お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました
12.すっっっっごくがんばってる!
あっという間に一ヶ月が経ち、私はまたカミル様とお会いすることになった。
今度はまた、我が家にお招きした。
我が家とロートン家と、交互に行き来する形になっていくのかしら? この間の湖がとても素敵だったから、いつか、私のロスベルト家の領地のどこかにもお連れしたいなあ、と思ったけれど、そんなに景色が綺麗なところも、お招きして楽しんでいただけるようなところも、ないかもしれない……。私は牧場とかに行くの、楽しいけど、カミル様、好きじゃなさそう……。
……でも、聞きもしないで決めつけるのも良くないわよね。聞けそうだったら聞いてみよう! それで、もしもいい感じだったら、お誘いしてみよう!
「カミル様って、動物はお好き?」
「……好きでも嫌いでもない」
「今度、牧場に行ってみませんか?」
アフタヌーンティーを楽しんで、私は早速聞いてみた。なんだか予想通り、あんまり……な雰囲気は感じつつ……。
「何の牧場?」
「牛と馬です! 牧場主さんがとっても良い方で! 牛のお乳を搾ったり、小さなお馬に乗せていただいたり、楽しくて私は好きなの!」
「……馬は、好き、だけど、牛は……よくわからないな……」
「牛も可愛いですよ! おっきくて、あったかくて」
そうかあ、カミル様は馬が好きなのかあ。馬に乗るカミル様、格好いいだろうなあ。私が乗せてもらっている小さな馬じゃなくて、大きな馬にも乗れちゃいそう。
カミル様は眉根を寄せたまま、小さく呟くように、答えてくださった。
「……君が楽しめる場所なら、行く」
「本当?」
「ああ」
やった、嬉しい!
思わず笑みがこぼれた私を見てか、カミル様のお顔もちょっとだけ笑っていた……? 気がする。
「……他に、君が行きたいところってないの?」
「行きたいところ……うーん……」
カミル様と一緒に行きたいところ……。湖は綺麗だったから、また行きたいけれど……。
「あ、私、カミル様のお家の庭園にまた行きたいです! もうバラの季節は終わってしまったけれど……また、咲く時期になったら、行きたいわ」
「──そこはダメ」
強い語気で、カミル様は仰った。
私はパチ、と瞬きを一度だけして、すぐに頷いた。
……なんで、とか聞いたり、余計なことは言ってはいけない気がする……。そもそも、そこに行きたいと言ってしまったこと自体が、大間違いだったのでは、ないかしら。そうだ。
でも、失言を謝る、のも、今はいけないような感じがする。
触れない方が、いいのだと。
(わ、私は、なんて気が利かないの!)
行きたいところ、と聞かれて、頭によぎってしまったのだ。あの日の美しいバラ園が。
私にとっても、カミル様にとっても、あの場所にはいい思い出はないけれど、でも、あの日ちゃんと見れなかったバラを、今度はもっとちゃんとみたいなあ。また行きたいなあと、思ってしまった。そして、言ってしまった。
(私の、大馬鹿者)
巻き戻せるなら時間を巻き戻してしまいたい!
……でも、いつか。カミル様が、「いい」と言ってくださるようになったら、その時は、あの美しいバラ園にもう一度、行きたい。
その時が来るまでは、この気持ちは封印しておこうと、私は誓った。
よし、と心の中だけで気合をいれて、私はにこやかな笑みを作った。
「カミル様。私、カミル様が私を連れて行きたいと思ってくださったところに行きたいです」
「俺が?」
「はい!」
気を取り直して、つとめて明るくカミル様に言ってみると、カミル様はきょとんと目を丸くされた。
「どこでもいいの?」
「カミル様が勧めてくださった場所なら、どこでも」
「……考えておく」
ふい、とカミル様はお顔をそらす。
お顔はそらされてしまったけど……多分、カミル様は気分を害したわけでは、ない。……と思う。
だって、お部屋の空気がピリピリしたり、気まずくなったりはしていないもの。プレッシャーは感じない。
気まずい空気というのはさきほどの私の大失言のときのようなことよ。カミル様のこれは……そういうのでは、ない。
だって、ちらりと覗く口元が、ほんのちょっとだけど、緩んでらっしゃるもの。
(……楽しみに、してくださっているのかしら?)
