ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第七話
翌日以降も、ベアトリクスの屋敷には朝や夜などに数名の客が訪れていた。
部品を求めてくる職人や、素材を求めてくる冒険者。アンティーク家具を探している商人など、理由は様々だった。
その全てにベアトリクスは丁寧に応対した。品があれば渡すし、無かった時は申し訳なさそうに謝っていた。
ルシファーは健康を取り戻していたものの、働くことはせず自由気ままに過ごしていた。そしてベアトリクスは彼に小言をいうわけでもなく、労働を強要することもなかった。毎日食事を共にして、他愛もない会話をするだけだ。ルシファー自身がその気になるのを待っているようにも思えた。
今日も今日とてルシファーは昼過ぎに起床し、寝ぐせのついた頭を直さぬまま厨房へ向かう。そこにはすでにベアトリクスがいて、昼食を取っているところだった。
「おはようルシファー。ごはんはペンネとポトフよ。温めは自分でできるわね?」
「おー。って、なんだ、その恰好?」
彼女は普段の令嬢らしいドレスワンピースではなく、女性冒険者のような恰好をしていた。
いつも下ろしている髪は頭の上で一つに結わえている。ピタっとしたシャツにポケットがたくさんついた上着を羽織り、足さばきのいいキュロットズボンを履いている。そして足元はヒールではなくブーツだ。
「今日はこれから西の森に行くの。街のゴミを拾いつくしたから、少し足を延ばしてみようと思ってね」
「拾いつくしたって、おまえさ。ちょっと極めすぎてない?」
当然といった顔で笑うベアトリクスに、ルシファーは苦笑いするしかなかった。
呪いをかけたのは自分だが、まさかこんなにも適応し、能力を極めているとは完全に予想外だ。きっと彼女のもともとの性質――真面目で行動力のあるところと相性が良かったのだろう。そう思うしかなかった。
「まあ、気を付けて行って来いよ」
「ありがとう。18時までには戻るから、もし誰か来たらそう伝えてくれる?」
「ああ」
彼がのろのろと食事を取っているうちに、ベアトリクスは自分の皿を片付け、機敏かつ優雅に厨房を後にした。
その後しばらく留守番していたルシファーだったが、こういう時に限って来客はない。というか、来客側もベアトリクスは早朝と夜しか屋敷にいないことを知っているので、昼下がりのこの時間には来ないのだ。
持て余したルシファーは、気が向いたので街へ出かけることにした。
(街に出るのはあの日以来か……)
城を放り出されて、当てもなくさまよっていた時以来だ。
あれから何となく気分が乗らなくて外には出てこなかった。しかし、破天荒なベアトリクスと出会ってから、城ではない外の世界に興味が湧くようになっていた。
(せいぜい王都の貴族街しか出かけてこなかったからな。平民街を探検してみるか)
王子として育てられた彼は、庶民の暮らしがどんなものか気になった。地理はよく分からないものの、おそらく城とは反対方向にあるだろうと当たりをつけて平民街に向かう。
きっちりと区画分けされた貴族街と違って、平民街は雑多に建物が立ち並んでいた。軒先には洗濯物が干され、シャツ一枚の子ども達が座り込んで地面に落書きをしている。
大通りに出ると、冒険者の格好をした屈強な男たちが行きかい、活気にあふれていた。
(ちっ、どいつもこいつもムキムキじゃねえか。…………でも、なんだか楽しそうだ)
素直にそう思った。民の表情は明るくて、生き生きしている。豪胆で陽気な国民性はグラディウス王国の特徴だ。
ルシファーは、兄王子たちから「お前は目が死んでいる」とよく言われていたことを思い出した。そうなったのは、いつからだっただろうか。
ゴミ一つない清潔な地面。ちょうどいい段差に腰かけて街を眺めていると、高価な装備を身にまとった冒険者がルシファーの前に銅貨を置いた。
「これで芋でも買うといい」
ルシファーは言葉の意味を呑み込めず、硬直したまま白銀の髪をしたその冒険者を凝視する。
「……可哀相に。口が利けないのか」
冒険者は金色の硬貨を一枚追加し、そっとルシファーの頭を撫でて去っていった。
(……俺は、今、施しを受けたのか……?)
第四王子だったこの俺が。浮浪児と思われて、金銭を与えられたのだ。
状況を呑み込んだルシファーは、馬鹿にするなという怒りを覚えた。おもむろに二枚の硬貨を掴み、力の限りにぶん投げた。
けれども、少しすると不思議と愉快な気持ちが湧いて出てきた。
王城で暮らし戦に明け暮れていたなら、こんな体験はできなかっただろうと。
(さっきの冒険者、俺が元王子だと知ったらどんな顔をするんだろうな)
……ああ、俺はもう自由なんだ。誰がどう見たってただの子どもで、〝ルシファー第四王子殿下″じゃないんだ。
そう感じたルシファーは、すうっと頭が晴れていく心地がした。そして投げ捨てた硬貨のことを思い出す。
(ベアトリクス嬢が代金として受け取っているのは銅貨ばかりだったな。商売はなかなか厳しいんだろう。金貨で何か買って帰るか……?)
