お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

4.お兄様にご相談

 カミル様がお屋敷に忍び込んで、数日。
 我が家にはロートン侯爵からの詫び状が届けられていた。

 だけど、お父さまは怒っていた。

 不法侵入のお詫びはもちろんあったけれど、ロートン侯爵が文の中でお伝えしたかった一番の内容が「どうか、息子カミルとの婚約を継続してくれ」ということだったから。

「父上はたいそうお怒りだったねえ。もうすでに破棄をしているのだから、継続も何もない、って」
「お父さま、怖かったわ……」
「おお、ミリア。我が妹。かわいそうに」

 家族揃っての夕食が終わってから、私はお兄様の部屋に転がり込んでいた。
 カミル様のことで、お兄様に相談がしたくって。

 お兄様は社交界では浮名を流すモテ男? だそうから、私にはよくわからない男の子のことも、いいアドバイスをくれるかも、って。そう思ったの。

「……それでね、カミル様、無理矢理うちにやってきたのよ」
「あっはっは、そりゃすごい」

 あの時、お屋敷にいなくて騒動を知らなかったお兄様に、あの日のことを教えてさしあげると、お兄様は声を出して笑いだした。ばんばんと膝を叩いていた。

 そんなに面白がらなくたっていいのに、と私はちょっとムッとした。

「すごい行動力だねえ、感情的なタイプなのかな?」
「……カミル様ね、泣いてたの」

 笑い過ぎて目に涙が滲んだのか、片手で目を擦りながらお兄様は首を傾げた。

「私、最後に見た……カミル様が、私から引き離されていくときのお顔が忘れられなくて」
「ミリアは、カミル様のことをちょっとかわいそうだな、って思っているんだね?」
「うん……」

 小さく呟くと、お兄様がぽんぽんと頭を撫でてくださった。お顔を見上げると、さすがにもう大笑いしていた余韻はなくって、真面目なお顔で、優しく微笑んでいた。

「父上はね、ミリアがカミル様がいい! って言うなら、撤回してくれると思うけどね。一応、我が家にとってはロートン侯爵家と婚約を結べたほうが色々といいからねえ」

 ロートン侯爵家はお金持ち。対して、私のお家はちょっと貧乏だった。
 私はこれくらいの理解しかできていないけれど、もっと他にも、いろんな『利点』があるらしい。

「カミル様、私に謝ってくれたのよ。泣きながら」
「そうかあ」

 お兄様はのんびりと、うんうん頷いて私の話を聞いている。

「ミリアは、カミル様のことを許してあげたいの?」
「……うん……多分……」
「ミリアはカミル様のこと、いいなって思ってるの? 好き?」
「……カミル様、とっても格好いいの」
「うん、うん、それで?」
「……それで……他には……」

 私はうんうん唸ったけれど、これ以上は思い浮かばなかった。

「私、カミル様のお顔がよいことしか知らないわ……」
「そうかそうか。じゃあさ、カミル様がどんなことをしても、お顔がよいから、って許せそう?」
「どんなことでも?」
「そーそー。例えば、浮気をするとか、ミリアが嫌がってるのに着替えやお風呂を覗いたり、弱いものをいじめをするのが趣味だったり」
「そ、そんなの絶対いや!」
「じゃあ、お顔がよいってだけで選ばない方がいいねえ。そもそも、初顔合わせの時の態度が最低だったからって振ったわけだしねえ」

 お兄様はなんだか呑気にうんうん頷きながら言った。

「彼を許して、婚約者にするには、カミル様がどんなお人なのかをもっと知ってから決めるべきだと思うよ」
「で、でもお兄様。ちょっとそれって変じゃない?」
「ん?」

 お兄様は口角を上げたまま、きょとんと小首を傾げる。

「だって、私、何にも知らないまま、彼と婚約することになったのよ。そもそも」
「うん、彼は親交深いロートン家の息子さんだからね。そういうところで信頼があったんだよ」

 ニコニコとしていたお兄様は、ここで一旦口を閉ざし、そして真顔を浮かべてから、口を開いた。

「でも、彼はその信頼を裏切った。彼は君にひどいことをする男の子だったわけだ」
「……うん」
「彼は一回、やってはいけないことをやってしまった。それを覆すってことは大変なんだよ」

 お兄様はゆっくりと私の髪の毛を撫でる。お兄様の手のひらは、大きくて、温かくて私の大好きな手だった。

「ミリアだって、彼のこと、気にはなるけど、まだ二人っきりで会うのは怖いでしょ」

 私は黙り込んで、時間をかけて考えて、それからコクリと頷いた。

「……でも、でもね。お兄様」

 ──私、どうしても、カミル様のあのお顔が忘れられないの。

 さっき言ったのと、同じことを繰り返し言う私に、お兄様は面食らったかのように目をまん丸にして、しばらく私をじっと見つめた後、堰を切ったかのように大笑いした。

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