お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

5.お父様にお願い

 お兄様に相談しに行った次の日、私は執務室にいるお父様のもとを訪れた。

「お父さま、お仕事中ごめんなさい」
「構わないよ、愛しい娘。ちょうど休憩しようかと思っていたんだよ。今日のおやつはベイクドチーズケーキだそうだ、少し早いが、もらってこようか」

 お父様は私に向かって首を軽く傾げて、微笑む。昨日あんなにカンカンに怒っていたのが嘘みたいに、いつもの優しいお父様で、ホッとする。

 ……とはいっても、それでもまだドキドキはしているんだけど……。
 私は、あるお願いをするために、お父様の元を訪れた。

「……私、カミル様ともう一度会ってみたいの」
「ミリア、本気かい?」

 侍女がお菓子とお茶の用意をして終わって、お父様がティーカップに口をつけた、そのタイミングで、私はそのお願いを、切り出した。

 お父様は、片眉をピクリと動かして、カチャリとほんの少しだけ音を立ててソーサーにカップを置いた。

 ああ、なんだか、空気がピリピリしているわ。

「また彼は、君にひどいことを言うかもしれないよ」
「彼は……あ、謝ってくれたわ」

 お父様の雰囲気にビクビクしながらだけど、私はお父様に進言した。

「ミリア。しかし、彼は正式な手段を踏まずに、違法な行為によって君に会いに来たのだよ。そんな人物の謝罪が、信用に足ると君は思っているのかい?」
「お父様……い、違法って、まだ、カミル様は私と同い年の男の子なのよ。そんなふうに言わなくたって……」
「十歳ならば、その程度の常識は持ち合わせているものだよ。貴族であるなら尚更だ。ミリアは他人の家の塀をよじ登ったりするかい?」
「……しないわ……」
「そうだろう? そんなことをしてしまう子を、君とは会わせたくないな」

 カミル様は、よくないことをした、と思う。普通は人の家に勝手に入ったりしない。すでに自分が粗相をしてお怒りをかっている相手のお家なら、尚のこと。

 お父様のいっていることは尤もで、私はしゅんと肩を落としてしまう。

 ……お父様が、こんなに怒っているのは、私のためなのよね。私がカミル様のことを嫌がって泣いていたから。
 私のために、怒ってくださっていたのに、そのお父様に、今度は「許して欲しい」なんていうのはムシの良いことだって、自分でも思う。

「私のわがままのせいで、ごめんなさい」
「わがままなんかじゃないよ。君があのまま、嫌な気持ちを我慢してしまっていたかもしれないことの方がよほど良くないことだ。君はむしろ、ちゃんと嫌だということを伝えてくれたいい子だったよ」
「お父様……」

 お父様は、お優しい。私はいつも、お父様に甘えてしまう。

「でも、私、あの子が泣きながら謝ってくれていたことが、どうしても頭から離れてくれないの……」
「……ミリア」
「お願い、お父様。私、もう一度、あの子と会ってみたいの。彼とまた婚約をしたいのかは、私、まだわからないけど……」

 しどろもどろだけど、私はとにかく「もう一度会いたい」とお父様に伝える。
 とんだわがままだということはわかっている。

 もしも、これで今度カミル様からまたひどいことを言われたら、今度は我慢するんだと私は心に決めていた。だって、それは自業自得だ。お父様が私を守ろうとしてくれていたのに、私のわがままでお会いするんだもの。

 それでも、また彼にひどいことを言われるかもしれないという不安よりも、もう一度会ってみたいという気持ちの方が勝っていた。

 お父様に抱きついて、すがりつく私の頭を、お父様が撫でた。

「ミリア、私の愛しい子。心優しい私の娘。君の気持ちはよくわかった」

 大きな手のひらが私をぎゅうと抱きしめて、そして、身体を離すと、私の肩に両手を置いて、お父様は綺麗なアイスブルーの瞳で私を見つめた。

「ロートン侯爵は息子殿が可愛くて仕方がないらしい。同じ親としてその気持ちはよくわかるがね。一度は婚約解消を受け入れたのに、息子殿に強請られて、再度、君に縁談を申し込んでいる」

 私は頷いた。そのお話のことは、私も聞いている。

「私はもちろん、お断りしようとしていたのだが、どうも手紙のやり取りだけでは、先方が譲らなくてね。ロートン侯爵とは一度、直接会って話さなくてはいけなかったんだ。その席に、君とカミルくんを同席させよう。それでいいかい?」

「……お父様!」

 私は勢いよくお父様の胸の中に飛び込んだ。お父様は少しよろけたけれど、私をしっかりと抱き止めてくれた。

「お父様、ありがとう!」
「いいのだよ、私の可愛い娘」

 しばらく、お父様は優しく私を撫でてくださっていたけれど、ふと、真面目な表情を浮かべて言った。

「だがね、彼を許してあげるかどうかは、『彼自身次第』だよ。ミリア、わかるかい?」
「……はい、お父様」

 カミル様に、もう一度会える。私も、ちゃんと彼をよく見て、よく考えなくちゃ。


 ◆


 この日はなんだか寝られなくて、お行儀悪いけれど、ベッドの中でお気に入りの小説を読みながら寝た。

 私の大好きな小説……『蒼い月を照らさないで』! シリーズ化されてるけど、全部読んでいて、何度も何度も頭から読み直している。
 今もシリーズの一番最初のヒロインと王子様が出会うシーンを読んで、私は一人ベッドの中でジタバタしていた。

「……君の瞳も、きれいだ。蒼く澄み切って、煌めいている。夜に輝く月のようだ……っ!」

 いいなあ。私も、こんなふうに言ってくれる人と会いたいなあ……。
 私とヒロインの眼の色がおそろいなのよね、アイスブルーの瞳。だから余計に、感情移入してしまう。

 ……そう、私は本の中の王子様に憧れている。
 だから、王子様みたいにカッコいいカミル様に……つい、期待してしまったのだわ。

(カミル様……)

 王子様みたいにカッコいいお顔で、いじわるだったカミル様。けれども、そのかっこいいお顔をぐちゃぐちゃにしながら謝ってくださったカミル様。

 カミル様。もう二度と会いたくないと思っていたのに。

 私は、あの男の子にもう一度会うと思ったら……なんだか、ちょっぴりドキドキしてしまった。

 ジタバタしながら、私の夜は更けていく。

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