そうだといいなと思いながら、私も微笑んだ。
「……」
ふぅ、と。本当に小さなため息、というか、吐息が漏れた。
この間の湖でのことが思い返される。あのときのため息と似ている雰囲気だった。
記憶の糸を手繰り寄せていたら、知らず知らずに変な顔でもしてしまっていたのか、カミル様がなんだか眉に力を入れて、私を見ていた。何か、仰りたい様子がバリバリだ。
「あ、ええと、どうかなさいましたか?」
「……別に……。……いや……」
カミル様は、なんだか、なにかをものすごい悩まれている。
カミル様は机に肘をつき、お顔の前で組んだ両手で口元を覆い隠しながら、目線だけを彷徨わせていたけれど、しばらくして、観念したように声を発した。
「うんざりした、とかじゃないんだ、ため息……ついた、けど」
「は、はい」
ため息をついたのに気づかれて、私が気を悪くした……と思われたのね! と言われてようやく合点がいった。
悪い意味じゃないんだろうな、とは思っていたけど、カミル様の口から直接それが聞けてホッとする。
と同時にカミル様に気をつかわせてしまったわ……とも思う。
「そういうのじゃ、なくて。……その」
「はい」
カミル様が、何かを言おうとしている。
それも、ものすごく、頑張って。
私は大人しく、両手を膝に揃えて、カミル様の言葉を待った。
「き、君が……か、かわ、かわいい……から……」
カミル様はつっかえつっかえ、難しい顔をしながら言った。
声なんて、まるでつぶれたカエルみたいになってた。
……ものすごい、とっても、頑張っていらっしゃる……!!!
私を一言、「かわいい」というためだけに! こんなに!
……こんなになってまで、頑張らなくてもよろしいのですが!?
「か、カミル様、その、ご無理なさらないで」
「いや、その、ちがう、ちがうんだ」
カミル様はハッとして、悲しそうな顔をされた。
その表情を見て、私もハッとなる。
ああ、しまった。こんなこと、言ったらダメだったんだ。
そうだ、だって、こんなにもがんばってくれている人に「頑張らないでいい」なんて言ったら、失礼に決まっているじゃない。
自分の幼稚さと、至らなさにめまいがしてくる。
何で私は思いついたらそのまま喋っちゃうんだろう。さっきも失言したばかりなのに。
「嘘を、言ってるわけじゃないんだ」
それは、わかる。
嘘だったら、もっと上手に言えるでしょうに。カミル様はとっても頑張って、頑張って、頑張り抜いて、言葉を絞り出していた。
「ほ、本当に、俺は、そう思っていて、でも……い、言うのが、恥ずかしいんだ……」
「そ、そうなの」
カミル様は顔を真っ赤にして、俯いていた。
「……あの、私、カミル様に嫌われていないことは、私、もう、わかりました」
「それじゃ、ダメなんだ」
「カミル様は、お優しい人なんだって、私、思っています」
「……全然、優しくなんてないよ」
「そんな」
俯いたまま、カミル様は首を横に振る。
「本当に優しいなら、もっと君に素直になれてる。思ったことを優しい言葉で伝えられている。俺、それができないんだ」
「大丈夫、伝わってますよ」
「俺は、ずるくて卑怯で小心者のクズだよ」
クズ!? あんまりにもあんまりな言いように私は思わずぽかんと目を丸くした。
「頑張ろうとしていなかったら、俺、きっとまた君にひどい態度を取る。それだけは絶対に嫌だ。だから……俺、頑張らなくちゃ」
カミル様はしゅんと項垂れる。
「……ごめん、こんなの、普通わざわざ頑張ることじゃないよな……」
「そんなことない!」
慌てて声を出したら、思ったよりも大きな声になってしまった。カミル様はちょっと驚いたような顔をして、私を見てくれたけど、すぐにまた俯いてしまった。
「俺、自分のことがかわいくて、かわいくて、仕方がないんだと思う」
「……? そうなの?」
「だから、自分が傷つかないように、自分を守るために、君に素直になれなくて、君を傷つけた」
自分がかわいいから、私にひどいことを言ってしまう……?
