お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました
28.人は変わらない
「……おや、あなたは……従者ではなかったのですね」
私の隣に並ぶカミルを見て、リュカ様が優雅に微笑む。
今日は、リュカ様とお約束した二回目の懇談の日だった。
前と同じ邸宅の、同じ部屋で、今度はカミルは私の婚約者……候補、として横に立っている。
「わ、私、あなたの求婚を受けることはできません。私は、近日中に、彼との婚約を控えています」
「……はい、存じておりました。彼が、本当は従者などではないこともね」
リュカ様は切長の目を細めた。
その瞳の鋭さに、どきりとする。
「カミル・ロートン殿。あなたは本当に、彼女にとってふさわしいと言えるのですか?」
「……何を仰りたいのですか?」
カミルが強張った声をあげる。
「かつて、あなたは彼女を傷つけた。……違いますか?」
思わず、目を見開く。
なぜそれをリュカ様が?
私たちの婚約と、解消された経緯と今の関係のことは、ロスベルト家とロートン家の間でしか知られていないはずなのに。
(人の口に、戸は立たぬということかしら……)
この六年の間で、ロスベルト家やロートン家から離れた使用人もいる。誰かが漏らしたのかを突き止めようとしても、しょうがないことだろう。
カミルと私にとっては、一生心に残り続けることだけど、他の人からしたら、そこまでのことでもないかもしれないし、どこかで、この話が漏れたとしても、そう不思議なことじゃない。
リュカ様は静かに、けれど、睨みつけるようにカミルに目線をやっていた。
「人はそう簡単には変われません。いずれ、あなたはまだ彼女を傷つける。……あなたが婚約者候補であるということが、わたしが彼女を妻に娶りたい理由の一つでもあります」
「リュカ様! カミルは……!」
「いいんだ、ミリア」
カミルはあの時から変わった、そんな人じゃない。割って入ろうとした私を、カミルが制する。
「それは、消しようもない事実だ。いずれ、どころか……つい最近も傷つけたばかりだ。貴方は、きっと、賢いし、優しいから、彼女を傷つけることはしないんだろう」
カミルの言葉に、私は胸がきゅう、となる。
カミルだって、優しくて、勇気のある素晴らしい人なのに。
「そんなことはどうとでも言えるでしょう? 過ちは覆されないものです」
「ああ、だから……」
リュカ様の瞳は冷ややかなままだった。カミルは頭を振り、顔を俯かせて、腰の剣の柄に手をやった。
そして。
「──貴方の国の流儀に乗っ取り、決闘を申し込む!」
カミルが剣の切先をリュカ様に向けた。
リュカ様もニヤリと笑い、自らも腰に携えた鞘から剣を抜き、それに応えるようにカミルに剣を向けた。
「ふふふ、よろしい。受けて立ちましょう!」
「え、ええとー……」
ぽかんと、棒立ちになってしまう。
決闘。決闘とは、一体。
話し合いではなかったのか。
なぜ、リュカ様も爽やかにそれに応じられているのか。心なしか、お顔が「それそれ!」とばかりに輝かれている。
「ミリア。南の島国サンスエッドにおいて、『決闘は絶対』なんだ」
「ええっ?」
展開について行けていない私にカミルが教えてくれる。
「花嫁を巡っての争いの場合、特に推奨される。縁起がいいことらしい。決闘の勝者に迎えられた花嫁は生涯寝食に困ることなく、子宝にも恵まれると」
「……そういう言い伝えがあるのね?」
「そうだ」
この間も、カミルはサンスエッドの『夜這い』の文化のことも知っていた。なんでそんなに詳しいんだろう? 今度こそ聞いてみようと、私は口を開いた。
「……カミル、どうしてサンスエッドのこと詳しいの?」
「マルク様から話を聞いてすぐに王立図書館にサンスエッドについて記述されている本を読みに行ったんだ。まあ、全然冊数はなかったけどさ」
……本を借りていたのって、カミルだったの!?
