ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら溺愛されています!
第四話
「え? 呪いを解く? せっかくの申し出だけれど、遠慮するわ」
「はあ!? 何でだよ」
「というか、わたくしに呪いがかかっているということがよく分かりましたわね。治癒魔法が使えるくらいだから、あなたは魔法に対する適性が高いのね」
唯一ゴミのない厨房で夕食を取りながら、ルシファーは早速話を切り出した。
しかし、彼女から返ってきたのは否という返事だった。そのうえ目の前の少年がかつて自分に呪いをかけた張本人であるということには全く気が付いていない。
ルシファーも色々と面倒なので、自身の正体を含めその辺りの事情を話そうとは思わない。けれども、まさか「解かなくていい」と言われるとは予想外で、混乱を隠せなかった。
「何でだよ。こんな生活嫌だろう。親にも、その、呪いのせいで見捨てられたんだろ」
ベアトリクスは、はっきりと言い切った。
「今の生活に満足しているからですわ」
「でも、こんなゴミまみれの生活普通じゃないだろ。おまえは伯爵令嬢なんだろ? 今ならまだ元の生活に戻れるはずだ」
「貴族の生活ってわたくしには向いていないんですのよ。それは呪いを受ける前からひしひしと感じていたことなの。今の暮らしの方が性に合っているわ」
「それは呪いの効果だ。そう思わずにはいられない思考になってるんだよ!」
この女は正気なのか? 思わず椅子から立ち上がり、説得を続けるルシファー。
しかしベアトリクスは優雅にミートパイを口に運んでおり、全く興味がない様子だ。
「いいこと、ルシファー。幸せというのは人によって違うものなの。お金や地位があれば幸せという人もいれば、わたくしみたいにゴミ拾いが幸せだという人もいる。それを否定することは、未来のあなたを不幸にすると思うわよ」
「……!」
ベアトリクスの言葉にルシファーはぐっと胸が詰まる。
なぜなら、彼女の言葉はどことなく自分の状況を表しているように思えたからだ。
(俺の幸せってなんだ? どうして俺は不幸になってしまったんだ?)
黙りこくって考えるルシファーをちらりと見て、ベアトリクスは小さい子には難しい話だったかしらと思い、話を切り替える。
「とにかく、わたくしの心配は結構ですわ。――さあ、お料理が冷めないうちにお食べなさいな。我ながら上手く焼けたと思いますの」
「……第四王子を恨んではいないのか」
「いいえ。むしろ王子殿下には感謝しているんですのよ。おかげで夢を見つけることができましたからね」
「この話はもう終わりよ」。そう言って彼女はミートパイをフォークで刺し、無理やりルシファーの口にねじ込んだ。
「あなたの体調が戻ったらわたくしの仕事を手伝ってもらうつもりよ。だからたくさん食べて、たっぷり寝て、はやく元気になってちょうだいね」
「もごもがっ! んんっ!(もう入らない! やめろ!)」
――同意が得られないとなると無理やり解呪するしかない。しかし、こうもきっぱり断られているのに、そうすることは果たして正しいのだろうか。
ルシファーはひねくれているが、女性に対する最低限のマナーは持ち合わせていた。彼女が嫌だということを無理強いするのはどうかと思った。
少し時間を置いて、もう一度説得してみよう。そう決めて、口の中に広がる香ばしいミートパイを咀嚼し始めたのだった。
◇
その晩。どうにかドア前のゴミを退け、自室に入ることに成功したルシファー。しかし積み重なった疲労には勝つことができず、不本意ながらゴミを布団にして一夜を過ごした。
早朝に何やらベアトリクスが外に出ていく音が聞こえたが、そのまま二度寝を決め込み、昼前にすっきりとした気分で目が覚めた。
しかし、周囲に積みあがるゴミを目にして一気に気分は沈む。
「今日こそ俺はやるぞ! ここを人間の住む空間にしてみせる!」
部屋に積みあがる大量のゴミ。問題は、どうやって綺麗にするかだ。
