ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第十八話
翌日。ベアトリクスとルシファーは山盛りの支援物資を持って孤児院を訪問していた。
平民街の外れも外れ、家屋がぽつぽつと佇む荒野の中にそれはあった。
「ずいぶんボロいな」
言葉を選ばずに感嘆するルシファー。
それもそのはず、それ以外の感想を持つ方が難しかった。孤児院というよりあばら屋と表現したほうが遥かに現状を正確に反映している。木造の平屋は半分崩れかかっていて、ぎりぎり雨風は凌げるだろうが、暑さ寒さに対しては無防備な建物だった。
窓のように四角く抜けた場所からは、薄汚れた顔の子供達がふたりを興味深げに覗いている。
「国王様が、孤児たちのことをもっと考えてくれたらいいのだけれどね。現状こういった福祉に対する予算は僅かだから、補修ができないみたい」
手分けして車から麻袋を下ろす。
「院長様、ベアトリクスが参りました!」
「おや! これはこれは……。いつもありがとうございます、ベアトリクス様」
大きな声を出せば、風通しのいい建物内にはすぐ聞こえる。すぐに僧侶のような長いローブを着た老婆が出てきた。
「おや。こちらのお方は……?」
老婆はベアトリクスの隣にいるルシファーに気が付き、不思議そうな声を出す。
「こちらはルシファーです。行き倒れたところを拾いまして、今はわたくしの仕事を手伝ってくれているのです」
「なんとまあ、幸運な少年ですね。ベアトリクス様と一緒なら何も心配はいりませんね」
手を合わせて、なぜかルシファーを拝む老婆。
(俺はまだ死んでないぞ)
そう思いながらも、軽く会釈を返しておいた。
「では、さっそく物資をお渡ししますね。こちらの袋が古着で、これとこれが保存食です」
「いつもたくさんありがとうございます……。ベアトリクス様の御支援がなかったら、わたくし共はとうに飢えて死んでおりました。これで向こう2か月はやりくりができます」
「他にご入用なものはありませんか?」
「そうですね……。贅沢を言うようで心苦しいのですが、最近赤ん坊が増えまして、おしめになる布が多めにあるとありがたく存じます」
「おしめの布ですね。分かりました。近日中に、また届けに来ます」
「なんとまあ。ベアトリクス様の御慈悲に感謝いたします」
老婆はベトリクスの両手を掴み、はらはらと涙を流した。その粒は乾いた大地にこぼれ落ち、瞬く間に地面に染み込んでいく。
ベアトリクスははにかみながら残りの荷物に視線を向ける。
「今日も子供たちにお菓子を持って来ました。配ってもよいですか?」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。ええ、ええ、お断りするはずがありません。子供たちも、ベアトリクス様のご訪問だけが日々の楽しみなのですから」
いつの間にか数十人の子ども達が建物から出てきていて、わくわくした目でベアトリクスを見つめている。
その視線に気が付いたベアトリクスは、ひとつ声のトーンを上げた。
「さあみんな! 院長様のお許しが出たから、今日もお菓子を配るわね!」
その宣言に、わあっと可愛らしい歓声が上がる。ベアトリクスはお菓子をたくさん詰めてきた袋を開く。
(昨夜、遅くまで何か作っていると思ったら。このためのものだったのか)
袋の中には、昨夜の夕食後からベアトリクスが焼いたクッキーがぎっしり詰まっていた。
プレーンなものから、チョコチップが入ったもの、ナッツがトッピングされているものなど、たくさん種類があった。
「たくさん焼いたから安心してね。小さい子から順番に並んでちょうだい! ……ルシファー、あなたが配ってくれる? わたくしは赤ちゃんの様子を見に行きたいわ」
「お、おう……」
反射的に返事をしてしまったものの、どうすればいいのか。普通にクッキーを手渡せばいいのか? 戸惑うルシファーの前に、期待に目を輝かせた3歳ほどの男の子が並ぶ。
「クッキー、くださいな!」
「あ……。こ、これでいいか?」
「ありがと!」
チョコチップクッキーを貰った男の子は、舌ったらずな発音でお礼を言った。
「次は僕だよ。この、ナッツのやつがいい」
「ほ、ほらよ」
「どうもありがとう」
「わたちはこの赤い実が乗ってるやつがいい!」
「わかった」
「……あなた、見ない子ね。なんていうの?」
「俺? ルシファーだ」
「ルシファー、ありがとう! また来ていいよ!」
子ども達は皆素直で、ルシファーが作ったわけでもないのにきちんとお礼を述べていく。
そのことに悪いなという気持ちになりながらも、同時にどこか温かい感情が生まれていた。
(こんな小さな子供が、汚い家で、飢えと戦いながら暮らしているのか)
これまでの人生、報われないことばかりで絶望していたルシファーだったが、この子たちに比べたらまだ良かったのではないかと思い始めた。子供時代の自分は城の暖かい部屋で眠ることができ、十分な食事を与えられていたのだから。早くに亡くなった母が生きていたころは、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてもらった記憶もある。
(つくづく、この国は脳筋なのだな)
父王や兄王子たちはグラディウスの男らしく軍事的なことにしか興味がない。孤児に対する救済政策なんて、城にいたころ見聞きしたことは一度もない。
そしてまた、ルシファー自身も無関心だったことに気が付き、彼は自分自身に失望する。
(俺の世界はこんなに狭かったんだ。世の中には困窮している民がたくさんいる)
もしかしたら、強さ以外にも大切なものがあるのかもしれない。父の政治は正しいのだろうか?