ピンとこないけれど、もしも、自分の好意がちゃんと受け入れられなかったら傷つくから、素直になれなかった……ということかしら。
マチルダのアドバイスで読んでみたツンツンしている男の子とのすれ違いのお話を思い出しながら、カミル様はどうだったのかしらと私は考えた。
ううん、小説だと、男の子は結構露骨に「照れ隠しなのね!」とわかるんだけれど、現実だとちょっと、分かりづらいわ……。
「……俺、君から婚約解消って言われるまで、それを分かっていなかった。自分が何をしたって、君との関係は変わらないと思い込んでいた。婚約者だから、また会えるから……って」
「カミル様……」
「……君に、自分の気持ちを素直に伝えるのは、まだ……怖い、けど、でも、君を傷つけるようなことだけは、もう、絶対したくない」
カミル様は、お顔を上げて、私を真正面から見てくださった。
その表情に、私はドキリとなる。
あまりにも、真っ直ぐで、誠実な瞳。今まで見たどんなものよりも綺麗な目に、映り込んでいるのは私だった。
「俺は、君のことでもう後悔したくない。君に……素直な気持ちを、伝えられる男でありたいし、君を喜ばせたいし、君から、好かれたい」
私はまばたきもできないで、カミル様の眼差しを見つめ返していた。
なにか、気の利いた一言でも言えればいいのに、何も言えないで固まってしまった。
今、胸はドキドキしているけど、自分がどんな気持ちなのか、言葉にするのが、難しかった。
私が押し黙っているせいか、カミル様はそのうちに不安げに目を伏せて、顔を背けてご自身の金髪をがしがしとかいた。
「……ごめん、なんか、調子乗った……。お、俺のこと、許せない、って思っていていいから……嫌に、なったなら、こうして会うのだって、いつでも断ってくれて、いいし……」
「えっ、ゆ、許せない?」
なんでそんな言葉が出てくるの? と私が目を丸くしてるとカミル様は眉を下げて困ったように苦笑された。
「ごめん、君が、そういう子じゃないっていうのも、わかってるんだけど……。……いや、気にしないで」
「う、うん」
……カミル様、あんなに謝ってくださったのに、まだ、気にしてくださっているのね。
私も、カミル様にひどいことを言われたことは、忘れられはしないと思うけど……でも、それよりも、あの日のカミル様の泣き顔の方が、もっと忘れられない。
今は、カミル様と会って、お話しするのが、楽しくなってきている。
どうやって言ったら、カミル様に「もう気にしないで」と伝わるのか、わからない。下手に言ったら、きっともっと気にさせてしまう。
……いつか、言えるといいな。
私も、自分の気持ちの伝え方、頑張って、上手になりたい。
……カミル様も、頑張ってくださっているのだから。私も、頑張りたい。そう思った。
今度はまた、我が家にお招きした。
我が家とロートン家と、交互に行き来する形になっていくのかしら? この間の湖がとても素敵だったから、いつか、私のロスベルト家の領地のどこかにもお連れしたいなあ、と思ったけれど、そんなに景色が綺麗なところも、お招きして楽しんでいただけるようなところも、ないかもしれない……。私は牧場とかに行くの、楽しいけど、カミル様、好きじゃなさそう……。
……でも、聞きもしないで決めつけるのも良くないわよね。聞けそうだったら聞いてみよう! それで、もしもいい感じだったら、お誘いしてみよう!
「カミル様って、動物はお好き?」
「……好きでも嫌いでもない」
「今度、牧場に行ってみませんか?」
アフタヌーンティーを楽しんで、私は早速聞いてみた。なんだか予想通り、あんまり……な雰囲気は感じつつ……。
「何の牧場?」
「牛と馬です! 牧場主さんがとっても良い方で! 牛のお乳を搾ったり、小さなお馬に乗せていただいたり、楽しくて私は好きなの!」
「……馬は、好き、だけど、牛は……よくわからないな……」
「牛も可愛いですよ! おっきくて、あったかくて」
そうかあ、カミル様は馬が好きなのかあ。馬に乗るカミル様、格好いいだろうなあ。私が乗せてもらっている小さな馬じゃなくて、大きな馬にも乗れちゃいそう。
カミル様は眉根を寄せたまま、小さく呟くように、答えてくださった。
「……君が楽しめる場所なら、行く」
「本当?」
「ああ」
やった、嬉しい!
思わず笑みがこぼれた私を見てか、カミル様のお顔もちょっとだけ笑っていた……? 気がする。
「……他に、君が行きたいところってないの?」
「行きたいところ……うーん……」
カミル様と一緒に行きたいところ……。湖は綺麗だったから、また行きたいけれど……。
「あ、私、カミル様のお家の庭園にまた行きたいです! もうバラの季節は終わってしまったけれど……また、咲く時期になったら、行きたいわ」
「──そこはダメ」
強い語気で、カミル様は仰った。
私はパチ、と瞬きを一度だけして、すぐに頷いた。
……なんで、とか聞いたり、余計なことは言ってはいけない気がする……。そもそも、そこに行きたいと言ってしまったこと自体が、大間違いだったのでは、ないかしら。そうだ。
でも、失言を謝る、のも、今はいけないような感じがする。
触れない方が、いいのだと。
(わ、私は、なんて気が利かないの!)
