お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました
29.決闘、そして
王族所有の邸宅のお庭は広く、美しかった。
……けれど、ケイン様いわく「王家所有の土地での死闘は禁じられています!!!」とのことで。それはそうでしょうね。場所をさらに移すことになった。
こちらの邸宅から近く、拓けた場所もある……ということで、カミルはロートン家に私たちを向かわせた。カミルが剣の修練場をお庭に持っているらしく、そこで決闘をするぶんには、誰も困らないし、叱らないだろう、と。
(……カミルのおうちのお庭、久しぶりだわ……)
私はちょっとよそ事を考えていた。私たちにとって、そこは特別な場所だから。
……きっと、今日はバラのある庭園には行きっこないのだけれど、それでも。これからの決闘のことよりも、私はつい、そっちの方が気になってドキドキしてしまった。
ロートン家の執事が少し驚いた顔はしつつも、私たちを迎えて、カミルの修練場を案内をしてくれた。
決闘の判定人は、公平性を考慮し、ケイン様が行うことになった。ケイン様は……内心、心底お嫌だったと思うけれど、彼はそれがお仕事なので、引き受けてくださった。
リュカ様はお美しい方だけど、剣を握るお姿は凛々しく、圧倒されるオーラがあった。
細身だけれど、けして華奢ではなく、彼が日常的に鍛錬されていることがよく分かる。剣裁きに無駄がない。
カミルは精霊祭が終わってからも、剣を握ってきていたのだろう。
……手のひらに、まだタコがあったもの。
こんな時なのに、頬に触れたカミルの手の感触を思い出し、私の頬は熱くなる。
二人は剣戟を繰り返す。私は、武術に明るくはないけれど、二人の実力は拮抗しているのではないかと思った。
剣が打ち合う音、二人が土を蹴る音、踏みしめる音。
それらが絶え間なく響き、そして。
ほどなくして、決着はついた。
「……カミル!」
カミルの勝ちだ!!!
◆
「申し訳ありません。お二人には、ご迷惑をおかけいたしました」
「いえ、とんでもないです。……すみませんでした」
「美しき人は、愛する人の隣にいるときが一番お美しい。その美しさを、わたしは奪わずに済んだのですから、僥倖です」
リュカ様は漆黒の眼差しを細めて、私とカミルを見つめた。
清々しいお顔をされている。けれど、リュカ様は苦笑して頭を振り、黒髪を揺らした。
「ああ。しかし、つくづくわたしの身に流れる血は、武力による行使を望むのですね。嘆かわしいことです。……しかし、おかげでわたしの想いは断ち切れました。ありがとう、カミル殿」
「いえ、性分というのは『変わらない』ものですからね。俺はそれをよくわかっているだけです」
不思議と何か分かり合えたらしい二人は爽やかな笑みとともに、握手を交わしていた。
我が国でも、サンスエッドでも、握手は変わらず『友好』を示す意味みたい!
いい笑顔のカミルに、私はそっと服の裾を引っ張って、耳打ちする。
「……カミル、最初っから決闘する気だったのね?」
「まあ、君に彼から求婚があって、サンスエッドにはそういう文化があるって知った時から。わりと」
物分かりのいい人でよかった、とカミルは笑った。
最初に、異国の貴族から求婚があったと聞いたときは私もどうなることかと思ったけど……リュカ様みたいな方で、本当によかった。
この方にも、幸せな出会いがあるといいなと私は心から願った。
「……さて、しかし……。それでもわたしは、この国のどなたかを、もらっていかなくてはいけないのですが……」
良い出会いがあるでしょうか、と小さいため息をつくリュカ様。
そう、私との結婚を諦めても、リュカ様はこの国と縁を結ぶために、妙齢の御令嬢を娶りたい。
……とはいっても、ほとんどのご令嬢は国内の政略結婚ですでに嫁き先の決まっている人がほとんどなのよね。まだ、私のようにお相手がいない方に……心当たりは、あるけれど。
そこに、聞き覚えのある甲高い声が響いてきた。
「……見つけましたわ、ミリア・ロスベルト!!! そして、カミル・ロートン!」
「ルーナ様……!?」
どこからやってきたのだろうか。ルーナ様。元気でかわいらしいという言葉では片付かないほど破天荒なご令嬢の彼女が凄まじい勢いでロートン家の庭、その修練場に走り込んできた。
ドレスを着ているはずなのに、ルーナ様の突進はとても力強くてたくましい。
ロートン家の執事が冷や汗かきながら追ってきた。……ちっちゃいころのカミルみたいに、不法侵入してきたのかな……?
