極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

32 その後


 一か月ほどして龍牙は無事退院をした。驚異の回復力だと医者は驚いていた。

 藍子はそれと同時に龍牙の家へ引っ越しをした。部屋は一応龍牙とは別の部屋を用意されたが、寝る時は龍牙の部屋で一緒に寝ている。ただし、彼がケガをしているので甘い行為はお預けにしている。龍牙は納得いかない顔をしていたが、大型犬は耳を垂らしながらも我慢していた。

「ありがとうございましたー!」

 退院からすぐに、藍子はキッチンカーを再開することができた。他にもやることがあるので毎日ではなく週に3日程度だが、またお弁当を作れることに喜びを感じていた。

 いつの間にかあのSNSの投稿は消えていて、噂も徐々に鎮静していった。念のため仲介会社を変更して再開し、売れないんじゃないかと怖くてたまらなかったが覚えている人はほとんどいないみたいで安心した。

 新しい仲介業者が初めての出店場所を紹介してくれたが、父が会いに来たあの広場の近くでなんとなく緊張していた。

「すみませーん」
 二人組の女性がキッチンカーに寄ってくれた。夕方なので会社帰りだろうか。

「いらっしゃいませ!」
「唐揚げ弁当くださーい」
「はい。700円です」
 お弁当を手渡すと、彼女は藍子を凝視した。

「……あれ、お姉さん復活したんですね」
「え?」

 知り合いかと思い藍子も彼女をまじまじと見ると、かすかに思い出した。彼女は、藍子にSNSのことを教えてくれた人たちだった。あの時の広場から近いと思っていたが、まさか彼女たちに会うとは思わなかった。
 もう一人の女性も近づいてきて、藍子の顔をまじまじと見つめる。

「ああ、極道のお店って言われてたお店ね!」
「そうそう。常盤組の人でしょ?」
「えっ」

 突然言い当てられてドキリとする。
 あの写真は削除されていたが、こうやって人の記憶には残っているから恐ろしい。まさかお弁当を返品されるんじゃないかと構えるが、彼女たちはあっけらかんとしていた。

「なーんだ。常盤組か。市民の味方、優しいヤクザで有名じゃん」
「……そうなんですか?」

 龍牙と一緒に住んでいるくせに知らない情報で、藍子は身を乗り出す。

「まあ裏で何してるかは知らないけど、市民には協力的だよね」
「私も。ひったくり捕まえてもらったことあるし。むしろ悪を倒す人たちってイメージ」

 彼女たちの口からは常盤組の悪い話が出てこない。確かに藍子も彼らの一部しか知らないので過去や裏ではどんなことをしているのかわからない。だけど、極悪人だとも思いたくない。

「じゃあお姉さんがんばってくださいね~」
「はい、ありがとうございました!」

 龍牙たちの印象が酷いものでなくて感動していた。藍子本人のことではないのになぜか泣きそうだ。

「すみません、弁当ください」
「はい。いらっしゃいませ!」
 藍子は涙を拭い、今日もお弁当を売り続けた。


 夜になり、無事お弁当は完売だ。片づけていると龍牙が歩いてくるのが見える。もうすっかり傷も治りいつも通りの堂々とした歩きっぷりだ。

「藍子、迎えに来た」
「龍牙さん、お疲れさまです」

 龍牙は藍子の仕事の日は毎日迎えに来てくれている。車だからいいのに、と言っても効き目がなく、そのうち日課になっていた。

「一緒に帰ろう」
「はい!」

 龍牙の運転で藍子はいつも通り龍牙の家へ帰る。
 あれからすぐに安アパートは引き払い、龍牙の家にお世話になっている。二人で暮らすまでの資金を貯めている最中だ。

「今日は鷲上さんの処分が決まる日でしたっけ。どうなったんですか?」

 鷲上の処分は龍牙の退院後になっていた。それまでは直々に組長のもとで働いていたらしい。

「ああ。鷲上は破門になるはずだったが、組長権限で無しになったよ」
「それって大丈夫なんですか?」

 確か鷲上は二回も組長に見逃されたうえ、あの行動だったはずだ。そんな男がすぐに更生するとは考えづらい。

「どうだろうな……でも、処分が決まる前からも組長の一番近くで頑張ってるようだ。信頼もゼロで監視されてるし、むしろ破門よりもキツイんじゃないか」
「……なるほど……」

 そういう考え方もあるのか、と藍子は頷く。極道についてはまだまだ知らないことばかりだ。

「まあ、裏ではしっかり絞られたみたいだがな」
 優しそうに見えたが組長となると怒ると怖そうだ。

「龍牙さんは良い極道さんなんですか?」
「なんだ急に」
「さっき女性客に言われました。常盤組は市民の味方だって」
「……まあうちのシマだったらな」

 味方、という言い方が恥ずかしかったのか龍牙は言葉を濁した。龍牙は組長の信念をしっかり継いでいるのだとわかる。

「これから龍牙さんのお仕事のことも、もっと知りたいです」
「ああ、俺もだ」

 出会ってから数か月しか経っていないのだ。濃い数か月だったがきっと知らないことのほうが多いだろう。

「そういえば深山財閥も順調みたいだな」
「はい。この前母と電話をしました」

 あれから父は、深山グループ内すべてを、極道やその他怪しい人物などとの関わりがないかなどを調査し直したらしい。

 不動産会社の社長も無事見つかり、お金の半分ほどは戻ってきたようだが、そのまま逮捕された。鷲上はあくまで社長に利用されただけだったらしい。極道を利用するなんて、相当な人物だったんだろう。

「いつか会えるといいな」
「……そうですね。何年後になるかわかりませんけど」

 もちろん、もう藍子たちと関わりをもつことは許されない。けれど父が引退したあと、もしかしたら会える日が来るのかと思ったらそれは楽しみだった。

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