追いかけようにも荷物があるのでここを離れるわけにはいかない。仕方がないのでルシファーは待つことにした。
ベアトリクスの後ろを、ふたつの影がつけているとも知らずに。
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