炎魔法で消炭にするか? 風魔法で粉々に切り裂くか? ――少し派手だろうか。ゴミにまみれたこの空間で使うには、あまり向いていない気がする。
「そうだ! 転移魔法を使うか。くくっ、父上と兄貴たちの部屋に飛ばしてやろう。驚くだろうな」
自分を追い出した父王と、嘲笑うばかりでそれを止めなかった兄王子たち。ルシファーは彼らに一矢報いたいと思っていた。
我ながらいい案を思いついたとばかりに、にやりと笑うルシファー。紫色の瞳がアメシストのようにきらきらと輝く。
「נווד בזמן-מרחב」
その声に呼応するように、かざした手の前に魔法陣が現れる。
そして左手の指をパチンと弾く。すると、部屋に積みあがったゴミが、ぐんぐんと魔法陣に吸い込まれていく。
「ははははは! 行け行け! 俺を馬鹿にしたことを後悔するがいい!」
つむじ風がルシファーの黒い髪を舞い上げ、シャツをはためかせる。
魔法陣はすさまじい吸引力でゴミを吸い込んでいく。
今頃王城の父と兄たちの部屋にはゴミが滝のように流れ込み、大騒ぎになっているだろう。慌てふためく彼らの様子を想像すると、楽しくて仕方がなかった。
一切の明かりが入らず、隙間なく積みあがっていたゴミが、三十秒ほどで半分に減る。
数年ぶりに窓が窓としての機能を取り戻し、元々この部屋にあったであろう調度品が姿を見せた。
「……これはゴミじゃないからな。残しておくか」
かつてベアトリクスが使っていたであろう、ベッドや収納家具。
数年間にわたってゴミに埋もれていたせいか、劣化がひどい。しかし、洗浄魔法をかければまだ使えそうだ。
元々あった調度品を残して全てのゴミが姿を消した。
「――よし。こんなもんか。次は洗浄魔法だな。ניקיון הוא צדק」
魔法陣を収束させて、新たな呪文を口にする。
どこからともなく大量の水が発生し、壁から床へと部屋を縦横無尽に駆け巡る。その通り道は黒ずみが消え、まるで別物かのように光り輝いている。
「子供の姿になってしまったが、魔法は変わらず使えるな」
腕を組み、洗浄魔法が部屋を綺麗にしていく様子を眺める。
一通り綺麗になったら今度は風魔法を発動して、水気を飛ばしていく。
一連の流れを、付属している浴室と衣装室でも行った。
「――よし。これでいいだろう。見違えるほど綺麗になった」
なんということでしょう。屋敷の最上階に位置するこの部屋には心地よい午後の日差しが射し込み、十分な明るさがあります。真っ黒だった敷物は白くてふわふわの質感を取り戻し、思わず寝そべりたくなるよう。
そして伯爵令嬢にふさわしい、豪華な調度品の数々。上質な寝具は快適な睡眠をお約束します。
――なんていう天の声が聞こえるくらい、ルシファーは自分の仕事に満足していた。
もちろん一歩部屋を出ればゴミの山なのだが、自分の空間が心地よくなっただけで気分がいい。
「令嬢の部屋に住むなんて変な気分だな。兄貴たちの筋肉部屋とは大違いだ」
ルシファーは二十になるというのに、面倒だという理由で令嬢との付き合いをしてこなかった。一応内々に決まっていた婚約者は居たものの、城で孤立していたルシファーは敬遠されており会ったこともない。ルシファーは初めて見る女性の部屋に物珍しさを感じた。
兄王子たちの部屋にあった金属の鍛錬器具などなく、肉肉しい男性がポーズを決めているポスターもない。
近くにある、猫足のついた白い引き出しに近づく。
「令嬢ってのは、どんなものを持ってるんだ?」
金色のノブをつまみ、手前に引く。中には白い布のようなものがぎっしりと詰まっていた。
「中まで綺麗にできたのか。さすが俺だな。これはハンカチか?」
冷静に考えれば、令嬢の私室にある引き出しを勝手に開けるなどマナー違反だ。しかし、大仕事を終えたルシファーは高揚しており、気持ちが浮ついていたのである。
にこにこしながら白いものを一つ取り出す。手のひらでそれを広げて、彼は硬直した。
「こ、これは……!!」
ブラジャーってやつじゃあないか?? 閨の教本でしか見たことないけど。これ本物??