行きたいところ、と聞かれて、頭によぎってしまったのだ。あの日の美しいバラ園が。
私にとっても、カミル様にとっても、あの場所にはいい思い出はないけれど、でも、あの日ちゃんと見れなかったバラを、今度はもっとちゃんとみたいなあ。また行きたいなあと、思ってしまった。そして、言ってしまった。
(私の、大馬鹿者)
巻き戻せるなら時間を巻き戻してしまいたい!
……でも、いつか。カミル様が、「いい」と言ってくださるようになったら、その時は、あの美しいバラ園にもう一度、行きたい。
その時が来るまでは、この気持ちは封印しておこうと、私は誓った。
よし、と心の中だけで気合をいれて、私はにこやかな笑みを作った。
「カミル様。私、カミル様が私を連れて行きたいと思ってくださったところに行きたいです」
「俺が?」
「はい!」
気を取り直して、つとめて明るくカミル様に言ってみると、カミル様はきょとんと目を丸くされた。
「どこでもいいの?」
「カミル様が勧めてくださった場所なら、どこでも」
「……考えておく」
ふい、とカミル様はお顔をそらす。
お顔はそらされてしまったけど……多分、カミル様は気分を害したわけでは、ない。……と思う。
だって、お部屋の空気がピリピリしたり、気まずくなったりはしていないもの。プレッシャーは感じない。
気まずい空気というのはさきほどの私の大失言のときのようなことよ。カミル様のこれは……そういうのでは、ない。
だって、ちらりと覗く口元が、ほんのちょっとだけど、緩んでらっしゃるもの。
(……楽しみに、してくださっているのかしら?)
そうだといいなと思いながら、私も微笑んだ。
「……」
ふぅ、と。本当に小さなため息、というか、吐息が漏れた。
この間の湖でのことが思い返される。あのときのため息と似ている雰囲気だった。
記憶の糸を手繰り寄せていたら、知らず知らずに変な顔でもしてしまっていたのか、カミル様がなんだか眉に力を入れて、私を見ていた。何か、仰りたい様子がバリバリだ。
「あ、ええと、どうかなさいましたか?」
「……別に……。……いや……」
カミル様は、なんだか、なにかをものすごい悩まれている。
カミル様は机に肘をつき、お顔の前で組んだ両手で口元を覆い隠しながら、目線だけを彷徨わせていたけれど、しばらくして、観念したように声を発した。
「うんざりした、とかじゃないんだ、ため息……ついた、けど」
「は、はい」
ため息をついたのに気づかれて、私が気を悪くした……と思われたのね! と言われてようやく合点がいった。
悪い意味じゃないんだろうな、とは思っていたけど、カミル様の口から直接それが聞けてホッとする。
と同時にカミル様に気をつかわせてしまったわ……とも思う。
「そういうのじゃ、なくて。……その」
「はい」
カミル様が、何かを言おうとしている。
それも、ものすごく、頑張って。
私は大人しく、両手を膝に揃えて、カミル様の言葉を待った。
「き、君が……か、かわ、かわいい……から……」
カミル様はつっかえつっかえ、難しい顔をしながら言った。
声なんて、まるでつぶれたカエルみたいになってた。
……ものすごい、とっても、頑張っていらっしゃる……!!!
私を一言、「かわいい」というためだけに! こんなに!
……こんなになってまで、頑張らなくてもよろしいのですが!?
