極道、溺愛。~若頭の一途な初恋~

春密まつり

31 二人のこれから


 龍牙の病室に戻る途中、彼が松葉杖をついて前から歩いてくるのが見え、藍子は走り寄る。

「藍子」
「……龍牙さん、歩いて大丈夫なの?」
「ああ」
 松葉杖が慣れていないのかふらつく龍牙の背中に手をまわし、支える。

「お父さんと話してきたよ」
「がんばったな」

 それはまるで一等賞の子どもにするような頭の撫で方だった。子ども扱いしないで、と思うよりも今はその手の温もりが心地よい。

「藍子の幸せを願うんだったら俺が身を引いたほうがいいとわかってる。でも、藍子を手放すことはできない」
「……離さないでくださいよ」
「俺でいいのか?」
「今さらなに言ってるんですか。もう戻れません」

 藍子がぎゅっと龍牙の身体を抱きしめた。

「う」

 龍牙は痛みで低く呻く。

「あ、ごめんなさい。痛かったですか?」
「……大丈夫だ」
 顔を見合わせてくすりと笑う。

「……やっと、ゆっくり話ができそうだな」
「……はい!」

 龍牙に寄り添い、一歩一歩ゆっくりと足を進める。

「龍牙さん、ゼリーとパンだったらどっちがいいですか?」
「どういうことだ?」
「病室に置いてきたんですけど、さっき買ってきたんです。お腹減ってるかなっていろいろ買っちゃいました」

 龍牙は病人ではないので食事制限はないはずだが、お腹を刺されたことによっての影響はあるのだろうか。あとで看護師に確認しておく必要がある。

「俺は……藍子の飯が食いたいな」

 藍子は彼を見上げて柔らかく微笑む。お客さんや組員の人にごはんを食べてもらって喜んでくれるのはすごくうれしい。でもやっぱり、龍牙においしいと言われるのはまた違った喜びがある。

「今日は無理ですけど、今度お弁当を作って持ってきますね」
「ああ。楽しみだ」

 龍牙の手が藍子の腰に回り引き寄せる。松葉杖を持っているのに器用だ。

「藍子、これからも俺の家に住んでくれないか?」
「……いいんですか?」

 実家のことも解決したので、自分の安アパートに帰ろうと思っていた。キッチンカーも再スタートをするつもりだ。

「ああ、一緒に住んでほしい。俺はお前が隣にいないとどうも仕事に身が入らない。落ち着いたらあの屋敷を出て二人で一緒に住もう」

 二人で住む。なんて良い響きだろう。藍子は目を輝かせた。

「……はい。私もずっと一緒にいたいです」
「藍子……」

 ゆっくり近づき、唇がふれそうになる。

「……失礼。ここは病院です」
「っ!」

 背後から声をかけられて咄嗟に身体を引いた。後ろを向くと虎珀が冷たい目をして立っていた。

「虎珀か」
 龍牙は彼に見せつけるようにオーバーなため息を吐いた。すると虎珀も同じくため息を吐く。

「……若頭がそんなに女性にハマってしまうとは……」
「い、いやそれは」

 龍牙がとたんに慌て始める。

「今までは女性に興味ない振りをしていたというのに……むっつりスケベというのはこういう人のことを言うんですね」
「虎珀! ……いてて」

 腹の傷が痛むのか勢いがない。こんな龍牙は初めて見た。

「全快したら覚えてろよ……」

 龍牙は虎珀をじろりと睨む。その睨みは誰もが怯える眼力だが、虎珀は平然としていた。この二人のやり取りを見るのも、藍子は好きだった。

 藍子は心の底から安堵し、自然と笑えていた。

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