お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

10.楽しかった

「……あ、あの、ミリアさま」
「なあに?」

 馬車を出す支度が整って、お見送りの時になった。そのまま馬車に乗っていくのかと想っていたカミル様が急に振り向いて、私に声をかける。

「今日の、髪型、と、と……とても、よく似合っている」

 え!?

(う、嬉しい!)

 カミル様が、褒めてくださった! 誰もここにいなかったら、ドタバタ足踏みしていたことでしょう! ってくらい、嬉しい!

「か、かわ……う……」
「かわう?」
「……なんでもない!」

 ふん、とカミル様がギュンっとそっぽを向いてしまう。

 な、なんでここは突き放してくるのかしら!?

 手のひら返しのようなつっけんどんな態度に、私もショックだけど、私の横のお父様の気配が怖いわ! さっきはなんだか頑張っていらっしゃったのに!

「……ご、ごめん。……」
「い、いえ、大丈夫よ」

 ……私はね。

 恐る恐る、お父様のお顔を横から伺うと、意外と穏やかな顔でカミル様を見つめていた。

 ……お父様は、カミル様にお厳しいと思っていたけれど、そうでもないのかしら……?

「じゃあ……さようなら。ありがとうございました!」
「ええ! ごきげんよう!」

 カミル様は一礼して、馬車に乗り込む。
 私もお辞儀をして、小さく手を振ってそれを見送った。


 ◆


 自分の部屋に戻ると、マチルダがいた。マチルダは私に気づくと、すぐさまに頭を下げた。

「お嬢様、申し訳ありません。もう少し早くお声をかけるべきでしたね。旦那様からのカミル様への印象は、悪くはなっていないようでしたが……。あまりにも、お嬢様が楽しそうで……。わたくしたちも、つい微笑ましく見守ってしまいました」
「ええ、とっても、楽しかったわ。マチルダ、ありがとう!」

 今ここにはいないけれど、マチルダと一緒に控えてくれていた使用人の彼にも心の中でお礼を言う。
 二人が気を遣ってくれたおかげで、いっぱいカミル様とお話ができて、本当に楽しかった。

 カミル様も、お父様に叱られたりしないでよかった。もしもそんなことになったら、さすがに申し訳なさすぎるわ。
 ……次回は、お話に夢中になりすぎないように気をつけなくちゃ!

「カミル様は、きっと照れ屋なのでしょうね」

 マチルダはふふっと笑う。

「そうなの?」
「カミル様って、急にそっぽを向いたり、なんでもない! って言ったり、多いじゃないですか」
「それは……そうね」
「年頃の男の子というのは、好きな女の子相手に素直になるのは恥ずかしいものなのですよ」
「ええっ!?」

 好きって、私のこと?
 カミル様が?

「お嬢様、好きでもないご令嬢から婚約破棄されたのを、涙ながらに追いすがる殿方などいませんよ」
「……そ、そう……?」

 理解が追いつかない私を諭すように、マチルダは少し背を屈めて、私に目線を合わせながら握り拳で力説した。

「お嬢様は恋愛小説をたくさん読むでしょう? 好きな子に素直になれなくて、すれ違うお話も多いのでは?」
「たしかに……!?」

 でも、カミル様も、そうなのかしら?

「今度、カミル様を意識して読まれてみてもよいのでは? もしかしたら、少しお気持ちがわかるかもしれませんよ?」
「うん……そうしてみるわ!」

 カミル様みたいな男の子のお話しかぁ……言われてみれば、読んだことがあるような気はするけれど。

「あのね、マチルダ。カミル様も、ああ見えて恋愛小説を読まれるみたいなのよ」
「はい、お声は聞こえておりましたよ。カミル様は、お可愛らしい方ですね」
「うふふ、そうなの。カミル様に恋愛小説ばかり読んでいることを知られたら、バカにされちゃうかと心配していたけど、一緒にたのしくお話しできたの! 私、嬉しくって!」
「マチルダも、嬉しいです。ミリア様、よかったですね」

 話していたら、また嬉しい気持ちになってきて、飛び跳ねてしまいそうだった。はしたないから、しないけれど!
 私のはしゃぐ様子を見てか、マチルダがニコ、と微笑む。

「また次、お会いするのが楽しみですね」

 本当に、その通りだわ!

 初顔合わせのときは、もうこんな男の子、会いたくないって思ったけれど。

 今はこんなに、次また会えることが嬉しいのだから、不思議なものだ。

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