一気に顔が真っ赤になる。乱雑にそれを畳み、すごい勢いで引き出しに戻す。
「俺は何も見ていない! 見てないからな! ええい、この引き出しがこんなところにあるからいけないんだ! נווד בזמן-מרחב!」
右手で熱が集まる顔を抑えたまま、左手で魔法陣を発動する。
下着が詰まった引き出しは魔法陣に呑まれ、どこかへ消えていった。
ぐったりと膝をつくルシファー。
今のことは忘れよう。自分は何も見ていない。彼は顔を真っ赤にしながら、必死にそう言い聞かせたのだった。
「はあ!? 何でだよ」
「というか、わたくしに呪いがかかっているということがよく分かりましたわね。治癒魔法が使えるくらいだから、あなたは魔法に対する適性が高いのね」
唯一ゴミのない厨房で夕食を取りながら、ルシファーは早速話を切り出した。
しかし、彼女から返ってきたのは否という返事だった。そのうえ目の前の少年がかつて自分に呪いをかけた張本人であるということには全く気が付いていない。
ルシファーも色々と面倒なので、自身の正体を含めその辺りの事情を話そうとは思わない。けれども、まさか「解かなくていい」と言われるとは予想外で、混乱を隠せなかった。
「何でだよ。こんな生活嫌だろう。親にも、その、呪いのせいで見捨てられたんだろ」
ベアトリクスは、はっきりと言い切った。
「今の生活に満足しているからですわ」
「でも、こんなゴミまみれの生活普通じゃないだろ。おまえは伯爵令嬢なんだろ? 今ならまだ元の生活に戻れるはずだ」
「貴族の生活ってわたくしには向いていないんですのよ。それは呪いを受ける前からひしひしと感じていたことなの。今の暮らしの方が性に合っているわ」
「それは呪いの効果だ。そう思わずにはいられない思考になってるんだよ!」
この女は正気なのか? 思わず椅子から立ち上がり、説得を続けるルシファー。
しかしベアトリクスは優雅にミートパイを口に運んでおり、全く興味がない様子だ。
「いいこと、ルシファー。幸せというのは人によって違うものなの。お金や地位があれば幸せという人もいれば、わたくしみたいにゴミ拾いが幸せだという人もいる。それを否定することは、未来のあなたを不幸にすると思うわよ」
「……!」
ベアトリクスの言葉にルシファーはぐっと胸が詰まる。
なぜなら、彼女の言葉はどことなく自分の状況を表しているように思えたからだ。
(俺の幸せってなんだ? どうして俺は不幸になってしまったんだ?)
黙りこくって考えるルシファーをちらりと見て、ベアトリクスは小さい子には難しい話だったかしらと思い、話を切り替える。
「とにかく、わたくしの心配は結構ですわ。――さあ、お料理が冷めないうちにお食べなさいな。我ながら上手く焼けたと思いますの」
「……第四王子を恨んではいないのか」
「いいえ。むしろ王子殿下には感謝しているんですのよ。おかげで夢を見つけることができましたからね」
「この話はもう終わりよ」。そう言って彼女はミートパイをフォークで刺し、無理やりルシファーの口にねじ込んだ。
「あなたの体調が戻ったらわたくしの仕事を手伝ってもらうつもりよ。だからたくさん食べて、たっぷり寝て、はやく元気になってちょうだいね」
「もごもがっ! んんっ!(もう入らない! やめろ!)」
――同意が得られないとなると無理やり解呪するしかない。しかし、こうもきっぱり断られているのに、そうすることは果たして正しいのだろうか。
ルシファーはひねくれているが、女性に対する最低限のマナーは持ち合わせていた。彼女が嫌だということを無理強いするのはどうかと思った。
少し時間を置いて、もう一度説得してみよう。そう決めて、口の中に広がる香ばしいミートパイを咀嚼し始めたのだった。
◇
その晩。どうにかドア前のゴミを退け、自室に入ることに成功したルシファー。しかし積み重なった疲労には勝つことができず、不本意ながらゴミを布団にして一夜を過ごした。
早朝に何やらベアトリクスが外に出ていく音が聞こえたが、そのまま二度寝を決め込み、昼前にすっきりとした気分で目が覚めた。
しかし、周囲に積みあがるゴミを目にして一気に気分は沈む。
「今日こそ俺はやるぞ! ここを人間の住む空間にしてみせる!」
部屋に積みあがる大量のゴミ。問題は、どうやって綺麗にするかだ。
炎魔法で消炭にするか? 風魔法で粉々に切り裂くか? ――少し派手だろうか。ゴミにまみれたこの空間で使うには、あまり向いていない気がする。