「か、カミル様、その、ご無理なさらないで」
「いや、その、ちがう、ちがうんだ」
カミル様はハッとして、悲しそうな顔をされた。
その表情を見て、私もハッとなる。
ああ、しまった。こんなこと、言ったらダメだったんだ。
そうだ、だって、こんなにもがんばってくれている人に「頑張らないでいい」なんて言ったら、失礼に決まっているじゃない。
自分の幼稚さと、至らなさにめまいがしてくる。
何で私は思いついたらそのまま喋っちゃうんだろう。さっきも失言したばかりなのに。
「嘘を、言ってるわけじゃないんだ」
それは、わかる。
嘘だったら、もっと上手に言えるでしょうに。カミル様はとっても頑張って、頑張って、頑張り抜いて、言葉を絞り出していた。
「ほ、本当に、俺は、そう思っていて、でも……い、言うのが、恥ずかしいんだ……」
「そ、そうなの」
カミル様は顔を真っ赤にして、俯いていた。
「……あの、私、カミル様に嫌われていないことは、私、もう、わかりました」
「それじゃ、ダメなんだ」
「カミル様は、お優しい人なんだって、私、思っています」
「……全然、優しくなんてないよ」
「そんな」
俯いたまま、カミル様は首を横に振る。
「本当に優しいなら、もっと君に素直になれてる。思ったことを優しい言葉で伝えられている。俺、それができないんだ」
「大丈夫、伝わってますよ」
「俺は、ずるくて卑怯で小心者のクズだよ」
クズ!? あんまりにもあんまりな言いように私は思わずぽかんと目を丸くした。
「頑張ろうとしていなかったら、俺、きっとまた君にひどい態度を取る。それだけは絶対に嫌だ。だから……俺、頑張らなくちゃ」
カミル様はしゅんと項垂れる。
「……ごめん、こんなの、普通わざわざ頑張ることじゃないよな……」
「そんなことない!」
慌てて声を出したら、思ったよりも大きな声になってしまった。カミル様はちょっと驚いたような顔をして、私を見てくれたけど、すぐにまた俯いてしまった。
「俺、自分のことがかわいくて、かわいくて、仕方がないんだと思う」
「……? そうなの?」
「だから、自分が傷つかないように、自分を守るために、君に素直になれなくて、君を傷つけた」
自分がかわいいから、私にひどいことを言ってしまう……?
ピンとこないけれど、もしも、自分の好意がちゃんと受け入れられなかったら傷つくから、素直になれなかった……ということかしら。
マチルダのアドバイスで読んでみたツンツンしている男の子とのすれ違いのお話を思い出しながら、カミル様はどうだったのかしらと私は考えた。
ううん、小説だと、男の子は結構露骨に「照れ隠しなのね!」とわかるんだけれど、現実だとちょっと、分かりづらいわ……。
「……俺、君から婚約解消って言われるまで、それを分かっていなかった。自分が何をしたって、君との関係は変わらないと思い込んでいた。婚約者だから、また会えるから……って」
「カミル様……」
「……君に、自分の気持ちを素直に伝えるのは、まだ……怖い、けど、でも、君を傷つけるようなことだけは、もう、絶対したくない」
カミル様は、お顔を上げて、私を真正面から見てくださった。
その表情に、私はドキリとなる。
あまりにも、真っ直ぐで、誠実な瞳。今まで見たどんなものよりも綺麗な目に、映り込んでいるのは私だった。
「俺は、君のことでもう後悔したくない。君に……素直な気持ちを、伝えられる男でありたいし、君を喜ばせたいし、君から、好かれたい」
私はまばたきもできないで、カミル様の眼差しを見つめ返していた。
なにか、気の利いた一言でも言えればいいのに、何も言えないで固まってしまった。
今、胸はドキドキしているけど、自分がどんな気持ちなのか、言葉にするのが、難しかった。
私が押し黙っているせいか、カミル様はそのうちに不安げに目を伏せて、顔を背けてご自身の金髪をがしがしとかいた。
「……ごめん、なんか、調子乗った……。お、俺のこと、許せない、って思っていていいから……嫌に、なったなら、こうして会うのだって、いつでも断ってくれて、いいし……」
「えっ、ゆ、許せない?」
なんでそんな言葉が出てくるの? と私が目を丸くしてるとカミル様は眉を下げて困ったように苦笑された。
「ごめん、君が、そういう子じゃないっていうのも、わかってるんだけど……。……いや、気にしないで」
「う、うん」
……カミル様、あんなに謝ってくださったのに、まだ、気にしてくださっているのね。
私も、カミル様にひどいことを言われたことは、忘れられはしないと思うけど……でも、それよりも、あの日のカミル様の泣き顔の方が、もっと忘れられない。
今は、カミル様と会って、お話しするのが、楽しくなってきている。
どうやって言ったら、カミル様に「もう気にしないで」と伝わるのか、わからない。下手に言ったら、きっともっと気にさせてしまう。
……いつか、言えるといいな。
私も、自分の気持ちの伝え方、頑張って、上手になりたい。
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