「あなたたちっ、婚約を内々にしていたそうねっ。そんな関係の二人が、今年の精霊祭の精霊役と、騎士役をやったの? カミル様なんか、いままで剣を嗜まれるだなんて噂にもなったことなかったのに!」
「えっ!?」
「……ルーナ様がなぜそれを?」
カミルが片目を窄めながら聞くと、ルーナ様はふふんと鼻を鳴らし、胸を張った。
「おほほ! 知れたこと。あなたたちの関係は貴族令嬢のサロンでは持ちきりでしたものっ!」
……それはそう! その通りです!
カミルが私をエスコートして街を歩く姿や、私を口説く姿は、それはもう、いくらでも目撃されていたでしょう!!!
でも、ルーナ様は今までそれに気づいていらっしゃらなかった。
……お友達が、少なかったから……。
(ルーナ様……サロンに誘っていただけるようになったのですね……!)
なんだかそこに感動してしまう。ルーナ様は、苛烈なお方だけど、悪い方ではないのだ。本当に。……びっくりするほど、純粋で、かつ、勢いがいいだけで……。
情報が遅すぎるせいで逆に「これから婚約を正式結ぶ手筈なのに、まさか漏洩!?」と慌ててしまったけれど、噂話でお知りになったのなら、安心ね。
私がホッとしているうちにも、ルーナ様はわなわなとされていた。
「……これは、壮大な、インチキだわっ。やり直しを要求しますっ」
「や、やり直し?」
どこから何を? 精霊祭を?
(いや、それは……無理でしょ……)
「落ち着きなさい、レディ」
ルーナ様の勢いに戸惑われているご様子のリュカ様がルーナ様に声をかけるが、ルーナ様は聞く耳を持たなかった。
はあ、とカミルは大きなため息をついて、それから、「なあ」とルーナ様に大きな声で呼びかけた。
「俺と対戦した相手に聞けばわかるよ。本気でやってたって。ああ、決勝戦でやり合ったあの、カイトって彼に聞くのがいいかな? 彼は平民だから将来騎士になるために、本当はここで注目を浴びたかったんだ」
彼は絶対負けたくなんかなかったはずだ、とカミルは続ける。
「む、むむ…….」
「そもそも、婚約者同士で精霊役と精霊騎士をやるのって……意味、ある?」
「意味……ですか?」
ルーナ様はきょとんと、大きな瞳をぱちくりとさせた。
よしよし、ルーナ様の勢いが削がれてきた。そう、ルーナ様は、猪突猛進的なお方だけれど、素直という美徳をお持ちだった。
「ないよね、意味。注目はされるけど。むしろ、婚約者がいないんだったら、この場で注目を集めて……というのも期待できるけど、決まった相手はもういるんだぞ?」
「た、たしかに……!?」
「俺たちの関係について、訂正すると、あの時はまだ俺は彼女の婚約者としては選ばれていなかったんだ。彼女のお父上を納得させるために、俺は彼女を愛するものとして、精霊騎士をもぎ取ったんだ」
「そ、そうだったのですね……!!」
ルーナ様が口元を抑え、大きな瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかというほど目を見開かれた。
まさに驚愕、その表情。という具合。
(ルーナ様……チョロすぎます……)
ルーナ様のことがちょっと心配になりながら見つめていると、ルーナ様は己を恥じいるように自らの腕を抱えて身を小さくし、俯きながら頭を小さく振った。
「ごめんなさい、あたし、誤解しておりました。ミリア様を、精霊役に選ばれたのはインチキだと言ったりもして……あたしったら、本当に、お恥ずかしい」
「いえ、ルーナ様。こうしてわかっていただけたのなら、いいのです」
「ミリア様……お優しい。あなたのその優しさにより一層の女神の祝福があることを、祈っているわっ!」
にこり、と淑女らしい微笑みを携えて、ルーナ様は恭しく礼をすると、カツカツと足音を響かせて踵を返した。
こうして、ルーナ様はまさしく嵐の如く去っていた。