「そうだ! 転移魔法を使うか。くくっ、父上と兄貴たちの部屋に飛ばしてやろう。驚くだろうな」
自分を追い出した父王と、嘲笑うばかりでそれを止めなかった兄王子たち。ルシファーは彼らに一矢報いたいと思っていた。
我ながらいい案を思いついたとばかりに、にやりと笑うルシファー。紫色の瞳がアメシストのようにきらきらと輝く。
「נווד בזמן-מרחב」
その声に呼応するように、かざした手の前に魔法陣が現れる。
そして左手の指をパチンと弾く。すると、部屋に積みあがったゴミが、ぐんぐんと魔法陣に吸い込まれていく。
「ははははは! 行け行け! 俺を馬鹿にしたことを後悔するがいい!」
つむじ風がルシファーの黒い髪を舞い上げ、シャツをはためかせる。
魔法陣はすさまじい吸引力でゴミを吸い込んでいく。
今頃王城の父と兄たちの部屋にはゴミが滝のように流れ込み、大騒ぎになっているだろう。慌てふためく彼らの様子を想像すると、楽しくて仕方がなかった。
一切の明かりが入らず、隙間なく積みあがっていたゴミが、三十秒ほどで半分に減る。
数年ぶりに窓が窓としての機能を取り戻し、元々この部屋にあったであろう調度品が姿を見せた。
「……これはゴミじゃないからな。残しておくか」
かつてベアトリクスが使っていたであろう、ベッドや収納家具。
数年間にわたってゴミに埋もれていたせいか、劣化がひどい。しかし、洗浄魔法をかければまだ使えそうだ。
元々あった調度品を残して全てのゴミが姿を消した。
「――よし。こんなもんか。次は洗浄魔法だな。ניקיון הוא צדק」
魔法陣を収束させて、新たな呪文を口にする。
どこからともなく大量の水が発生し、壁から床へと部屋を縦横無尽に駆け巡る。その通り道は黒ずみが消え、まるで別物かのように光り輝いている。
「子供の姿になってしまったが、魔法は変わらず使えるな」
腕を組み、洗浄魔法が部屋を綺麗にしていく様子を眺める。
一通り綺麗になったら今度は風魔法を発動して、水気を飛ばしていく。
一連の流れを、付属している浴室と衣装室でも行った。
「――よし。これでいいだろう。見違えるほど綺麗になった」
なんということでしょう。屋敷の最上階に位置するこの部屋には心地よい午後の日差しが射し込み、十分な明るさがあります。真っ黒だった敷物は白くてふわふわの質感を取り戻し、思わず寝そべりたくなるよう。
そして伯爵令嬢にふさわしい、豪華な調度品の数々。上質な寝具は快適な睡眠をお約束します。
――なんていう天の声が聞こえるくらい、ルシファーは自分の仕事に満足していた。
もちろん一歩部屋を出ればゴミの山なのだが、自分の空間が心地よくなっただけで気分がいい。
「令嬢の部屋に住むなんて変な気分だな。兄貴たちの筋肉部屋とは大違いだ」
ルシファーは二十になるというのに、面倒だという理由で令嬢との付き合いをしてこなかった。一応内々に決まっていた婚約者は居たものの、城で孤立していたルシファーは敬遠されており会ったこともない。ルシファーは初めて見る女性の部屋に物珍しさを感じた。
兄王子たちの部屋にあった金属の鍛錬器具などなく、肉肉しい男性がポーズを決めているポスターもない。
近くにある、猫足のついた白い引き出しに近づく。
「令嬢ってのは、どんなものを持ってるんだ?」
金色のノブをつまみ、手前に引く。中には白い布のようなものがぎっしりと詰まっていた。
「中まで綺麗にできたのか。さすが俺だな。これはハンカチか?」
冷静に考えれば、令嬢の私室にある引き出しを勝手に開けるなどマナー違反だ。しかし、大仕事を終えたルシファーは高揚しており、気持ちが浮ついていたのである。
にこにこしながら白いものを一つ取り出す。手のひらでそれを広げて、彼は硬直した。
「こ、これは……!!」
ブラジャーってやつじゃあないか?? 閨の教本でしか見たことないけど。これ本物??
一気に顔が真っ赤になる。乱雑にそれを畳み、すごい勢いで引き出しに戻す。
「俺は何も見ていない! 見てないからな! ええい、この引き出しがこんなところにあるからいけないんだ! נווד בזמן-מרחב!」
右手で熱が集まる顔を抑えたまま、左手で魔法陣を発動する。
下着が詰まった引き出しは魔法陣に呑まれ、どこかへ消えていった。
ぐったりと膝をつくルシファー。
今のことは忘れよう。自分は何も見ていない。彼は顔を真っ赤にしながら、必死にそう言い聞かせたのだった。
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