唖然とする。ただ、タイミングが悪かっただけじゃなかったのね……。
まさか、カミル、サンスエッドの異文化を学んで、それを利用して私を助け出そうとしてくれたの?
「押し問答じゃ、どうしようもないだろ。六年間かけて、ようやく認めてもらったことを、それを知らないアイツが認めてくれるわけもない」
カミルは最初から、決闘で『解らせる』つもりだったようで、なんだかニヤリと口角をあげて悪い顔をして笑っていた。
「決闘とかさ。まるで、ミリアをモノ扱いするみたいで、それは嫌だけど……。でも、俺、絶対に勝つから」
「う、ううん、いいの。そんなのは、どうだって」
確かに、女性には決定権が与えられてなくて、かの国においては男尊女卑が根深いのだなあとは思わされる……けれど、我が国だって未だに政略結婚や男子の家督制があるんだから、そう変わらない。
カミルが私のことを、大事に扱って、想ってくれていることをよく知っているから、今のこの扱いを私が不快に思うことはない。
「……カミル、どうか、負けないで」
「負けるわけがない。ミリアをあんな男にとられてたまるか」
カミルに、勝って欲しい。
リュカ様に、ぐうの音も言わさぬように! ……だけれど、もしもカミルが負けてしまっても、私はカミルを恨むことはない。
(今も、今までだって、カミルは私のために、頑張ってきてくれていたのだもの……!)
もし、カミルが負けてしまって、リュカ様がカミルをお認めになれなかったら……私がどうにか粘ってなんとしてでもリュカ様の婚約の申し出は却下する!
ごめんなさい、ケイン様、国王陛下! 代わりのご令嬢は……なんとか、見つかるようにご協力しますから!!!
室内で剣を交えるわけにもいかず、では庭園でということで仕切り直すことになったのだけれど、部屋のすぐ外に控えていたケイン様が闘る気満々で剣を持つ二人を見て、声にならない声をあげていらっしゃった。
私の隣に並ぶカミルを見て、リュカ様が優雅に微笑む。
今日は、リュカ様とお約束した二回目の懇談の日だった。
前と同じ邸宅の、同じ部屋で、今度はカミルは私の婚約者……候補、として横に立っている。
「わ、私、あなたの求婚を受けることはできません。私は、近日中に、彼との婚約を控えています」
「……はい、存じておりました。彼が、本当は従者などではないこともね」
リュカ様は切長の目を細めた。
その瞳の鋭さに、どきりとする。
「カミル・ロートン殿。あなたは本当に、彼女にとってふさわしいと言えるのですか?」
「……何を仰りたいのですか?」
カミルが強張った声をあげる。
「かつて、あなたは彼女を傷つけた。……違いますか?」
思わず、目を見開く。
なぜそれをリュカ様が?