ルシファーは王子なので金銭に困ったことはない。しかし、ベアトリクスと客の観察を通して、彼女は決して裕福ではないことを、そして、かなり良心的な価格で販売を行っていることを薄々感じていた。
彼は金貨を取り戻すべく、放り投げた方向へ向かって歩き出したのだった。
部品を求めてくる職人や、素材を求めてくる冒険者。アンティーク家具を探している商人など、理由は様々だった。
その全てにベアトリクスは丁寧に応対した。品があれば渡すし、無かった時は申し訳なさそうに謝っていた。
ルシファーは健康を取り戻していたものの、働くことはせず自由気ままに過ごしていた。そしてベアトリクスは彼に小言をいうわけでもなく、労働を強要することもなかった。毎日食事を共にして、他愛もない会話をするだけだ。ルシファー自身がその気になるのを待っているようにも思えた。
今日も今日とてルシファーは昼過ぎに起床し、寝ぐせのついた頭を直さぬまま厨房へ向かう。そこにはすでにベアトリクスがいて、昼食を取っているところだった。
「おはようルシファー。ごはんはペンネとポトフよ。温めは自分でできるわね?」
「おー。って、なんだ、その恰好?」
彼女は普段の令嬢らしいドレスワンピースではなく、女性冒険者のような恰好をしていた。
いつも下ろしている髪は頭の上で一つに結わえている。ピタっとしたシャツにポケットがたくさんついた上着を羽織り、足さばきのいいキュロットズボンを履いている。そして足元はヒールではなくブーツだ。
「今日はこれから西の森に行くの。街のゴミを拾いつくしたから、少し足を延ばしてみようと思ってね」
「拾いつくしたって、おまえさ。ちょっと極めすぎてない?」
当然といった顔で笑うベアトリクスに、ルシファーは苦笑いするしかなかった。
呪いをかけたのは自分だが、まさかこんなにも適応し、能力を極めているとは完全に予想外だ。きっと彼女のもともとの性質――真面目で行動力のあるところと相性が良かったのだろう。そう思うしかなかった。
「まあ、気を付けて行って来いよ」
「ありがとう。18時までには戻るから、もし誰か来たらそう伝えてくれる?」
「ああ」
彼がのろのろと食事を取っているうちに、ベアトリクスは自分の皿を片付け、機敏かつ優雅に厨房を後にした。
その後しばらく留守番していたルシファーだったが、こういう時に限って来客はない。というか、来客側もベアトリクスは早朝と夜しか屋敷にいないことを知っているので、昼下がりのこの時間には来ないのだ。
持て余したルシファーは、気が向いたので街へ出かけることにした。
(街に出るのはあの日以来か……)
城を放り出されて、当てもなくさまよっていた時以来だ。
あれから何となく気分が乗らなくて外には出てこなかった。しかし、破天荒なベアトリクスと出会ってから、城ではない外の世界に興味が湧くようになっていた。
(せいぜい王都の貴族街しか出かけてこなかったからな。平民街を探検してみるか)
王子として育てられた彼は、庶民の暮らしがどんなものか気になった。地理はよく分からないものの、おそらく城とは反対方向にあるだろうと当たりをつけて平民街に向かう。
きっちりと区画分けされた貴族街と違って、平民街は雑多に建物が立ち並んでいた。軒先には洗濯物が干され、シャツ一枚の子ども達が座り込んで地面に落書きをしている。
大通りに出ると、冒険者の格好をした屈強な男たちが行きかい、活気にあふれていた。
(ちっ、どいつもこいつもムキムキじゃねえか。…………でも、なんだか楽しそうだ)
素直にそう思った。民の表情は明るくて、生き生きしている。豪胆で陽気な国民性はグラディウス王国の特徴だ。
ルシファーは、兄王子たちから「お前は目が死んでいる」とよく言われていたことを思い出した。そうなったのは、いつからだっただろうか。
ゴミ一つない清潔な地面。ちょうどいい段差に腰かけて街を眺めていると、高価な装備を身にまとった冒険者がルシファーの前に銅貨を置いた。
「これで芋でも買うといい」
ルシファーは言葉の意味を呑み込めず、硬直したまま白銀の髪をしたその冒険者を凝視する。
「……可哀相に。口が利けないのか」
冒険者は金色の硬貨を一枚追加し、そっとルシファーの頭を撫でて去っていった。
(……俺は、今、施しを受けたのか……?)
第四王子だったこの俺が。浮浪児と思われて、金銭を与えられたのだ。
状況を呑み込んだルシファーは、馬鹿にするなという怒りを覚えた。おもむろに二枚の硬貨を掴み、力の限りにぶん投げた。
けれども、少しすると不思議と愉快な気持ちが湧いて出てきた。
王城で暮らし戦に明け暮れていたなら、こんな体験はできなかっただろうと。
(さっきの冒険者、俺が元王子だと知ったらどんな顔をするんだろうな)
……ああ、俺はもう自由なんだ。誰がどう見たってただの子どもで、〝ルシファー第四王子殿下″じゃないんだ。
そう感じたルシファーは、すうっと頭が晴れていく心地がした。そして投げ捨てた硬貨のことを思い出す。
(ベアトリクス嬢が代金として受け取っているのは銅貨ばかりだったな。商売はなかなか厳しいんだろう。金貨で何か買って帰るか……?)
ルシファーは王子なので金銭に困ったことはない。しかし、ベアトリクスと客の観察を通して、彼女は決して裕福ではないことを、そして、かなり良心的な価格で販売を行っていることを薄々感じていた。
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