転生した公爵令嬢はVUCAを生きる

Mo×5

9王宮での洗礼 side A

キール城は小説に出てくる、美しい中世ヨーロッパを思わせるようなお城だった。

城壁の中に入ると森が広がっていた。今は秋付いており、丁度木々が緑から黄色や赤に色づいていく途中で、そのコンストラクトが絶妙だった。

城門から馬車を少しを走らせても、まだ建物が見えない。

しばらく紅葉を楽しみながら進むと、壮大な美しい庭園が広がって、その奥に3階建ての蔦に覆われた花崗岩の宮殿が見えた。お城と言っても森や荘園に囲まれたエステート・ハウスだ。

キール城の前には近衛兵が控えており、ヴィーと、セルゲイにエスコートされた私とソフィアが城の中に入ろうとすると、敬礼をする。
軍隊としての秩序が行き届いている。
うん、ジェントル。

建物中に入ると、そこはまるで美術館。記憶にはあるものの、実物を体感するのとは全く異なるので、気分はお城見学に来たツーリスト。見るもの全てに感激した。

「ルイーズもソフィアもキョロキョロして落ち着かないが、久しぶりに家族に会うから緊張しているのか?」
ヴィーが言った。

そうだった。これから家族だけど、ラーウィック帝国王とルイーズ王妃、ミカエル王子と対面する。
ロイヤルメンバーと会うのだから、普通は緊張するでしょう。ヴィーは王族で叔母でも緊張しなかったけど。
記憶の中では、あまり家族としてのつながりが薄く、他人行儀な関係だったよう。
とりあえず、礼儀正しく謁見しよう。

近衛兵が近づいてきた。
「ヴァイオレット様に申し上げます。森林の間にお越しくださいとのことです。ご家族だけの内々の謁見ではなく、先ほど議会が終わりましたので、大臣、騎士団長もお揃いであり、お目通りしたいと言うことでした」

「面倒だな」
ヴィーが鼻を鳴らした。

「貴族のお目通りをお受けになると言うことでとよろしいですか?」
セルゲイが質問した。
「セルゲイは本日議会があったにもかかわらず、修道院への迎えをしていて良かったのか?第二騎士団とのバランスが崩れたのでは?」
「議会の内容は大した議題がなかったので、問題ございません」
「なるほど」

「ルイーズとソフィアは貴族とはあまり面識がなかったな。まあ、成人する前に会う機会は少なかっただろう。主に私が話すから、とりあえず挨拶だけはするように」
私も、ソフィアも頷いた。

「貴族たちが知りたいのは、私がラーウィック公国に駐在する件と今回の事件の顛末だろう。そして、ルイーズが成人した後に皇太子となるかどうか。本当に、面倒だな」

森林の間に入ると、正面に明らかに王と王妃と分かる2人が座っていた。そしてその左右には、貴族と騎士達が一緒に立って並んでいる。ヴィーが前に進むと、セルゲイが正面から右の1番端の列に着いた。

厳格な秩序がある分、ミスできない感じがすごくプレッシャー。
私たちをジロジロと見る視線が突き刺さるのが痛い。でもその視線は、私よりもルイーズ、ヴァイオレットにだ。

帝国王は金髪と碧眼でソフィアと顔立ちが似ていた。とても、もう時期、成人する子を持つ男性には見えない。王道のイケメン。頬杖をつきながら、私とソフィアを見下ろす。無表情に近く、表情からは何を考えているか分からない。
また隣に座っているグレース王妃は扇子で口元を隠しながら、同じく私たちを見ていた。セルゲイと、姉弟だけあって髪の色が違えど全体的な雰囲気に面影がある。王妃は茶髪だ。

それにしても、王族の親子の対面ってこんなものかしら?堅苦し過ぎますけど。

ヴィーが片膝を落として、もう1方の片膝を立てて、頭を低くした。

「久しぶりだな、ヴァイオレット。面を上げてくれ。前回会った時はオルデラン帝国の騎士団長として首都でだったな。元気にしていたのか?」
「おかげさまで、元気にしておりました」
「皇帝より、手紙を頂いたぞ。明け透けに言えば、未婚の母親だということが分かり、王族の一員として体裁が悪いので、幼少期に過ごした修道院に預けたいと言うことだが」
横に並んでいた貴族たちが少し騒つく。
明け透けに言ったけど、本当に明け透け。
「皇帝陛下はそのようなことを仰ったのですか。王族が増えることを喜んで下さっていたかと思っていましたのに」
ヴィーは涼しげな顔で答える。
「子供はどうしたんだ。連れてこなかったのか?」
「生憎、体が弱く、先に修道院に寄り、預けてきました。修道院でルイーズ王女とソフィア王女とお会いしましたので、一緒に登城したのです」
「そうか、娘だったか。……生後どれぐらいになるのか」
「誤解をなさっているようですが。もう12歳になります」
「そんなに大きいのか。なるほどそれは、産後の日だちを聞いたつもりだったが、道理で元気だったわけだ。ところで、二十歳で出産したとなると、女伊達らに騎士団に入り、戦争で遠征をしていた時だが。父親を名乗らないと手紙には書いてあったが、まさか父親が分からないと言うことなのか」
ざわつきが少し大きくなった。
かなりのセクハラ発言よね。