私たちの婚約と、解消された経緯と今の関係のことは、ロスベルト家とロートン家の間でしか知られていないはずなのに。
(人の口に、戸は立たぬということかしら……)
この六年の間で、ロスベルト家やロートン家から離れた使用人もいる。誰かが漏らしたのかを突き止めようとしても、しょうがないことだろう。
カミルと私にとっては、一生心に残り続けることだけど、他の人からしたら、そこまでのことでもないかもしれないし、どこかで、この話が漏れたとしても、そう不思議なことじゃない。
リュカ様は静かに、けれど、睨みつけるようにカミルに目線をやっていた。
「人はそう簡単には変われません。いずれ、あなたはまだ彼女を傷つける。……あなたが婚約者候補であるということが、わたしが彼女を妻に娶りたい理由の一つでもあります」
「リュカ様! カミルは……!」
「いいんだ、ミリア」
カミルはあの時から変わった、そんな人じゃない。割って入ろうとした私を、カミルが制する。
「それは、消しようもない事実だ。いずれ、どころか……つい最近も傷つけたばかりだ。貴方は、きっと、賢いし、優しいから、彼女を傷つけることはしないんだろう」
カミルの言葉に、私は胸がきゅう、となる。
カミルだって、優しくて、勇気のある素晴らしい人なのに。
「そんなことはどうとでも言えるでしょう? 過ちは覆されないものです」
「ああ、だから……」
リュカ様の瞳は冷ややかなままだった。カミルは頭を振り、顔を俯かせて、腰の剣の柄に手をやった。
そして。
「──貴方の国の流儀に乗っ取り、決闘を申し込む!」
カミルが剣の切先をリュカ様に向けた。
リュカ様もニヤリと笑い、自らも腰に携えた鞘から剣を抜き、それに応えるようにカミルに剣を向けた。
「ふふふ、よろしい。受けて立ちましょう!」
「え、ええとー……」
ぽかんと、棒立ちになってしまう。
決闘。決闘とは、一体。
話し合いではなかったのか。
なぜ、リュカ様も爽やかにそれに応じられているのか。心なしか、お顔が「それそれ!」とばかりに輝かれている。
「ミリア。南の島国サンスエッドにおいて、『決闘は絶対』なんだ」
「ええっ?」
展開について行けていない私にカミルが教えてくれる。
「花嫁を巡っての争いの場合、特に推奨される。縁起がいいことらしい。決闘の勝者に迎えられた花嫁は生涯寝食に困ることなく、子宝にも恵まれると」
「……そういう言い伝えがあるのね?」
「そうだ」
この間も、カミルはサンスエッドの『夜這い』の文化のことも知っていた。なんでそんなに詳しいんだろう? 今度こそ聞いてみようと、私は口を開いた。
「……カミル、どうしてサンスエッドのこと詳しいの?」
「マルク様から話を聞いてすぐに王立図書館にサンスエッドについて記述されている本を読みに行ったんだ。まあ、全然冊数はなかったけどさ」
……本を借りていたのって、カミルだったの!?
唖然とする。ただ、タイミングが悪かっただけじゃなかったのね……。
まさか、カミル、サンスエッドの異文化を学んで、それを利用して私を助け出そうとしてくれたの?
「押し問答じゃ、どうしようもないだろ。六年間かけて、ようやく認めてもらったことを、それを知らないアイツが認めてくれるわけもない」
カミルは最初から、決闘で『解らせる』つもりだったようで、なんだかニヤリと口角をあげて悪い顔をして笑っていた。
「決闘とかさ。まるで、ミリアをモノ扱いするみたいで、それは嫌だけど……。でも、俺、絶対に勝つから」
「う、ううん、いいの。そんなのは、どうだって」
確かに、女性には決定権が与えられてなくて、かの国においては男尊女卑が根深いのだなあとは思わされる……けれど、我が国だって未だに政略結婚や男子の家督制があるんだから、そう変わらない。
カミルが私のことを、大事に扱って、想ってくれていることをよく知っているから、今のこの扱いを私が不快に思うことはない。
「……カミル、どうか、負けないで」
「負けるわけがない。ミリアをあんな男にとられてたまるか」
カミルに、勝って欲しい。
リュカ様に、ぐうの音も言わさぬように! ……だけれど、もしもカミルが負けてしまっても、私はカミルを恨むことはない。
(今も、今までだって、カミルは私のために、頑張ってきてくれていたのだもの……!)
もし、カミルが負けてしまって、リュカ様がカミルをお認めになれなかったら……私がどうにか粘ってなんとしてでもリュカ様の婚約の申し出は却下する!
ごめんなさい、ケイン様、国王陛下! 代わりのご令嬢は……なんとか、見つかるようにご協力しますから!!!
室内で剣を交えるわけにもいかず、では庭園でということで仕切り直すことになったのだけれど、部屋のすぐ外に控えていたケイン様が闘る気満々で剣を持つ二人を見て、声にならない声をあげていらっしゃった。
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