ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!

優月アカネ@note創作大賞受賞

第五話

「ルシファー。この距離はなんですの? お料理が取りにくくない?」
「いい。平気だ。気にしないでくれ」

 厨房で夕食を取るベアトリクスとルシファー。
 昨夜は向かい合わせで座っていたのに、今ルシファーは彼女と食卓から数メートルほど距離を取り、ぽつんと座っている。おかずを取る時だけ歩いて来て、また離れた椅子に戻るのである。
 彼は昼間に見てしまった白い布のことが頭をチラつき、なんとなく彼女に近づくことができずにいた。

「へんな子ね」
「……」

 言い返してこないことを不思議に思いつつも、彼女は食事の手を止めない。今日も一日ゴミを拾いつくしたし、明日もたくさんのゴミを拾わないといけない。この生活は体が資本だから、よく食べてよく寝ることが大切なのだ。

 ――と、屋敷の入り口の方から声があがる。

「こんばんはーっ! ベアトリクス様、いらっしゃいますかー?」
「? 誰だ、こんな時間に」

 時刻は十九時。男性の声ということもあり、ルシファーは訝しげな表情を浮かべる。
 一方のベアトリクスは慣れた様子で答える。

「おそらくギルドの方ですわ。ちょっと行ってくるわね」

 残りの食事を優雅に掻きこみ、席を離れるベアトリクス。
 その後ろ姿を目で追いながら首をひねる。

「ギルドって、冒険者ギルドか? 冒険者がこんなところに何の用だ」

 グラディウス王国は騎士と冒険者の国。ギルドといえば冒険者ギルドのことを指すが、小さいながら商業ギルドなどもある。
 いずれにしても、このゴミ屋敷と何の関わりがあるのだろうか。気になったルシファーは様子を見に行くことにした。

 ◇

 ゴミに囲まれてベアトリクスと親しげに話している相手は、身なりから冒険者だろう。年齢は三十代ほどだろうか、筋肉質なごつい体に髭もじゃの顔。典型的なグラディウスの男といった感じだ。

「――おや。ベアトリクス様。あちらの少年は?」
「……ああ! ルシファーのことですか」

 不思議な顔で振り返るベアトリクスと目が合う。

「先日街で拾いましたのよ。どうも捨てられてしまったようなので、うちで働いてもらうことにしたのですわ。ルシファー、遠くから見ていないで、気になるならこちらに来たらどう? 冒険者ギルドのレオよ」
「ルシファー君! こんな時間に邪魔して悪いね!」

 レオが白い歯を見せて片手を上げたものの、ルシファーは不愛想な顔をして、ぷいと顔を背けた。

「ごめんなさい。あの子、いろいろ大変な目に遭ってきたみたいで。まだわたくしも仲良くなれていないの」
「そうなんですか。いや、気にしないでください。きっと時間が解決してくれるでしょう」

 レオは機嫌を損ねる様子もなく快活に笑う。

「でも、少年とはいえ男がいるなら安心ですよ。年頃のお嬢さんが一人で暮らしてるなんてとギルドの連中も心配してたんです。……まあ、普通の家よりは泥棒も入りにくいとは思いますがね!」
「まあ、失礼でしてよ、レオ。……と言いたいところですけれど、あなたの言う通りよ。この家に入ろうと思う人は勇者の素質があると思うわ!」

 そう言って笑い合うレオとベアトリクス。

「それで、ご入用なのはウーツ鋼よね。あると思うから、ちょっと待っていてくださる?」
「助かります。急に明日必要になっちまって、お屋敷にまで押しかけてすみません」

 ベアトリクスは屋敷の奥に消え、十分ほどすると、金属の塊を抱えて戻ってきた。

「あったわよ。確か一年ほど前に拾ったものだわ」
「おおっ! この独特な模様、確かにウーツ鋼だ。これで大剣の補修ができる。ありがたい……!」

 ウーツ鋼をレオに手渡し、代金を受け取るベアトリクス。

「わざわざ採掘に行くのは手間だものね。……また探し物があったら声を掛けてちょうだいね。お店が閉まっているときは、ここにいるかゴミ拾いをしていると思うわ」
「ありがとうございます! ほんと、ベアトリクス様はギルドの女神だな。じゃ、俺はこれで失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい、レオ」

 ウーツ鋼を大事そうに抱きしめながら、レオは去っていった。

「……なるほどな。つまり、便利屋ってわけか」

 離れたところで様子を眺めていたルシファーがぼそりと呟く。
 ベアトリクスは彼の方を振り返り、にこりと笑った。

「ええ。わたくしは、拾ったゴミをもとにしてリサイクルショップをやっているの。お店は別の場所にあるんだけれど、家賃の関係であまり広くなくてね。この屋敷は倉庫を兼ねているというわけ」
「ふぅん」

 表面的には大して興味がなさそうな相槌だったが、ルシファーは自分でも無意識のうちに感心していた。

(リサイクルショップ、か。自分で拾ったものを売るわけだから元手はタダ。それを売るわけだから、いい商売になるな。呪いを生かして生計を立てているとは……)

 転んでもただでは起きない、とはこのことか。
 出会ってまだ数日だけれど、ベアトリクスという令嬢はとことん前向きだ。

「あなたがある程度元気になったら、お店に連れていくわね。今はわたくしひとりしかいないから、ゴミ拾いに出ている間はお店を開けないのよ。あなたには店番をしてほしいと思っているの」
「……」

 ルシファーは呪いの責任を取るためにとりあえず残っているものの、ベアトリクスと共に暮らすことをよしとしたわけではない。返事をせずに黙っていると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。

「さあ、もう遅いし休みましょう。たくさん寝ないと丈夫な身体にならないわよ」

 朗らかに言って、ベアトリクスは屋敷の奥へ消えていった。

「……ほんとうに、妙な女だ」

 城の中と戦場しか知らなかったルシファー。彼の世界は広いようで狭かった。
 とんでもない令嬢に、とんでもない屋敷。けれども、最初に感じたほど嫌ではないと思い始めている自分に、彼は小さな驚きを覚えたのだった。

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