子ども達にクッキーを配りながら、ルシファーはすっきりとしない気持ちを抱えていた。
◇
孤児院からの帰り道。すっかり軽くなった荷車を引きながら、ベアトリクスがルシファーに声を掛ける。
「初めての孤児院はどうでした? 元貴族でしたら、驚いたのではないかしら?」
「ああ。正直、あんな場所だとは思わなかった」
「最初は戸惑っている様子でしたけれど、最後にはずいぶん懐かれていましたわね。一緒に遊びに誘われているのを見かけたわ」
「ちっ。この姿だからな」
ふふっ、とベアトリクスが笑みを漏らす。日頃不愛想なルシファーが、見かけ上は同じくらいの年頃の子ども達に翻弄される光景は、とても微笑ましいものだったからだ。
夕焼けが、水分のない荒野の地を鮮やかに染め上げていく。
「ルシファー。実はね、わたくしには夢があるんです」
「夢?」
ベアトリクスの方を見ると、彼女の横顔は茜色に染まっていて、いつも以上に凛々しく見えた。
「見たでしょう、あの子たち。グラディウスは土が悪いから自給自足ができないの。寄付や僅かに配分される公費で生活を賄うしかないのだけれど、それじゃあ全く足りないのよ。わたくしがゴミ屋敷令嬢と呼ばれるようになる前は、飢えで亡くなった子も多かったと聞いたわ」
「……」
「だからね、ルシファー」
ベアトリクスは青い瞳を輝かせる。長い金の睫毛が夕焼けの影を落とし、どこか幻想的な雰囲気を醸し出す。
「わたくしは、この国に溢れるゴミを再利用して肥料工場を建てたいの。屋敷の庭を見たでしょう? 肥料の成分を色々と改良して、ようやくあそこまで育つ配合を発見したの。お金を貯めて、工場を作って、荒野を畑にしたい。農作物を作れるようになれば飢える子供たちはいなくなるに違いないわ。……生ゴミが原因で命を落とす民もね」
さあっと荒野に風が吹き抜ける。豊かな金髪を右手で抑えながらベアトリクスは白い歯を見せた。
(そうだったのか……)
どこか照れくさそうな表情を浮かべるベアトリクスを、ルシファーは心から美しいと感じていた。
最初は呪いによってゴミを集めるようになってしまった哀れな令嬢だと思っていた。しかしそれは間違いで、彼女は日々前向きで朗らかに過ごし、呪いを利用してリサイクルショップで生計を立てていた。そしてそれすら更なる大きな夢の手段で、飢える国民をなくしたいということのために動いていたなんて。
(ベアトリクスは、ほんとうに大きな女性だ。俺の苦しみや悲しみが、すごく小さなものに思えるくらいに)
そして彼は自覚した。自分もまた、ベアトリクスに助けられた一人なのだと。
(俺はベアトリクスを守りたい。夢を叶える手伝いをしたい)
使命のように自然と湧き出た感覚。これまでの人生に感じたことのない種類の――どこか胸を締め付けられるような感情を覚えた。
「ルシファー? どうしたの。なんだか顔が赤いわよ。疲れて熱でも出たかしら?」
心配そうに顔を覗き込むベアトリクス。彼女の大きな青い瞳が間近に迫り、ルシファーの心臓はどきんと飛び跳ねた。慌てて顔を背ける。
「いやっ、日暮れだからそう見えるだけだろ。体調は問題ない」
「そう? 辛くなったら荷台に乗っていいからね。あなたぐらいの重さなら全然大丈夫だから」
その後、ぽつりつりと会話をしながら屋敷に戻ったふたりだったが。ルシファーの心臓の高鳴りはいつまでも収まらなくて、悶々としたまま夜を明かしたのだった。
平民街の外れも外れ、家屋がぽつぽつと佇む荒野の中にそれはあった。
「ずいぶんボロいな」
言葉を選ばずに感嘆するルシファー。
それもそのはず、それ以外の感想を持つ方が難しかった。孤児院というよりあばら屋と表現したほうが遥かに現状を正確に反映している。木造の平屋は半分崩れかかっていて、ぎりぎり雨風は凌げるだろうが、暑さ寒さに対しては無防備な建物だった。
窓のように四角く抜けた場所からは、薄汚れた顔の子供達がふたりを興味深げに覗いている。
「国王様が、孤児たちのことをもっと考えてくれたらいいのだけれどね。現状こういった福祉に対する予算は僅かだから、補修ができないみたい」
手分けして車から麻袋を下ろす。
「院長様、ベアトリクスが参りました!」
「おや! これはこれは……。いつもありがとうございます、ベアトリクス様」
大きな声を出せば、風通しのいい建物内にはすぐ聞こえる。すぐに僧侶のような長いローブを着た老婆が出てきた。
「おや。こちらのお方は……?」
