お断りするつもりだったツンツン婚約者が直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ

2.最悪な顔合わせ②

(なんて見事なバラ園……! ゆっくり見たいわ!)

 庭園は手入れがしっかりされていて、とてもきれい。今はちょうどバラの季節で、見たことのない鮮やかな色の薔薇が咲いていて、私は小走りになりながらも目が奪われた。

「……あっ!」

 薔薇に気を取られてなんかいたから、私は足元のわずかな段差に気づかず転んでしまった。

「ミリアお嬢様!」

 ロートン家の従者が駆け寄ってくる。

「どんくさいやつだな」

 擦りむいた膝が痛い。うずくまっている私に、頭上から降ってくるのは、ひどい言葉!

 カミル様は、私が転ぶ前はもっと向こうの方を歩いていた気がしていたのに、気がついたら私の目の前にやってきていた。

 悪口を言うためにわざわざ戻って来たの?

 じわじわと私の瞳に涙が溜まっていくのが、自分でも良くわかる。

「……膝を擦りむいたのか? ドレスも埃まみれでみっともないな、立てるか?」
「……結構です!」

 意地悪な顔で差し伸べられた手を無視して、私は近くにいた従者の肩を支えに立ち上がった。

 名前もわからない従者の人がカミル様の様子を伺いつつ、ちょっと困った顔をしているのが目に入ってしまったから、ごめんなさいと心の中で思いながら。

 膝を伸ばすと、擦りむいたばかりの傷がとっても痛かったけれど、私はピンと背筋を伸ばして意地を張った。

「なんだよ、かわいくないやつだな」

 つまらなさそうに男の子は口を尖らせる。

(そんなこと言わなくたっていいのに!)

 いけない、私が大人にならなくっちゃ。私だって、こんなつっけんどんな男の子、嫌だけど、でも、私だってまだ十歳だけど、立派な貴族令嬢ですもの。こういう時は言い返さずに、ニッコリ笑って返さなくちゃ。

 私は頑張って、がんばって、カミル様に「転んでしまいましたが、なんてことありませんよ」とばかりに微笑んで見せる。

「……!」

(なんでよ!)

 せっかく微笑んだのに、カミル様はグッと唇を噛み締めて、悔しそうな顔をしてまたまたそっぽを向いてしまった。

「……素敵なお庭で、お見苦しい姿を見せてしまって、ごめんなさい。ねえ、せっかく素敵な薔薇が咲いているのだから、一緒に見ない?」
「……」

 カミル様はムッスリと、唇を尖らせて黙り込んでいる。整ったお顔立ちだから、余計にちょっと怖かった。

「わ、私、あなたと仲良くなりたいわ。お話、しましょうよ」
「仲良く?」

 そんなに、嫌な顔しないでよ! 勇気を出して話しかけているのに、心が折れそうだわ!

「ね、ねえ、こっち向いて?」
「……ッ。イヤだよ、なんで君の顔なんて、見なきゃいけないんだよ」

 顔を見るのもイヤだなんて!

 私のこと、嫌なんだろうなあ。
 それでも、私は彼の服の裾を掴んでおいすがった。それにはびっくりしたのか、思わず、という雰囲気で彼が振り向く。

 大きく見開かれたヘーゼルアイはとてもきれいで、お顔はとっても整っていた。ああ、こんなに、格好いい男の子なのに。なんでこんなに意地悪なんだろう。そうでなければ、私、婚約のお話、とても嬉しかったのに。

「私、何かしてしまった?」
「別に、なんにも。……なんでそんな顔してるの?」
「なんで……って」

 あなたが、私にひどい態度を取るからでしょ?

 私にしつこく声をかけられて、ようやく振り向いたカミル様はきょとんとしていた。

 なんだか、泣きたくなってきた。

「わ、私、今日あなたとお会いするの、楽しみだったの」
「……」

 ああ、やっぱり。また変な顔してそっぽを向かれた。

「それなのに……め、目も合わせてくれないし……冷たく、されるから……」
「は、はあ!? 気のせいだろ」

 大きな声を出されて、ビクッとなる。

「私……あなたに嫌なことした? 婚約者になるんだから……わ、わたし、仲良くしたいのに……」
「は!?」

 また大きな声!

 次、また何か喋ったら、今度も大きな声を出されるかなと思ったら、私は声が出てこなくなってしまった。

「お、おまえ、な、仲良く、なんて、よくそんなこと言えるな」
「……だって……」
「所詮、政略結婚だろ。こんなの」
「……」

 そうよ、そうだけど。でも、だから、仲良くなりたいんじゃない。

 私は涙を堪えて、ぐっと黙り込む。
 金髪の男の子は、眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。

「……泣くなら帰れよ。泣かれても困る」
「そん、な……けほっ」

 けれど、堪えきれず涙がこぼれ出る。必死で抑えようとして、息が詰まって咳き込んだ。

「……うっ、う……」
「お、おい! 本当に泣くのかよ」

 私だって、泣きたくて泣くんじゃないわよ。勝手に涙が出てくるだけなんだから。
 こんな人の前で、泣くところなんて見せたくない。

「なんだよ、わけわからない。泣かれたって困るよ。さっさと帰れば?」

 呆れたような声。

「わ、わたし、こんなこと、言われるために、きたわけじゃないのに」
「おれだって、そんな泣かれたって」
「わ、わたし、たのしみにしてたのに」
「……わかんないやつだな、もういいよ、帰れって」

 最後の最後まで、男の子は私に冷たかった。

「わたしのこと、お嫌なの……?」
「……はあ? 嫌とか、そんなの、なんでもないよ。べ、別に、お前みたいのなんか、どうだって……」

 どうだって、いいんだ。
 嫌いとか、そういうのですら……ないんだ。

「めんどくさい奴だな。どんくさいし、つまらないし、泣くし、うんざりだ」

 涙で滲む視界でも、男の子のお顔は、とっても格好良くて素敵な、王子様みたいなお顔をしていたけど、私はもうこの男の子の顔なんか見たくない、と思った。
 楽しみにしてたのに。大好きな小説の中にいるみたいな、王子様みたいな男の子と、仲良くなれるんだって。でも、この男の子は王子様なんかじゃなくて、いじわるなひどい子だった。



 それからのことは、あまり、よく覚えていない。

「……ミリア!」

 お父様の慌てた声が聞こえてきて、私は慌ただしく馬車に乗った。

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