リュカ様は、落ち着いている雰囲気の彼には珍しく、目をパッチリと開いてぽかんとした表情で彼女が立ち去るのを目で追っていらっしゃった。
そして、ぽつりと呟かれる。
「……あのようなご令嬢も、この国にはいるのですね……」
「ええ、まあ……」
ルーナ様は、特別特殊だと思うけれど……。
なぜだかリュカ様は瞳をキラキラさせていた。
「……わたしの国では、女性の地位は低い。貴国とは比べものにならないほどです。お恥ずかしながら『夜這い』という文化が未だあるのです。男が寝所に現れたら、女がそれに抗い男の花嫁になることを拒むのは、不可能に近い」
「リュカ様……」
「わたしはそういった文化も変えていきたいのです。あのような快活なレディならば、わたしの国にも、新しい風が吹くかもしれない……」
リュカ様はなんだか、頬も僅かに朱に染まり、期待に満ち満ちたご様子だった。
もしかして、もしかするとだ。
「……ちなみに、彼女は決まったお相手はいませんよ」
私がそっと告げると、リュカ様は一度だけ目を丸くしたのち、ケイン様に何やら話しかけに行ったようだった。
ケイン様は最初、お顔を青くしていたけれど、リュカ様のお話を聞いていくうちにみるみるお顔が明るくなっていき、最終的にはなぜか「おめでとうございます!」と大きな声でリュカ様の手を厚く握っていた。
いや、まだ「おめでとうございます」ではないと思うけど……。ルーナ様のお気持ちもわからないし……。でも、ひとまずは……いい、のかな?
「……なんか、うまく収まりそうだな?」
カミルがぼそりと呟く。
「やっぱり、俺たち運がいいのかもな。なんたって今年の精霊祭の精霊役と精霊騎士役だし」
「運が……。そうかな……?」
「まあ、そういうことにしとこうぜ」
カミルがいたずらっぽく笑うので、私もちょっとニヤリ、と口角を上げて笑い返した。
運が……っていうのは、ちょっと、よくわからないけど。
……笑ってみてから、私、こういう顔似合わないなって思っていたら、心を読んだかのようなタイミングでカミルが「そういう顔もかわいいよ」と言ってきた。
……けれど、ケイン様いわく「王家所有の土地での死闘は禁じられています!!!」とのことで。それはそうでしょうね。場所をさらに移すことになった。
こちらの邸宅から近く、拓けた場所もある……ということで、カミルはロートン家に私たちを向かわせた。カミルが剣の修練場をお庭に持っているらしく、そこで決闘をするぶんには、誰も困らないし、叱らないだろう、と。
(……カミルのおうちのお庭、久しぶりだわ……)
私はちょっとよそ事を考えていた。私たちにとって、そこは特別な場所だから。
……きっと、今日はバラのある庭園には行きっこないのだけれど、それでも。これからの決闘のことよりも、私はつい、そっちの方が気になってドキドキしてしまった。
ロートン家の執事が少し驚いた顔はしつつも、私たちを迎えて、カミルの修練場を案内をしてくれた。
決闘の判定人は、公平性を考慮し、ケイン様が行うことになった。ケイン様は……内心、心底お嫌だったと思うけれど、彼はそれがお仕事なので、引き受けてくださった。
リュカ様はお美しい方だけど、剣を握るお姿は凛々しく、圧倒されるオーラがあった。
細身だけれど、けして華奢ではなく、彼が日常的に鍛錬されていることがよく分かる。剣裁きに無駄がない。
カミルは精霊祭が終わってからも、剣を握ってきていたのだろう。
……手のひらに、まだタコがあったもの。
こんな時なのに、頬に触れたカミルの手の感触を思い出し、私の頬は熱くなる。
二人は剣戟を繰り返す。私は、武術に明るくはないけれど、二人の実力は拮抗しているのではないかと思った。
剣が打ち合う音、二人が土を蹴る音、踏みしめる音。
それらが絶え間なく響き、そして。
ほどなくして、決着はついた。
「……カミル!」
カミルの勝ちだ!!!
