極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

33 新しい家


「ただいま」
「若頭と姐さん、ご苦労様です!」

 もうこの光景も慣れているが、全員に大きな声で『姐さん』と呼ばれることにはまだ抵抗があった。

「龍牙さん、あの『姐さん』ってやめさせられないんですか……」
「無理だな」

 龍牙が笑う。『姐さん』の意味を龍牙はわかっているのだろうか。
 家に帰ると他の仕事が待っていた。
 組員のごはんの支度だ。

 龍牙と別れると台所に立つ。数人の構成員と夕飯の支度を始める。これが、藍子にできた新しい仕事だ。といってもタダで住まわせてもらっている代わりに手伝いを買って出たところ大歓迎され、さらには構成員たちに料理を教えてやってほしいという話になり、日々忙しい。キッチンカーのない日は大抵料理教室の日だ。

 今日の夕飯は、豚の生姜焼きだ。キャベツを山盛りと、お味噌汁。それから副菜をいくつか。男性の好きそうなメニューはもう把握していた。

「いただきます!」
 藍子を含め、全員で手を合わせる。

「姐さんうまいっす!」
「姐さんの飯最高!」

 彼らの感嘆の声を聞いて藍子は満足感に包まれる。藍子はすっかりこの家でも居場所を見つけていた。

 彼らのごはんの支度をするのが楽しくてしょうがない。彼らも毎回喜んでくれるので、お弁当を作るのとはまた違った歓びや楽しみを見つけた。
 隣にいる龍牙もおいしそうに頬張ってくれていて、一日の疲れも吹っ飛んでいく。


 夕食の片付けも終えて部屋に戻る途中で、龍牙は組長の部屋の手前で立ち止まる。

「藍子、一緒に組長の部屋に行かないか?」
「そういえば、帰ってきてからまだ挨拶してませんでしたね。今日はいらっしゃるんですか?」
「ああ」

 龍牙のことがあってから組長は今まで以上に一気に多忙になり屋敷にいることが少なくなった。鷲上の面倒を見ることや深山グループ横領の件でも何やら協力をしているようだ。素人の藍子にはわからないことが多い。

「……組長、失礼します」
「ああ」
 龍牙と並んで頭を下げる。この部屋に入る時はいつも緊張感が高まる。

「お嬢さん、久し振りだな」
「お久しぶりです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや顔を上げてください。俺もここんところ忙しかったからこちらこそ挨拶がでずすんません」
「いえ、そんな……」
 藍子は首を振る。

「お嬢さんも大変だったみたいだな。家のことも」

 さすがに鷲上のことがあり組長も藍子の家の事情を知っているのだろう。

「はい。龍牙さんのおかげで解決することができました」
「父親はいつまでも父親だから安心しなさい。私でよければ何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。常磐組はお嬢さんを歓迎する」
「……ありがとうございます」

 組長は本当に懐が深い。話をするたびに龍牙が彼を尊敬している理由がわかる。

「……ところでお嬢さんは、龍牙と一緒になるつもりかい?」

「え」
「親父!?」

 突然の質問に、藍子だけではなくさすがの龍牙も動揺している。

「龍牙は黙ってろ。……お嬢さん、自分の家を捨てて龍牙を選んだのだろう? そういうことがあってもおかしくないじゃあないか」

 実家の問題で精一杯で、結婚についてはまだ考える余裕がなかったけれど藍子の気持ちは決まっている。

「……はい。そのつもりです」
「藍子っ」

 龍牙の驚く声が隣から聞こえるが藍子は組長の険しい視線に捕まったままだ。

「そうか。極道の妻というのは生半可な気持ちじゃ務まらんぞ。実際恥ずかしながら私も出て行かれてね」

 父にも言われたことだ。極道の妻がどれほど大変なのか考えたこともない。でも、龍牙と一緒にいれば

「私は、何があっても龍牙さんと一緒にいます。ただ守られるだけではなく龍牙さんのことも守り支え合って生きていきたいと思っています」
「……藍子」
 龍牙が藍子の手を握った。