「いくら公国王殿下であっても、父親についてお答えするつもりはありません」
ヴィーが笑顔で答えた。
「それより、修道院に入る事は皇帝陛下の命令ですか?その場合は覆せないですよね?現在、修道院長以下上層部は皆、亡くなりました。役職は空席となっています。私は不本意ながら、修道院に入るので、私を修道院長に任命いただけませんでしょうか」
「信仰心の薄い者が修道院長になると面倒だぞ。高額の寄付金を払って、好きなことをしている方が良いのではないか」
「いいえ、修道院長として好き勝手をしたいのです」
「ふん、どの道、じっとしておれないのだろう。何を考えているのか分からないが、修道院長にでもなって、忙しくしていた方が良いかもしれんな。承知した、修道院長に任命しよう。教会には私から手紙を書いておく。しばし待て」
「ありがとうございます」
ヴィーが軽く首を曲げてお辞儀をした。

「さて、ルイーズとソフィア。もう体調は大丈夫なのか?修道院で食中毒にあったと聞いている。最初はルイーズが死んだと聞いており、本当に心を痛めた。誤報だったようで安堵した。今はどこも問題はないのだな」
こういった場合、どういう挨拶と受け答えをすべきなのか?
正式な方法が分からないけれど。
私は臣下ではない。記憶を手繰り寄せると、自然に体が動いた。スカートを持ち、膝を曲げて跪礼をした。
ソフィアもそれを真似る。
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。一度倒れ、昏睡状態となりましたが、今は毒が抜け、体調は全く問題がございません」
「私も体調は健やかでございます」
不思議。お辞儀の仕草も言葉遣いも過去の記憶があるためか、すらすらと出てくる。
「それは良かった。ルイーズはあと15日ほどで成人を迎える。修道院は今混乱をしており、準備ができないと判断した。それまでの間はこの宮殿に留まるように」
「その件ですが、護衛を付けていただきたいと思います。報告にもあった通り、これは食中毒事件ではなく、王女2人を狙った殺人の可能性が高いと思われます」
ヴィーが発言をした途端、貴族たちが声を発する位に騒ついた。
「どういうことだ」
「その話は聞いていない」
「王女殿下が殺されかけたことか」

貴族たちには報告されていなかったのね。
国王ははーと、ため息をついた。
「皆には言っていなかったが、修道院での食中毒は誰かが故意に引き起こした可能性があり、それも王女2人を殺害しようとしていた形跡があった。この事実を明らかにすると、折角のルイーズの成人式に水を差すと思い、黙っていたのだが」

「何と言うことだ!ルイーズ王女殿下は我が妹の忘れ形見。我が一族が何としてでもお守りしたいと思います」
ダンディーな銀髪、エメラルドグリーンアイの威厳のあるおじさまが言った。

私とどこか似ている。
生母の兄、フィストー伯爵だ。外務大臣であるはずだが、騎士の格好している。確か形だけの近衛団長も兼務していた。

「恐れながら、ルイーズ王女殿下の護衛については第一騎士団が務めさせていただきたいと思います」
セルゲイが横から口を挟んだ。

「それは承服しかねるな。セルゲイ殿はミカエル王子殿下の叔父であり、ルイーズ王女殿下よりも、王子殿下をお守りするのが筋と言うもの。それに皇太子にはミカエル王子殿下をと望まれている貴殿はルイーズ王女殿下の成人を本当に喜んでいるのかどうか」
フィストー伯爵はセルゲイ睨み付けた。
「聞き捨てなりませんね。私はルイーズ王女殿下の成人を心からお喜び申し上げています。それに皇太子は男系承継ではなく、長子が引き継ぐべきという意見です」
セルゲイはフィストー伯爵を睨み返した。
「それは勘違いで申し訳ない。何か下心があってお喜び申し上げている、そのようですね」
あーこれが政治の駆け引きと言うものなのね。

「国王陛下、第二騎士団がルイーズ王女殿下の護衛をさせていただきたく思います。その代わり、ミカエル王子殿下の護衛は第一騎士団が行う、それなら平等ではございませんか」
フィストー伯爵が国王に願い出た。
「そうだな、それが良いかもしれぬな」
国王はしばし考えていた。

