お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

9.大好きな恋愛小説

 間違いない。その小説は、何度も何度も読んでいる!

 カミル様が、今おっしゃったのは、ヒロインの女の子が、王子様と運命的な出会いを果たした時のセリフだ!

「……それ、『蒼い月を照らさないで』……?」
「えっ」

 カミル様、固まっちゃった。

 違ったのかしら。偶然、たまたま? 同じ言葉をおっしゃっただけだった?

 ご存じないのだったら、私、いきなり意味不明なポエム言った女みたいね!?
 『蒼い月を照らさないで』……って!

「そ、その、その小説……知っているのか」

 あ、よかった。あってたみたい。
 私はコクコクと頷く。

「私、その小説大好きなの! もう何回も読み返しているから、セリフもよく覚えているわ」
「……そうか、そう……。……すまん」
「どうして謝るの?」

 テンションを上げる私に反比例するように、なぜかカミル様はしゅーんと小さくなってしまう。

「だって、自分で考えた言葉じゃなくて、真似して言った言葉だってわかったら、嬉しくないだろ……」
「ええっ、私、嬉しいけど。だって、私、この小説好きだから」
「そ、そう……なの?」
「このセリフをおっしゃったということは、カミル様も、このセリフが素敵だと思われたのでしょう? 大好きな小説の、カミル様が素敵だと思った言葉を言われたのは、とっても嬉しいわ」
「……そ、そう」

 カミル様、なぜだかお顔が真っ赤だわ。耳まで赤い。
 女の子向けの小説だから、男の子が読んでると知られたら恥ずかしい、とか思うのかしら? 私はカミル様が同じ小説を読んでいたって、とっても嬉しいことなのに!

「み、ミリア」
「なあに?」
「……ありがとう。君が、そういう女の子で、よかった……」

 頬を赤くして、綺麗なヘーゼルアイをとろけさせて、カミル様ははにかむ。

「……!」

 あまりにも、カミル様のお顔が……なんといったらいいのかしら、素敵なお顔をされているから、直視してられなくて、私はバッと顔を下げてしまった。
 頬っぺたが熱くなるのがわかった。いいえ、耳まで熱い。

 チラリとカミル様のお顔を覗き見ると、さっきよりは真っ赤じゃなくなっているけれど、それでもまだ、お顔は赤かった。

 顔を背けるだなんて、失礼な反応をしてしまったわと思ったけど、カミル様も、私の方はもう見ないで明後日の方にお顔を向けている。

 二人揃って、明後日の方角を見ているなんて、きっとはたから見たらとっても変な光景だったろうなあ。



「……カ、カミル様は、あの小説って、何巻か出てますけど、全部読まれたのですか?」
「えっ……あ、ああ。全部、読んだよ、多分」
「最新刊は六巻ですわ!」
「うん、じゃあ、全部読んだな。……でも、あの話ってまだ続くんだろう?」
「そうなんです! 本当は一巻で完結しているお話だったそうなのですが、人気が出てシリーズ化になったのです! 私、去年ごろからあのご本を読んでいて……いつも季節が変わる頃になると続きが出るから、それを楽しみにしているの!」

 私は夢中になって話した。
 カミル様は私のお話を聞いて、頷いたり「あの時のヒロインの気持ちがよく分からなかったんだけど」と私に質問してくれたりしてくれたから、とっても楽しかった。

 まさか、カミル様が恋愛小説をお読みになるだなんて思わなかったから、本当に嬉しかった。

「私、恋愛の小説はどれも好きなんだけど……この小説は、ヒロインが私と同じ瞳の色だから、特にお気に入りで……」
「……そうなんだ」
「読み始めたきっかけもそうなの。青の瞳はよくあるけど、アイスブルーの目は珍しいから。それで気になって読み始めたの」
「俺も……」
「? おれも?」
「あっ、いや、なんでもない!」

 おれも? ……カミル様の目は、きれいなヘーゼルアイだけどなあ。近くで見ると、ちょっと緑色っぽい色も混ざっていてとってもきれい。

「他にも、好きな小説ってあるの? ……読んでみたい」
「ええ! いっぱいあるわ! 読んでくださったら嬉しい! またお話ししたいもの!」

 なんでかしらと不思議に思っていたけれど、カミル様の言葉を聞いたら私の意識は一気に『オススメ小説』に移っていった。

「ご令嬢と騎士様の身分違いの恋も素敵だし……意地悪な幼馴染の婚約者にいじめられていた女の子が王子様に見初められるお話しも素敵だし……いっぱいありすぎて困ってしまうわ!」
「……身分違い……いじめっこ、王子……」