◆
「申し訳ありません。お二人には、ご迷惑をおかけいたしました」
「いえ、とんでもないです。……すみませんでした」
「美しき人は、愛する人の隣にいるときが一番お美しい。その美しさを、わたしは奪わずに済んだのですから、僥倖です」
リュカ様は漆黒の眼差しを細めて、私とカミルを見つめた。
清々しいお顔をされている。けれど、リュカ様は苦笑して頭を振り、黒髪を揺らした。
「ああ。しかし、つくづくわたしの身に流れる血は、武力による行使を望むのですね。嘆かわしいことです。……しかし、おかげでわたしの想いは断ち切れました。ありがとう、カミル殿」
「いえ、性分というのは『変わらない』ものですからね。俺はそれをよくわかっているだけです」
不思議と何か分かり合えたらしい二人は爽やかな笑みとともに、握手を交わしていた。
我が国でも、サンスエッドでも、握手は変わらず『友好』を示す意味みたい!
いい笑顔のカミルに、私はそっと服の裾を引っ張って、耳打ちする。
「……カミル、最初っから決闘する気だったのね?」
「まあ、君に彼から求婚があって、サンスエッドにはそういう文化があるって知った時から。わりと」
物分かりのいい人でよかった、とカミルは笑った。
最初に、異国の貴族から求婚があったと聞いたときは私もどうなることかと思ったけど……リュカ様みたいな方で、本当によかった。
この方にも、幸せな出会いがあるといいなと私は心から願った。
「……さて、しかし……。それでもわたしは、この国のどなたかを、もらっていかなくてはいけないのですが……」
良い出会いがあるでしょうか、と小さいため息をつくリュカ様。
そう、私との結婚を諦めても、リュカ様はこの国と縁を結ぶために、妙齢の御令嬢を娶りたい。
……とはいっても、ほとんどのご令嬢は国内の政略結婚ですでに嫁き先の決まっている人がほとんどなのよね。まだ、私のようにお相手がいない方に……心当たりは、あるけれど。
そこに、聞き覚えのある甲高い声が響いてきた。
「……見つけましたわ、ミリア・ロスベルト!!! そして、カミル・ロートン!」
「ルーナ様……!?」
どこからやってきたのだろうか。ルーナ様。元気でかわいらしいという言葉では片付かないほど破天荒なご令嬢の彼女が凄まじい勢いでロートン家の庭、その修練場に走り込んできた。
ドレスを着ているはずなのに、ルーナ様の突進はとても力強くてたくましい。
ロートン家の執事が冷や汗かきながら追ってきた。……ちっちゃいころのカミルみたいに、不法侵入してきたのかな……?
「あなたたちっ、婚約を内々にしていたそうねっ。そんな関係の二人が、今年の精霊祭の精霊役と、騎士役をやったの? カミル様なんか、いままで剣を嗜まれるだなんて噂にもなったことなかったのに!」
「えっ!?」
「……ルーナ様がなぜそれを?」
カミルが片目を窄めながら聞くと、ルーナ様はふふんと鼻を鳴らし、胸を張った。
「おほほ! 知れたこと。あなたたちの関係は貴族令嬢のサロンでは持ちきりでしたものっ!」
……それはそう! その通りです!
カミルが私をエスコートして街を歩く姿や、私を口説く姿は、それはもう、いくらでも目撃されていたでしょう!!!
でも、ルーナ様は今までそれに気づいていらっしゃらなかった。
……お友達が、少なかったから……。
(ルーナ様……サロンに誘っていただけるようになったのですね……!)
なんだかそこに感動してしまう。ルーナ様は、苛烈なお方だけど、悪い方ではないのだ。本当に。……びっくりするほど、純粋で、かつ、勢いがいいだけで……。
情報が遅すぎるせいで逆に「これから婚約を正式結ぶ手筈なのに、まさか漏洩!?」と慌ててしまったけれど、噂話でお知りになったのなら、安心ね。
私がホッとしているうちにも、ルーナ様はわなわなとされていた。
「……これは、壮大な、インチキだわっ。やり直しを要求しますっ」
「や、やり直し?」
どこから何を? 精霊祭を?