老婆はベアトリクスの隣にいるルシファーに気が付き、不思議そうな声を出す。
「こちらはルシファーです。行き倒れたところを拾いまして、今はわたくしの仕事を手伝ってくれているのです」
「なんとまあ、幸運な少年ですね。ベアトリクス様と一緒なら何も心配はいりませんね」
手を合わせて、なぜかルシファーを拝む老婆。
(俺はまだ死んでないぞ)
そう思いながらも、軽く会釈を返しておいた。
「では、さっそく物資をお渡ししますね。こちらの袋が古着で、これとこれが保存食です」
「いつもたくさんありがとうございます……。ベアトリクス様の御支援がなかったら、わたくし共はとうに飢えて死んでおりました。これで向こう2か月はやりくりができます」
「他にご入用なものはありませんか?」
「そうですね……。贅沢を言うようで心苦しいのですが、最近赤ん坊が増えまして、おしめになる布が多めにあるとありがたく存じます」
「おしめの布ですね。分かりました。近日中に、また届けに来ます」
「なんとまあ。ベアトリクス様の御慈悲に感謝いたします」
老婆はベトリクスの両手を掴み、はらはらと涙を流した。その粒は乾いた大地にこぼれ落ち、瞬く間に地面に染み込んでいく。
ベアトリクスははにかみながら残りの荷物に視線を向ける。
「今日も子供たちにお菓子を持って来ました。配ってもよいですか?」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。ええ、ええ、お断りするはずがありません。子供たちも、ベアトリクス様のご訪問だけが日々の楽しみなのですから」
いつの間にか数十人の子ども達が建物から出てきていて、わくわくした目でベアトリクスを見つめている。
その視線に気が付いたベアトリクスは、ひとつ声のトーンを上げた。
「さあみんな! 院長様のお許しが出たから、今日もお菓子を配るわね!」
その宣言に、わあっと可愛らしい歓声が上がる。ベアトリクスはお菓子をたくさん詰めてきた袋を開く。
(昨夜、遅くまで何か作っていると思ったら。このためのものだったのか)
袋の中には、昨夜の夕食後からベアトリクスが焼いたクッキーがぎっしり詰まっていた。
プレーンなものから、チョコチップが入ったもの、ナッツがトッピングされているものなど、たくさん種類があった。
「たくさん焼いたから安心してね。小さい子から順番に並んでちょうだい! ……ルシファー、あなたが配ってくれる? わたくしは赤ちゃんの様子を見に行きたいわ」
「お、おう……」
反射的に返事をしてしまったものの、どうすればいいのか。普通にクッキーを手渡せばいいのか? 戸惑うルシファーの前に、期待に目を輝かせた3歳ほどの男の子が並ぶ。
「クッキー、くださいな!」
「あ……。こ、これでいいか?」
「ありがと!」
チョコチップクッキーを貰った男の子は、舌ったらずな発音でお礼を言った。
「次は僕だよ。この、ナッツのやつがいい」
「ほ、ほらよ」
「どうもありがとう」
「わたちはこの赤い実が乗ってるやつがいい!」
「わかった」
「……あなた、見ない子ね。なんていうの?」
「俺? ルシファーだ」
「ルシファー、ありがとう! また来ていいよ!」
子ども達は皆素直で、ルシファーが作ったわけでもないのにきちんとお礼を述べていく。
そのことに悪いなという気持ちになりながらも、同時にどこか温かい感情が生まれていた。
(こんな小さな子供が、汚い家で、飢えと戦いながら暮らしているのか)
これまでの人生、報われないことばかりで絶望していたルシファーだったが、この子たちに比べたらまだ良かったのではないかと思い始めた。子供時代の自分は城の暖かい部屋で眠ることができ、十分な食事を与えられていたのだから。早くに亡くなった母が生きていたころは、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてもらった記憶もある。
(つくづく、この国は脳筋なのだな)
父王や兄王子たちはグラディウスの男らしく軍事的なことにしか興味がない。孤児に対する救済政策なんて、城にいたころ見聞きしたことは一度もない。
そしてまた、ルシファー自身も無関心だったことに気が付き、彼は自分自身に失望する。
(俺の世界はこんなに狭かったんだ。世の中には困窮している民がたくさんいる)
もしかしたら、強さ以外にも大切なものがあるのかもしれない。父の政治は正しいのだろうか?