 カミル様はなぜか眉間に皺を寄せて難しい顔をされていた。「意地悪な婚約者」と繰り返し呟いて、頭を抱え込んでしまった。

「お好みに合わないかしら? ……妖精の国に迷い込んでしまうヒロインの物語とかもあるけど……」
「いや、俺の好みというか、俺が君の好みに合わないんじゃないかというか……」
「私の好み? 私は全部好きだけど?」
「……あ、いや、違う。その。……なんでもない」
「……? わ、わかったわ」

 なんだかお話が噛み合っていない気がして気になるけど……でも、「なんでもない」と言われてしまうと、しょうがないわね。
 カミル様はちょっぴりお顔が赤かった。私がお話しいっぱいしすぎて疲れさせてしまったかしら。

 クールダウンしようと思って、カップのお茶を飲んだら……冷たい! お茶も飲まずに、私ったら、ずっとお話ししていたのね!?

 そういえば、お茶のお代わりとかでマチルダを呼ぶことも、一度もなかった。

「ご、ごめんなさい。カミル様、私、お話し長かったですよね」
「えっ、そんなこと、ない……けど」
「でも、なんだかお顔が……」
「は!? 赤くなんかなってな……! ……い」

 一瞬、顔をこわばらせて、大きな声を出しかけるものだから、身構えてしまったけれど、カミル様はいきりたつどころか、むしろ首をストンと落としてしまった。なんだか、ガックリ俯いていらっしゃる。

 お、怒らせて、しまったかしらと思ったんだけれど、違う……?

 しばらくカミル様は俯いたまま、ピクリとも動かなかったけれど、やがてゆっくりゆっくりと顔をあげて、目が合った。

 ヘーゼルの瞳が潤んで揺れている。けれど、目線はしっかりと私を見つめている。

「……お、おれ、た……楽しかった、から」
「……カミル様」
「……おっきい声、出しそうになって……ごめん」

 なんだか、なんだかもしかして、カミル様は、とっても頑張っていらっしゃるんじゃないかしら。私はそう思った。

 私をビックリさせないように、私を怖がらせないように。

 きっと、カミル様は『つい』大きな声出したり、私の言ったことにすごい剣幕で否定とか、しちゃうんだろうけど、それを我慢してくれている。私のために。

 『つい』でそんなことをする人は、嫌だけど、カミル様はお父様との約束通り、変わろうとしてくださっているんだ。

 カミル様が、変わろうとしてくれていることが、私は嬉しくて、なんだか胸のあたりがジィンとなった。

 そこで、来賓室の扉がガチャリと開いた。私はバッと振り向く。

「……ロートン家の御者がまだいたから、もしかしてと思ったが……」
「お父様!」

 お父様が、眉根を寄せて、はにかんでいらっしゃった。

 いやだ、お父様が戻られるだなんて……一体今は何時なのかしら!?

 話し込んでいるうちに、すっかり空は暗くなっていた。
 元々は、カミル様はあんまり長居はしない予定だったのに。大好きな小説のお話ができるのが嬉しくって、ついつい夢中になってしまっていた。

 カミル様が、お父様を見てハッと顔色を悪くされるのが目に入って、私は慌ててお父様に飛びついた。

「あのね! 私、お話しするのが楽しくって! つい引き留めてしまったの! 読んだ小説の話なんて、したことなかったから……」

 カミル様が約束を破って居座ったわけじゃないのよ、と一生懸命説明する。

「すみません。い、いま、帰ります」
「いやいや、構わんよ。……娘と、話をしてくれてありがとう。また、来てくれるかい?」

 カミル様は席を立って、お父様に深く礼をした。
 けれど、私たちの慌てた様子にお父様はクスクスと微笑まれて、カミル様に向けて、手を差し伸べた。

「……はい!」

 カミル様はお父様の手を取って、破顔した。

 そのお顔が、ちょっと安心したのか、自信げにも見えて……なんというか、男の子の生意気な顔、って感じで、なぜか私は、「かわいらしいな」と思ってしまった。

 うーん。カミル様のお顔って、かわいい、というよりも、格好いい系なのにな? 不思議な感じ。

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