「なんてことでしょう。ルイーズ王女ばかりのお話しされて、ソフィア王女の事はどうでも良いのですか?王位継承者になる確率の高い王族だけを護衛したいのですね。フィストー伯爵殿、下心を隠さないところはご立派ですが、ソフィア王女の護衛の提案がない意見には承服しかねます」
ヴィーが言った。
「私にとって、王女お二人とも大事な姪。私は教会から正式に修道院長の任命を受けるまで、ルイーズ王女の成人式までは王宮に留まり、王女お二人の護衛をいたしましょう。ですが、私1人ではお二人を護衛できない場合もあるので、その時には第一騎士団、第二騎士団と交互に護衛をお願いしたいと思います」
ヴィーが代替え案を示した。
「ヴァイオレットが護衛?」
国王が問う。
「少し前まで私は帝国の第14騎士団長であり、ソードマスターです。護衛として申し分ないでしょう?」
「まぁそうだが」
「24時間護衛ができるように、ベッド3台入る大きな部屋を用意して下さい。寝る時も一緒にいるようにします。男性の護衛ではできないことを私ならできます」
「うむ、ではその案を採用しよう」
駆け引きを制したのはヴィーだった。

「ミハイルはどうなるのです?誰が警護をして下さるの?」
グレース王妃が扇子を取り、口元を見せて言った。

「それはセルゲイ殿の、第一騎士団がなされば良いのでは?」
フィストー伯爵が答えた。
やりたくないと言う意思表示だ。
「では第一騎士団で喜んで引き受けさせていただきます」
セルゲイが答えた。

「それでは、この件はこれで決まりとする。ヴァイオレット、ルイーズそしてソフィア。本日は家族だけの夕食をするので参加するように。2人の好物も用意している」
国王殿下が最終決定を下した。

そう言うと、国王と王妃は森林の間から退出した。

フィストー伯爵が近づいてきた。
他の貴族は様子を伺っている。
「ヴァイオレット王女殿下、お久しぶりでございます。前よりも一層美しくなられて、花嫁姿を是非見たかったのですが、修道院に入られるとは残念なことです。修道院に行かれるまでの間、貴重なお時間を使い、ルイーズ殿下、ソフィア殿下の護衛を引き受けていただけるとは。今後のこともありますので、私の息子である第二騎士団長をご紹介させてください」

フィストー伯爵がそう言うと、父親よりも背が高く、ストレートの銀髪を1つに束ねた騎士が頭を垂れた。
「ヴァイオレット様、初めてお目にかかります、オルデラン帝国第15騎士団長、ラーウィック公国の第2騎士団長でもある、アーサー・フィストーと申します。護衛についてはどうぞ協力させて下さい」
一言で言うと、スーパーイケメン。父親よりも優しげな雰囲気である。

「護衛については是非協力をお願いしたい。こちらこそよろしく頼む」
ヴィーが言った。

今度はフィストー伯爵が私に近づいてきた。
「ルイーズ殿下、お久しぶりです。ご無事で本当に何よりです。お亡くなりになったと言われたには胸が潰れる思いでした。妹だけでなく、妹にそっくりな殿下までいなくなられることがあれば、私だけでなく、国民皆が失望するでしょう。オルデラン帝国の支配を受けるまでは、ラーウィックの地は土着の貴族が治めていました。フィストー家が治めていたのです。この土地の貴族といえば銀髪が特徴。今は貴族の間でも混血も増えていますが、国民はラーウィックの象徴である、銀色の髪の王を望んでいるのですから」
フィストー伯爵は私を本当に心配をしてくれているようだった。
「ご心配どうもありがとうございます。気にかけて下さってとてもうれしいです」
とりあえず社交辞令。

「本当に久しぶりです。小さい頃は従兄として、この王宮で一緒に遊ばせていただきました。覚えてらっしゃいますか?」
「ええ、」
本当は記憶の中からも呼び出してないのだけれど、とりあえず嘘でも答えておいた。
「必ず私がお守りしますので、いつでもお呼び下さい」
アーサーは私の手を取ると、私の手のひらにキスをした。
うわー、イケメンに手を握られて、キスですよ。その上他の貴族に見られていて、ものすごく恥ずかしい。
でも、私は王女として何事もなかったように振る舞った。

「ソフィア王女殿下もお久しぶりです。前にお会いした時はまだ小さかったので、覚えてらっしゃらないかも知れませんね。ぜひお見知りおきを」
そしてアーサーはソフィアの手を取り、私と同じように手のひらにキスをした。
結局フィストー伯爵はソフィアには挨拶しなかった。同じ姪なのに、容姿によって態度を変えるのはどうかと思う。

それを皮切りに、多くの貴族から挨拶を受け、それが終わる頃にはクタクタになっていた。

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