お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

23.異文化の人

「ミリア様、今日からお部屋に護衛のものがつくことになりました」
「えっ、どうして?」

 夜。もうベッドに入って寝るだけというところで、マチルダから声をかけられた。

「サンスエッドの国では、『夜這い』という文化があるそうで……。婚姻前の女性の元に、男性が通い、逢瀬を重ねて求婚をするのだと……」
「え、ええっ!?」

 夜這い。この言葉自体は、我が国にも、ある。
 でも、マチルダが言うには、サンスエッドでは『求婚の一連の流れとして、夜這いをするのが一般的』……ということ、らしい。

 唖然としている私に、マチルダは深く頷きを見せた。

「念のため、ということでございます。家の門には衛兵を立たせてありますし、まさか、いくらなんでも外国の地でそんなことはなさらないでしょうが……」
「わ、わかったわ」

 我が国では、婚姻前の女性には貞淑さを求められる。万が一でも間違いがあったら……私はもう誰のところにもお嫁にいけないかもしれない。

「護衛は男女一名ずつ、つかせていただきます。年頃のお嬢様には、落ち着かれないかと思いますが、旦那様の命でもございます。どうかご容赦くださいませ」
「もちろんよ、ありがとう」

 マチルダは礼をして、部屋の外で待機していたらしい使用人の男女を招き入れた。

「お嬢様、失礼いたします」
「私どもは、部屋の隅に控えております」

「少しでも、お眠りになりやすいように……ラベンダーのオイルキャンドルを焚かせていただきますね」

 マチルダは私の寝台の横の机に、小さな燭台を置き、ろうそくの火を灯した。
 ふわりと柔らかい花の香りが鼻についた。

「ありがとう、いい匂い……」
「お嬢様、おやすみなさいませ」

 そう言って、マチルダは部屋から出て行った。私は護衛の二人をちらりと見て、「おやすみなさい」とだけ声をかけて、ラベンダーの香りに包まれながら眠りについた。

 優しい花の香りは、強張る気持ちを和らげてくれて、私はぐっすり眠れたようだった。


 ◆


 サンスエッドとの戦争は、圧倒的にサンスエッド国が優勢だった。しかし、最終的に和平と落ち着いたのは島国であるかの国の物資が乏しくなり、国内で戦争への反感が強まったことが決め手となったそうだ。

 いつもなら穏やかなはずの屋敷の空気がピリピリと、緊張感に満ち溢れていた。
 使用人のみんなたちが、私のために全神経を持って、警戒してくれていることがよくわかった。

(お断りできる流れになってくれたらよいのだけど……)

 昨日訪ねてきたケイン様は、国王へよく伝えてくれただろうか。


 
 私の期待に反し、数日後に我が家を再来したケイン様の表情は芳しいものではなかった。

「……申し訳ありません。我が王としましては、今回の件はよく考えてほしいということでした」
「……いえ、あなたのせいではないでしょう」

 生来、人の好い気質なのだろう。ケイン様は顔色を青くして、私たちに同情しきっている様子だった。
 お父様は彼を責めてもしょうがないと、ため息だけをつき、頭を振った。

「……今度、王と直接お話しさせていただいても?」
「はい、もちろんです。お迎えの馬車もよこしましょう」

 重苦しい雰囲気のお父様とケイン様。
 
 私は、ふと気になったことを聞いてみることにした。

「あの、その方はどうしても私でなければならないのでしょうか……?」
「わざわざ国を通して求婚の申し出をされた以上、そうだと思いますが……」
「……お断りした場合、どうなさるかなどは、仰っていなかったのですか?」
「いえ、そのようなことは何も……。しかし、求婚の意図もハッキリしない以上、慎重に対応したいとのことでした」
「……求婚の意図すらハッキリしない、と?」

 お父様が眉を大きく吊り上げる。ケイン様は気圧されて、顔色をますます曇らせた。

「も、申し訳ございません。ただ、ミリア嬢を見初めたと。彼女を妻に迎えたいと、それしか申されていないそうで」
「……そこを、追求してほしいものですな」
「は……。それは、その通りなのですが……」

 ケイン様は口をもごつかせる。

「かのお方は、どちらにいらっしゃるのですか?」
「我が国に滞在されておいでです。ミリア嬢とのご婚約が成立次第、帰国すると……」

 そうですの、と答えながら、私は腹を括った。

 カミルとの交流の中で、痛感したことがある。
 言わないとわからない、話してみないとわからない。自分の気持ちを素直に話して、相手の話を聞くことが大切なのだと。

 異文化の外国の方でも、きっとそれは同じことなのだと。

 ケイン様……我が国の人物は、異国の彼に過度の警戒を抱いているけれど、もしかしたらそれも、杞憂なのかもしれない。
 なにしろ『わからない』のだから。

「……お父様、ケイン様。私、リュカ様と直接お話ししてみたいです」
「ミリア! やめなさい、そんなこと」

 やおら立ち上がったお父様が顔面蒼白で、私の肩を両手で掴む。

「せ、僭越ながら、申し上げますと、ぜひ、一度お会いしていただけると我々としては助かります……」

 先方からは「ミリア嬢に会いたい」と要望が出されているのだと、ケイン様は語った。

「だからそれは、あなた方の都合でしょう。ずっとあなた方はご自分たちに都合の良いことばかり名案とばかりに言って……」
「もっ、申し訳ございません!!!」

 お父様に一喝されたケイン様はぺこぺこと頭を下げ出す。
 私の提案のせいでケイン様が怒られるのは、かわいそうだわ。私はサッとその間に割って入っていった。

「お父様。ケイン様は、よくしてくださっているわ。それに、屋敷のみんなも私のためにずっと気を張ってくれている。お父様だって……」
「……ミリア」
「ずっと、このままの状態を引き延ばしているわけにはいかないでしょう? 私、お会いして、お話ししてみたいわ。お願い、お父様」
「……わかった。しかし、いくつか条件をつけさせてもらおう。ミリアもそれでいいかい?」

 お父様の出した条件。それは、リュカ様とお会いする時にはお父様と従者も付き添うということだった。

 もちろん、この国の常識としては未婚の女性が異性と二人きりになることはまず、ない。はしたない。私がカミルと会う時だって、気配を潜めた従者が近くには控えている。

 ……控えていても、カミルは容赦なく甘い言葉を垂れ流すのだけれど。
 ある意味、常にそういう環境だから『そういうもの」だと慣れてしまっていて、そんなに気にしてない……というのは、あるわね。うん……。

 だけれども、リュカ様は異国の方だ。この国で常識とされることがそうではないかもしれないし、もしかしたら、サンスエッドの国においてはこのような話をする時には当該者のみで、という文化すらあるかもしれない。ハッキリと条件を提示するのは、大事なことだろう。

「では、また、日程などは改めまして。失礼いたします」

 王の使いであるケイン様を見送った後、お父様は私をぎゅっと抱きしめた。

「ミリア、私は、君の幸せを心から祈っている」
「……ありがとう、お父様」

 お父様のふくよかな身体はとても温かい。

 お父様がこうしてふくよかになられたのは、お母様が亡くなってからのこと。お母様がいなくなってしまった穴を塞ぐかごとく、お父様は暴食に耽ってしまった。
 お父様は、優しくって、愛情深いお方で、私はお父様が大好き。

 私は、このお父様に、祝福されながら結婚をしたい。
 リュカ様は、一体どのような方なのだろうかと想いを馳せながら、私はお父様の太い腰に腕を回していた。

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