神の娘と人の皇太子

天界でのお話。

 此処は神々が住む天界。
 天界の歴史は古く、いろいろなことがあったが、二度と在ってはならないとそれぞれの胸の奥に刻まれた事件があった。 
 その事件の発端は、天照大御神という現女帝の弟である須佐之男命すさのをのみことが天女を残虐した等の悪行を重ねたことだった。
 そのことに、怒り憂いた天照大御神は天の岩戸に引きこもってしまった。
 そう、それが事件の始まりだったのだ。
 天照大御神は太陽の化身である女神で、太陽そのものだ。
 そんな彼女が天の岩戸に引きこもってしまうと、この天界は勿論、人間界にも太陽が出ずに、ずっと闇に染まっていたのだ。
 それだけでも大変なことなのだが、さらに人間界では、食物が育たないので飢えで、病気になる人が増えたのだ。
 このままでは駄目だ。
 そう思った八百神は一つの場所に集まり、いろいろな案を出し合い、天照大御神をおびき出すことにしたのだ。
 結果は無事に成功し、世界に光が戻ったのだ。
 そして、その際に活躍した五人の神がいた。
 そのうちの一人である布刀玉命には、一人の愛娘がいる。
 その愛娘の名は朱理という。
 ふわふわと波打つ栗色の髪を腰まで伸ばし、愛嬌のある丸い瞳は琥珀色で、肌は抜けるように白い可愛らしい顔立ちをした娘がいる。
 布刀玉命はそんな愛娘をそれはもう可愛がっているのだが、女帝にとある命を下されていた。
 その命というのは、愛娘を人間界の皇太子の正妃にするという悲しい命だったので布刀玉命はせつない溜息を零した。 




 女帝に人間界の皇太子の正妃になることを命じられた布刀玉命の愛娘である朱理は、寝台の上で上半身を起こし、眉間を押さえていた。
 その白い額には汗が滲んでいる。
(・・・あの夢は一体・・・・。)
 朱理は今日見た夢の記憶を辿っていた。
 そして、最後の場面シーンを思いだし、真っ青になっていると、戸が二回ノックされた。
 朱理ははっとして、慌てて「ど、どうぞ」と入室の許可を出すと戸が開き鳴鳴が入室した。
 鳴鳴は、父である布刀玉命に仕える兎神と、母の大親友兼侍女の子供で朱理と同じく半神半人である。
 鳴鳴の外見はうさぎの耳としっぽが生えている以外は普通の人型の神と同じ姿なのである。
 髪は桃色でほどけば腰までの長い髪を頭の上の方で二つに結い上げていて、瞳は青空と同じ色で、とても可愛らしい顔立ちをしている。 
 そんな鳴鳴は、朱理を一目見たとたん異常に気づいたらしく心配そうに、
「朱理、何か悪い夢でも見られました?」
 と尋ねられて朱理は
「は、はい。とても恐ろしい夢を見ました。」
 と頷いた主に鳴鳴は、主の背中をさすりながら口を開いた。
「もう大丈夫ですよ。・・・・・・それでも不安なら忌部氏当主様にご相談なさってはいかがでしょうか?」
「はい。そうですね。・・・そうしてみます。鳴鳴、ありがとうございます。」
 と鳴鳴にお礼を言った。 
「はい。・・・朱理、朝餉の準備が出来てます。」
 と鳴鳴に言われたので朱理は笑顔で
「はい。分かりました。行って参ります。」
 と言うと朱理は朝餉の間に向かった。
 その姿を鳴鳴は見送ると、そっと溜息を零す。
(朱理が人間界の皇太子殿下の元へ嫁ぐ・・・。どうして天照大御神様は、朱理をお選びになってしまったんでしょうか・・・。)
 鳴鳴が朱理が人間界の皇太子殿下の元へ嫁ぐことを知ったのは今から三日前、母に言われたのだ。
『朱理姫は天照大御神様の血を引く人間界の皇太子殿下の元へ嫁ぐことを、天照大御神様に命じられてしまったのです。』
 鳴鳴は、母からその話を聞いて、朱理にこの話を伏せておこうと胸に誓った。
 何故なら、朱理は怖がりなのだ。
 それなのに嫁ぎ先が人間界の後宮、女の争いが最もある場所で朱理は上手くやっていけるだろうか?
 鳴鳴は自分の主の行く道に不安が隠せないのであった。


 朝餉を食べ終わった朱理は自分の寝殿に戻り、衣を替えた。
 そして、衣を着替え終えるとまた、戸を叩かれた。
「どうぞ」
 と許可を出すと、鳴鳴が文を持って入って来た。
 どうやら、今回は朱理当ての文を持って来てくれたらしい。
「朱理、旦那様からの文を持って来ましたよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
 と言って鳴鳴から文を受け取った朱理は、文を開くと目を通す。
 そして、何事も無かったかのように、本日の午前の修業を始めた。




  

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