(いや、それは……無理でしょ……)
「落ち着きなさい、レディ」
ルーナ様の勢いに戸惑われているご様子のリュカ様がルーナ様に声をかけるが、ルーナ様は聞く耳を持たなかった。
はあ、とカミルは大きなため息をついて、それから、「なあ」とルーナ様に大きな声で呼びかけた。
「俺と対戦した相手に聞けばわかるよ。本気でやってたって。ああ、決勝戦でやり合ったあの、カイトって彼に聞くのがいいかな? 彼は平民だから将来騎士になるために、本当はここで注目を浴びたかったんだ」
彼は絶対負けたくなんかなかったはずだ、とカミルは続ける。
「む、むむ…….」
「そもそも、婚約者同士で精霊役と精霊騎士をやるのって……意味、ある?」
「意味……ですか?」
ルーナ様はきょとんと、大きな瞳をぱちくりとさせた。
よしよし、ルーナ様の勢いが削がれてきた。そう、ルーナ様は、猪突猛進的なお方だけれど、素直という美徳をお持ちだった。
「ないよね、意味。注目はされるけど。むしろ、婚約者がいないんだったら、この場で注目を集めて……というのも期待できるけど、決まった相手はもういるんだぞ?」
「た、たしかに……!?」
「俺たちの関係について、訂正すると、あの時はまだ俺は彼女の婚約者としては選ばれていなかったんだ。彼女のお父上を納得させるために、俺は彼女を愛するものとして、精霊騎士をもぎ取ったんだ」
「そ、そうだったのですね……!!」
ルーナ様が口元を抑え、大きな瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかというほど目を見開かれた。
まさに驚愕、その表情。という具合。
(ルーナ様……チョロすぎます……)
ルーナ様のことがちょっと心配になりながら見つめていると、ルーナ様は己を恥じいるように自らの腕を抱えて身を小さくし、俯きながら頭を小さく振った。
「ごめんなさい、あたし、誤解しておりました。ミリア様を、精霊役に選ばれたのはインチキだと言ったりもして……あたしったら、本当に、お恥ずかしい」
「いえ、ルーナ様。こうしてわかっていただけたのなら、いいのです」
「ミリア様……お優しい。あなたのその優しさにより一層の女神の祝福があることを、祈っているわっ!」
にこり、と淑女らしい微笑みを携えて、ルーナ様は恭しく礼をすると、カツカツと足音を響かせて踵を返した。
こうして、ルーナ様はまさしく嵐の如く去っていた。
リュカ様は、落ち着いている雰囲気の彼には珍しく、目をパッチリと開いてぽかんとした表情で彼女が立ち去るのを目で追っていらっしゃった。
そして、ぽつりと呟かれる。
「……あのようなご令嬢も、この国にはいるのですね……」
「ええ、まあ……」
ルーナ様は、特別特殊だと思うけれど……。
なぜだかリュカ様は瞳をキラキラさせていた。
「……わたしの国では、女性の地位は低い。貴国とは比べものにならないほどです。お恥ずかしながら『夜這い』という文化が未だあるのです。男が寝所に現れたら、女がそれに抗い男の花嫁になることを拒むのは、不可能に近い」
「リュカ様……」
「わたしはそういった文化も変えていきたいのです。あのような快活なレディならば、わたしの国にも、新しい風が吹くかもしれない……」
リュカ様はなんだか、頬も僅かに朱に染まり、期待に満ち満ちたご様子だった。
もしかして、もしかするとだ。
「……ちなみに、彼女は決まったお相手はいませんよ」
私がそっと告げると、リュカ様は一度だけ目を丸くしたのち、ケイン様に何やら話しかけに行ったようだった。
ケイン様は最初、お顔を青くしていたけれど、リュカ様のお話を聞いていくうちにみるみるお顔が明るくなっていき、最終的にはなぜか「おめでとうございます!」と大きな声でリュカ様の手を厚く握っていた。
いや、まだ「おめでとうございます」ではないと思うけど……。ルーナ様のお気持ちもわからないし……。でも、ひとまずは……いい、のかな?
「……なんか、うまく収まりそうだな?」
カミルがぼそりと呟く。
「やっぱり、俺たち運がいいのかもな。なんたって今年の精霊祭の精霊役と精霊騎士役だし」
「運が……。そうかな……?」
「まあ、そういうことにしとこうぜ」
カミルがいたずらっぽく笑うので、私もちょっとニヤリ、と口角を上げて笑い返した。
運が……っていうのは、ちょっと、よくわからないけど。
……笑ってみてから、私、こういう顔似合わないなって思っていたら、心を読んだかのようなタイミングでカミルが「そういう顔もかわいいよ」と言ってきた。
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