お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

17.伝統のサドンデスマッチ

 かくして、伝統のサドンデスマッチは開かれた。

 何事かというと、私とルーナ様の二人で箱の中からくじを引きつづけ、先にあたりが引けなかった方が負け。そして、勝った方が、女神様の真なる選定者となるらしい。

「先に言っておきましょう。今まで、このサドンデスマッチで挑戦者が勝ったことはありません。女神様の決定は絶対なのです」
「ふふん、だったら、あたしが勝つに決まっているわね。だって、今年のはイカサマなんですもの! 女神様の御意志は私にあるに決まっているわ!」

 ルーナ様は自信満々に胸を張る。

 呆然としている私の横で、ひょろっと背の高い神官が身をかがめて私に耳打ちしてきた。

「神官長の言うとおりです! 負けっこありませんので、どうか、お気持ちを楽に臨んでください!」
「は、はい。ありがとうございます」

 よくわからないままお礼を言いつつ、私はこっそり胸の内で(このバトルこそ、教会がイカサマし放題なのでは……?)と思ってしまった。

「ちょっとよろしい? あたしがその箱の中にくじを入れてもいいかしら?」

 ルーナ様も同じことを考えられたようで、神官長に進言する。神官長はゆったりと頷いて、余裕を見せつけた。

「構いませんよ。女神様の御意志は変わりません」

 ──私は、なんの茶番に巻き込まれているのかしら?

「さあ、ミリア様。ルーナ様。一斉に……どうぞ!」

 神官の合図で、同時にくじを引く。結果は……二人とも、当たりを引いた。

「両者相打ち! 次!」

 二人とも当たりを引いた時は、引きわけとして、また新たにくじを引くらしい。なんだか、永遠にくじを引き続けるような気がしてきた。

「ううむ、両者ともなかなか退きませんな!」
「そうですな、引きませんな!」
「引くだけに!」

 ギャラリーがよくわからないことを言って、ドッと沸く。
 ものすごい地味な絵面だと思うのだけれど、教会の神官たちはなぜかとても盛り上がっていた。暇なのかしら。

「ミリア・ロスベルト! 随分と余裕じゃない! 集中なさい!」
「はっはい!」

 ルーナ様に怒られてしまった。私は気を取り直してくじを引く。
 紙に赤い印が書いてあれば、あたりだ。

 私は今回も赤いくじを引いた。ルーナ様も。

「女神様はなかなか魅せてくれますな……」
「いいや、そろそろ……おおっ!」

 次の回。ルーナ様は初めて真っ白なくじを引いた。
 形の良い眉が歪む。

 私はもうすでに、箱の中に手を入れている。この場にいる誰もが、私が手にした紙はなんだったのかを、気にしている。

 場の勢いに流されていて、ずっとどこか呆けていた私だけれど、さすがにこの瞬間は緊張した。数多の視線を感じながら、私が箱から引き抜いたものは……。

「──赤の印だ!」

 あたりだ!

 私が赤い印を視認するよりも、歓声の方が早かった。

 ルーナ様がくうっ、と声を絞り出しながら握り拳を机に叩きつけた。

「皆のもの、見ましたか。これこそ、女神様の御意志。絶対的なもの。女神様に選ばれた乙女の奇跡です」

 神官長が、両手を高々と掲げ、枯れた声を張り上げると、一層歓声は強まった。

「……悔しいけれど、どうやら、女神様の選定……ということに、偽りはないようね……」
「は、はあ……」

 ルーナ様に握手を求められたので、応えつつ、私は内心苦笑いしていた。取り囲む神官の中には私を拝む人もいた。

「これ、誰か。王立新聞に今日のことを報せなさい」
「はっ! わたくしが行ってまいります!」

(し、新聞に載るの!? これが!?)

 ポカンとしているうちに、神官長の言葉に挙手で応えた神官の一人があっという間に部屋から駆けて出て行った。

「必ずいるのです。こういう者が。しかし、女神様に選ばれた者が負けることはないのです。これこそ、女神の術であることの証左」

 神官長が私の肩を叩く。老人ながら、なかなか力が強くて、ちょっと痛い。

「ミリア様。今年の精霊様。どうぞ、今日のことを糧とし、いっそう励み、お役目を果たしてくれますよう」
「は、はい!」

 神官長とも握手を交わした。カサカサの老人の手だが、でも、やっぱり力は強かった。

「ミリア・ロスベルト……いえ、ミリア様。本日は大変失礼いたしました。あなたのことを侮辱してしまったわ」
「いいえ、ルーナ様。どうか、お気になさらず」

 ルーナ様はとても恭しく、私に礼をする。その声と、表情から彼女が本心から私に謝ってくれていることはよくわかった。

 顔を上げたルーナ様は一度苦笑をしてから、やや目を伏せて、やがて嘆息した。

「女神様に選ばれたあなたと握手をしたんですもの。私にも幸運があるかしら。運命的な……出会いとか」

 ルーナ様がオレンジの瞳を輝かせながら、ほのかに赤らんだ頬にそっと手を添えた。恋に恋するご令嬢という風体で、そのお顔はとても美しい。

 ルーナ様は、悪い人ではない。そう、納得がいくまで追求するし、あくまで強気の姿勢を崩すことはけしてしないが、理屈に納得さえいけば、後をひくことはなく、とても素直で、前向きなご令嬢なのである。

「……でも、当人のあなたがまだまだ婚約者が決まっていないのだものね! いえ、でも、今は精霊祭の前でみんな予定を入れるのを控えていたから……精霊祭が終わってからかしら? お互い、よい人が見つかるといいわね!」

 一気に捲し立てて、ルーナ様は颯爽とこの場を立ち去った。

(ま、またカミルのことを言えなかった……)

 精霊祭が終わったら、お茶会でお会いした時に、今度こそ「実はカミルという婚約者候補がいて……」という話が、できるかな。できるといいな。次こそ私、気をしっかり保たないと!

 まずはとにかく精霊祭を無事に終えなくっちゃ!
 精霊祭まで、あと三週間。頑張るぞ!



 ちなみに、今回の件は神官長の指示通り、王立新聞にバッチリ載って、お兄様は大笑いし、お父様はため息をついて、カミルからは「さすがミリアだ!」と手紙で称賛された。

 そうそう、カミルは「やらなくちゃいけないこと」がなかなか捗らなくて大変だけど、私を見習って頑張る、俺も負けない、とも手紙に書いていた。

 ……私のは、ただの、くじ引きなんだけどね……。

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