「……そうか。それを聞いて安心したよ。藍子さん、これからも龍牙をよろしく頼む」
「……こちらこそよろしくお願いします!」

 藍子は初めて組長に名前を呼ばれ、本当に認められたような気がした。感動で涙が滲む。

「……親父」
「龍牙にはまだ話があるから残れ」
「……はい。藍子、先に戻っててくれ」
「はい」

 彼は仕事の話もあるのだろう。藍子は一礼をして、一人で組長の部屋を出た。

***

 藍子が部屋を出ていき常磐組長と二人になる。シンと静まりかえり緊張が走る。

「鷲上はどうですか」
「……ああ、まあよくやってくれてるよ。四六時中監視してるがな」

 あれだけのことがあったのに組長は平然としている。裏でどれだけ怒ったのだろうと気になるけれど龍牙には知るよしも無い。

 鷲上はケンカでのし上がってきたような男なのだろう。だからこそ常磐組に入ってもどかしい思いをした。龍牙にも謝罪に来たが、破門の道もあったというのに奴が残ることを選んだのは、恐らく龍牙と同じ経験をしたのだろう。

「いや鷲上の話はどうでもいい。龍牙、お前に聞きたいことがある」
 龍牙は組長の険しい視線に息を飲んだ。

「お前はカタギのお嬢さんを嫁にもらう気か?」

 常磐は龍牙を睨む。その眼力は衰えることなく龍牙さえも怯えてしまう。

「……はい。俺には藍子が必要です」

 未熟な自分では『結婚』はまだまだ先のことだと思っていた。でも藍子に出会って龍牙の人生は
 結婚するなら彼女しかいないと自信を持って言える。

「……そうか」

 父の無言が恐ろしい。『鬼の常磐』は暴力は振るわないが精神攻撃が恐ろしいそうだ。鷲上も傷は増えなかったが以前に比べて組長を怯えるようになったみたいで、何があったのか気になるところだった。

「彼女にも言ったが、私は失敗している身だからとやかく言える立場ではない。……しかし大変だぞ」

 母が出て行った時は父もさすがにしばらく落ち込み、荒れていた。龍牙はそれを見ているから女性を悲しませ、自分も悲しむことになるのだったら結婚なんかしなくてもいいと思っていた時期もある。だから女性と深い関係になるのは避けてきたし、そもそも龍牙が心から愛する女性とも出会えなかった。
 それはすべて藍子に出会うためだったのだと思わざるを得ない。
 龍牙は姿勢を正し、組長であり父の顔を見つめる。

「藍子なら……藍子となら大丈夫だと自信を持って言えます」
「それを聞いて安心した」

 父は言葉通り安心した表情を見せてくれる。龍牙の隣で藍子があんなことを言ってくれると思わず泣きそうになったのは黙っておこう。

「しかし龍牙に組長を任せる器ではないな。私はまだまだ現役を続けさせてもらうぞ」
「もちろんです。精進します」

 まだまだ組長に適うわけがない。鷲上のこともあり統率力も指導力もまだまだ足りないと実感した。ただ偉そうにしているだけの人間にはなりたくない。まだ組長から吸収しなければいけないことばかりだ。

「お前の気持ち、ちゃんと彼女にも話せよ。逃げられる前にな」
「……はい」

 父は今でも後悔していることがあるのだろう。その言葉には重みがあった。

「藍子さんを幸せにしてやれよ」
「はい。もちろんです」
 龍牙はまっすぐ父を見て頷いた。

「よし、もう行っていいぞ。孫の顔を楽しみにしてる」
「……気が早いよ、親父」

 組長というよりも父親の浮かれ具合に、ため息を吐く。久し振りに親子の会話をした気がする。
 彼女の気持ちを聞けたのは父のおかげだろう。浮き足立たないわけがない。


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