お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

24.リュカという人

 そして迎えたリュカ様との御面会の日。

 場所はケイン様が手配してくださった。王族が所有している邸宅をお貸しいただけることになったらしい。今は誰も住まわれていないけれど、たまに来国された御要員に、こちらに滞在していただくそうで、手入れはもちろんしっかりと行き届いている。

 我が家に迎えの馬車が来て、私はお父様と、お父様が選ばれた従者と一緒に馬車に乗り込む。

 座席に座り、そして正面に向き合った従者の顔を見て、ぎょっとする。

「カミル……!」
「どうだ? なかなか似合うだろ?」

 変な声が出そうになった。

 見慣れても、何度見たって整った格好のいい顔立ち。カミルが我が家の従者の制服を着ていた。装飾の少ないグレーの装束のカミル。
 似合う。カッコいい。カミルはお顔がいいんだから、何を着たって似合うに決まっている。けれど。違う。そうじゃない。

「なんでそんな格好を……」
「サンスエッドには、『夜這い』という文化があるそうじゃないか。まあ、今は昼間だけど。ようは既成事実を先に作るって話なら、警戒しておいた方がいいだろ」
「で、でも、カミルでなくても」
「俺がマルク様にお願いしたんだ。ミリアを守るなら、誰よりも守る自信があるって」
「……カミル」

 今日お会いするのは国を挟んでのやりとり……だから、そんなことは、まず、ないとは思うのだけれど。そんなことが起きてしまったら、きっとケイン様の胃が爆発する。
 カミルはなんだかフフンと勝気なお顔をしていた。

 たしかに、カミルがいてくれるなら、それだけで心強くはある。

「万が一ということもある。……カミルくんには、いてもらった方がいいだろう。カミルくんには、精霊騎士決定戦で勝ち残れるほどの実力もあるんだ」

 お父様が神妙な面持ちで言う。まさか会うとは思わなかったカミルと出会って動揺してしまった私だけれど、うん、と頷くことにする。

 ん? そういえば、今、カミルはさらっと言ったけど……。

「……カミル、サンスエッドのこと、よく知ってたわね?」
「ん? まあな」

 カミルは大したことなさそうにちょっとだけ口角を上げて、私に答えた。

「それにしても、ミリア。今日は格段に君の美しさを際立てる衣装を着ているじゃないか。俺がこうして着いてこなかったら、その服を着た君には会えなかったのか? そう思うと、それだけで今日来た甲斐があるな」
「もっ、もう、カミルったら!」

 お父様が目の前にいるのに、カミルは少し早口に私への賛辞を言い切った。
 今日はいつもよりも、かしこまったシックなデザインのドレスを着ていた。普段、私はふわふわヒラヒラのドレスを好んで選んでいたけれど、今日という場では、少し落ち着いた印象の服の方が望ましいのではないかと思って。

 そんなドレスも持っていたのか、とカミルはニコニコと私を見つめていた。話題を変えようとか、そういう意図ではなく、心底そう思っているのがよくわかる。情熱的な瞳だ。

「ミリア、今日の君にも会えてよかった。まさに、どこに出しても恥ずかしくないご令嬢だよ。……きれいだ」

 うっとりと、囁くように、カミルはハスキーに私に語りかける。

 お父様……どんなお顔で聞いているの……。
 そう思って、横に座るお父様のお顔をこっそり見上げると、腕を組み、静かに頷いていらっしゃった。

(……お父様、わりと、結構、カミルに甘いわよね……)


 ◆


 邸には見知った顔のケイン様もいらっしゃった。相変わらず、人の良さそうな顔で苦笑しながら私たちを出迎え、リュカ様がお待ちになられている部屋へと案内してくれた。

 そう広くもない客間に、黒髪の麗人が佇んでいた。
 凛とした雰囲気を纏っていて、大人っぽく見えるけれど、きっと私たちとそう歳が変わらなさそうだ。

 私と目が合うと、彼はニコリと微笑んだ。

「本日は貴重な機会をありがとうございます、レディ」
「急なお誘い、申し訳ありませんでした」
「いえ、そもそも、急なのはこちらの方でしたから」

 リュカ様は、艶やかな黒髪をお持ちの美しい方だった。恭しく礼をする姿は気品に溢れている。
 着ている服はシルクだろうか。ハリと光沢感のある衣服には独特の紋様が織り込まれていた。

 切長の瞳の色も、黒く、まるで黒真珠のようだった。
 細身だが、背は高く、姿勢がとても美しかった。

 私たちの挨拶が済むと、ケイン様は退室し、部屋の中はリュカ様と、私たちの四人だけになった。

「本来ならば、こうして面と向かって会話をして後に求婚をすべきですが……わたしは異国の人間、しかも向こうの王の血筋の貴族です。まず、あなた方の王へ、結婚の許可を得ないといけませんでした。望ましい順番が前後してしまったこと、大変申し訳ありません」

 丁重に、リュカ様は頭を下げる。きれいなつむじが見えた。

 リュカ様とは、どのようなお方なのか。
 全然私は想像がついていなかった。

 けれど、ぼんやりと思い描いていた青年よりもずっと、彼は美しく、かつ丁寧な人物のようだった。

「ご承知いただいているかとは存じますが、改めて、申し上げたい。わたしはあなたとの婚姻を求めます」
「……リュカ様……」

 リュカ様は頭を上げると、淀みのない真っ黒な瞳で私を見つめた。
 こんなに黒い瞳の人を、この国で見たことがないけれど、とてもきれいな瞳。そう思った。

 ぎゅ、と私は拳を固めた、

「あなたの王には、許可を得ました。あとは、あなたの家と、あなたのお気持ち次第です。三代まで続く富と、あなたの不自由ない暮らしをお約束いたします。どうか、我が妻になっていただきたい」

 淡々とした声音。リュカ様の薄い唇が動くのを、私もじっと見つめていた。
 直感だけだけど、誠実な人なのだと、そういう印象があった。

 お父様とカミルも、静かに彼の言葉を聞いているようだった。

 ひとしきり、リュカ様のお言葉を聞いて。
 私は彼に聞かなければならないと思っていたことを口にした。今日は、これを聞くために来たのだ。

「リュカ様は、どうして外国の令嬢である私へと求婚なされたのでしょうか」
「当然の疑問です、レディ。もちろん、お話しいたします」

 リュカ様は深く頷きを見せた。

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