子ども達にクッキーを配りながら、ルシファーはすっきりとしない気持ちを抱えていた。
◇
孤児院からの帰り道。すっかり軽くなった荷車を引きながら、ベアトリクスがルシファーに声を掛ける。
「初めての孤児院はどうでした? 元貴族でしたら、驚いたのではないかしら?」
「ああ。正直、あんな場所だとは思わなかった」
「最初は戸惑っている様子でしたけれど、最後にはずいぶん懐かれていましたわね。一緒に遊びに誘われているのを見かけたわ」
「ちっ。この姿だからな」
ふふっ、とベアトリクスが笑みを漏らす。日頃不愛想なルシファーが、見かけ上は同じくらいの年頃の子ども達に翻弄される光景は、とても微笑ましいものだったからだ。
夕焼けが、水分のない荒野の地を鮮やかに染め上げていく。
「ルシファー。実はね、わたくしには夢があるんです」
「夢?」
ベアトリクスの方を見ると、彼女の横顔は茜色に染まっていて、いつも以上に凛々しく見えた。
「見たでしょう、あの子たち。グラディウスは土が悪いから自給自足ができないの。寄付や僅かに配分される公費で生活を賄うしかないのだけれど、それじゃあ全く足りないのよ。わたくしがゴミ屋敷令嬢と呼ばれるようになる前は、飢えで亡くなった子も多かったと聞いたわ」
「……」
「だからね、ルシファー」
ベアトリクスは青い瞳を輝かせる。長い金の睫毛が夕焼けの影を落とし、どこか幻想的な雰囲気を醸し出す。
「わたくしは、この国に溢れるゴミを再利用して肥料工場を建てたいの。屋敷の庭を見たでしょう? 肥料の成分を色々と改良して、ようやくあそこまで育つ配合を発見したの。お金を貯めて、工場を作って、荒野を畑にしたい。農作物を作れるようになれば飢える子供たちはいなくなるに違いないわ。……生ゴミが原因で命を落とす民もね」
さあっと荒野に風が吹き抜ける。豊かな金髪を右手で抑えながらベアトリクスは白い歯を見せた。
(そうだったのか……)
どこか照れくさそうな表情を浮かべるベアトリクスを、ルシファーは心から美しいと感じていた。
最初は呪いによってゴミを集めるようになってしまった哀れな令嬢だと思っていた。しかしそれは間違いで、彼女は日々前向きで朗らかに過ごし、呪いを利用してリサイクルショップで生計を立てていた。そしてそれすら更なる大きな夢の手段で、飢える国民をなくしたいということのために動いていたなんて。
(ベアトリクスは、ほんとうに大きな女性だ。俺の苦しみや悲しみが、すごく小さなものに思えるくらいに)
そして彼は自覚した。自分もまた、ベアトリクスに助けられた一人なのだと。
(俺はベアトリクスを守りたい。夢を叶える手伝いをしたい)
使命のように自然と湧き出た感覚。これまでの人生に感じたことのない種類の――どこか胸を締め付けられるような感情を覚えた。
「ルシファー? どうしたの。なんだか顔が赤いわよ。疲れて熱でも出たかしら?」
心配そうに顔を覗き込むベアトリクス。彼女の大きな青い瞳が間近に迫り、ルシファーの心臓はどきんと飛び跳ねた。慌てて顔を背ける。
「いやっ、日暮れだからそう見えるだけだろ。体調は問題ない」
「そう? 辛くなったら荷台に乗っていいからね。あなたぐらいの重さなら全然大丈夫だから」
その後、ぽつりつりと会話をしながら屋敷に戻ったふたりだったが。ルシファーの心臓の高鳴りはいつまでも収まらなくて、悶々としたまま夜を明かしたのだった。
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